ドアマットにゃんこ
アダリンドは伯爵家の娘だが、自分をまるでドアマットのようだと思っていた。
実の母親はアダリンドが幼い頃に亡くなった。
もう顔も思い出せないが、抱かれた胸の温かさは覚えている。
一緒に暮らしている家族は血のつながらない母と、その母によく似た姉。
父は仕事が忙しく、たまにしか家に帰ってこない。
寂しくて、母と姉に甘えようとすると、厳しく叱られ、汚れるからドレスに触らないでと大声で言われた。
ショックだった。
それ以来、アダリンドは母と姉に近づくのをためらうようになった。
また『汚い』と言われたくない。
母と姉は自分たちだけで上等な食事をとる。
アダリンドは一緒にテーブルに着かせてはもらえない。
台所の隅で一人だけ、家族とは違う物をほんの少しだけもらって食べるのだ。
食事の内容が異なるせいか、アダリンドの体はとても小さい。
姉と比べるとまるで別の生き物のようだ。
母と姉が観劇に出かける時はアダリンドは留守番だ。
お茶会にも夜会にもアダリンドは連れて行ってもらえない。
家庭教師をつけてもらっているのも姉だけ。
マナーを教わっていないアダリンドは、屋敷にお客様が来る時には部屋に閉じ込められてしまう。
まるでこの家にアダリンドなんて娘はいないかのように。
アダリンドはなんとか歩み寄れないかと努力した。
少しでも役に立とうと庭の手入れをしてみたり、贈り物をしてみたり、母と姉が喜びそうなことをしてみた。
でも無駄だった。
ドレスを仕立ててもらえないのが悲しいのではない。
家族じゃないみたいに扱われるのが悲しいのだ。
愛されたい……。
花も絵もない、物の少ない部屋で粗末なベッドに丸くなり、アダリンドはそっと涙をこぼす。
せめて誰かがそっとハグしてくれたなら……。
優しく頭を撫でてくれたなら……。
そして待ちに待った日、父親が帰ってきた。
玄関前に馬車が停まる。
使用人たちが並んで出迎える。
アダリンドも急いで出迎えに行った。
お父様が帰ってきた!
大好きなお父様、アダリンドはここにいます!
飛びついたアダリンドを父は優しく抱きしめた。
「ただいま、アダリンド。いい子にしていたかい?」
※
久しぶりに帰宅した伯爵は居間でくつろいでいた。
アダリンドを膝に乗せ、その背中を撫でている。
「留守中、変わったことはなかったかな?」
「大きな問題はありませんでしたわ。ロザリーはお勉強を頑張っていますのよ。家庭教師が優秀だと申しておりましたわ。特に数学は試験で満点でしたの」
「それは素晴らしい。ご褒美をあげなくてはならないな」
「そうですわね、ささやかなご褒美なら……本はどうでしょうか?」
「ネックレスやイヤリングがいいのではないかな? 一生使えるだろう」
「試験で良い点を取る度に宝飾品を買い与えていては、宝石箱に入りきらなくなりますわよ」
「一人娘だからな、つい甘やかしたくなるのだよ」
ハハハ、ホホホ、と笑い合う。
仲のいい夫婦だ。
「甘やかすと言えば、あなた、アダリンドを甘やかしすぎではありませんこと? この子、時々テーブルの上に上がろうとしますのよ。ドレスの裾にじゃれるのは一度叱ったらやらなくなりましたけど」
「賢いなあ、いい子じゃないか」
「庭の花壇を荒らして花を齧るし、虫を捕まえて屋敷の中に持ち込むし、お茶会にも乱入しようとするんですのよ。お客様がいらっしゃる日は部屋に閉じ込めておかないと、何をするかわかりませんわ」
「まだ子どもだ。遊びたい盛りなんだろう」
「可愛いのはわかりますけど、きちんとしつけなくては。寝室にも入れてはいけませんわ。棚の上のものを落とすんですもの。壊れそうな物のない部屋で寝かせなくては」
「やれやれ、おまえのお母さまは厳しいな、アダリンド?」
「あなたのお父様は甘すぎですわよ、ねえ、アダリンド?」
アダリンドは父の膝の上で満足そうにニャーと鳴いた。
(飼い猫は人間と猫が別の種類の生き物だとは思っておらず、『自分はこの家の子で飼い主とは親子や姉妹の関係にある』と思っている……らしい)
<完>
タイトルを先に決めて、内容を後から考えた話です。(なので中身がタイトルそのまんま)
最初は「冷酷と噂のある貴族令息が愛猫を素足の足の裏でモフって楽しんでいたのを目撃してしまった令嬢(婚約者)の話」にしようかと思ったんですが、どう考えても足の裏で猫をモフる貴族令息が変態にしか見えず、男女逆ならと考えても貴族令嬢が裸足で猫をモフるとは思えず……。仕方なく「ドアマット令嬢っぽい何かの話」にしました。
一応ジャンルはコメディですが、笑えますかね? もっとぶっ飛んだ話にした方がよかったでしょうか?
パンチが足りない、小さくまとまった作品になってしまったような気がしています。爆笑できる物が書けたらなあ……。
次はもっと笑える話を書けるよう精進したいと思います。読んでくださった方、ありがとうございました。




