青い花の咲く頃に
《ーーこの物語は、希望と夢と愛情と幸福を謳う物語》
春の匂いが残る四月だった。
駅前の小さなライブ広場。
人通りは多いのに、立ち止まる人は少ない。
その場所で、少年は声を張り上げていた。
「いつか絶対、ここじゃなくてもっと大きい舞台でこの曲を披露するんだ!!」
そう笑う彼、朝霧 湊はどこまでも真っ直ぐだった。
失敗しても「次がある!!」と笑える
傷ついても「どうにかなる!!」と言える
誰かが諦めた夢ですら、「まだ、終わってない!!」と手を伸ばせる
そんな彼は本気で、"解決できないことなんてない"と信じていた。
「湊って、本当に眩しいよね~」
彼女は、白石 澪。
同じ高校に通う、一つ年上の少女
いつも柔らかく笑っていて、誰にでも優しくて、
分け隔てのない目立たない子
そんな二人には夢があった。
"二人で作った曲を、いつか大舞台で披露すること"
湊が作曲し、澪が歌う
そんな大それたよく聞く夢の話
「それで、結局どこでご飯食べるの?」
「う~ん。
あっ!!ちょっと寄ってもいい?」
「またー?」
湊はそう言うと、こちらの返事も待たずに駆け出した。
駅前の小さなCDショップ。
有名なアーティストから、まだあまり世に知れてないバンドのアルバム等が並んでいる
その店を、湊はやけに気に入っていた。
「見るだけだから!!」
その言葉を信用したことは、一度もない。
けれど、楽しそうに笑う彼を見るたび、
結局澪も楽しくなり、足は止まってしまうのだった。
店を出たあと、澪が突然........
「あっ!!このガチャガチャずっと探してたやつ!!
湊!!どっちが欲しいの出ると思う?」
「えっ?どっちも変わんないでしょ
こっちのでいいんじゃない?」
「おっけー、あっはずれか.........もう湊~」
「俺のせいなのか!?」
カプセルを両手で抱えながら、
澪はわざとらしく頬を膨らませる。
その姿が子供みたいで、
湊は思わず吹き出した。
「じゃあ次は自分で選べよ」
「ううん。次も湊に選んでもらう」
「なんでだよ!!」
「その方が楽しいから」
澪はそう言って笑う。
その笑顔があまりにきれいで、
思わず湊も笑っていた。
また、学校でも二人は、
「えー!!絶対こっちの限定パンの方がおいしいって!!」
「いや、前もそう言って後悔してたじゃん」
「今回は違うの!!」
数分後.......
「.......湊さん、一口交換しませんか?」
「ほら、後悔してる」
「違う!!これは未来への改善!!」
「何言ってんだよ、はぁしかたないなぁ」
「やったぁ!!ありがとね湊!!」
「はいはい」
澪は本当に、
小さなことで一喜一憂する人だった。
新作のお菓子、限定ジュース、校内の購買パン
そのたびに悩んでは、
選んだ後で「やっぱりこっちだったかも」と笑う。
けれど湊はそんな時間が嫌いじゃなかった。
その日の放課後、
いつも通り駅前の小さなライブ広場。
金曜日の夕方という事もあり、
いつもより少しだけ人が多かった。
曲が終わって湊が、
「ありがとうございましたー!!」
と頭を下げる。
拍手はまばらだった。
それでも澪は、
ステージの端で嬉しそうに笑っていた。
「今日、結構人止まってたね!!」
「だろ?
絶対前より良くなってるって!!」
片づけをしながら、
湊は上機嫌に笑う。
その時だった
「あの、少しいいかしら?」
不意に声をかけてきたのは、
三十代くらいの女性だった。
落ち着いた雰囲気の、
どこか仕事のできそうな人。
「えっと.........はい?」
「突然ごめんなさい。
私、小さなライブハウスでイベント企画をしているものなんですけど」
女性はそう言って、
名刺を差し出した。
「さっきの演奏、すごくよかったわ。
特にあなたたち二人の空気感」
澪は少し驚いたように目を瞬かせる。
湊は半信半疑のまま、
名刺と女性の顔を交互に見ていた。
「来月、小規模だけど若手向けのライブイベントがあるの。
もしよかったら、出てみない?」
一瞬。
世界の音が止まった気がした。
湊は思わず、
「え...........」と声を漏らす。
そんな彼の隣で、
澪は静かにその言葉を噛み締めていた。
ライブ。
ステージ。
夢への一歩。
ずっと遠かったものが、
ようやく手の届く場所まで来た気がした。
「どうかな?」
女性が微笑む。
その瞬間、
湊は迷わなかった。
「やります!!」
即答だった。
けれど澪は、
ほんの少しだけ空を見上げてから、
小さく笑った。
「........うん。やりたいです」
その笑顔の意味を、
湊はまだ知らない。
ライブの日が決まった帰り道
「この花が咲く頃には、ライブも本番かな?」
「そうだな
...........珍しいな。不安か?」
夕暮れの風に揺れる青い花の蕾を見つめながら、
澪は小さく目を細める。
「んーん。
そんなことよりもっと練習して、ライブ本番も楽しもう!!」
「そうだな!!」
そう言って、笑う澪の声は少し掠れていた。
けれど湊は気づかなかった。
いや"気づけなかった"。
彼女の時折見せる息苦しそうな表情も。
薬を飲む指先が震えていたことも。
長い階段を避ける理由も。
全部、"きっと疲れてるだけ"だと思っていた。
ライブを控えた半月前
二人は新しく曲を完成させた。
タイトルは、
『Blue Hour』
夕暮れみたいな曲だった。
幸せで。
切なくて。
泣きたくなるほどきれいな曲。
ライブ本番、前日
「明日、本番か......」
「湊?
何かお悩み?珍しいね?」
「ん?いや、そういうわけじゃないけど
何かやり残したことはないかな~ってさ」
「気にしすぎもよくないと思うよ~
それに、考えすぎて当日寝込んじゃったりして~」
「なっ、大丈夫だよ!!
いつもより元気だっての!!」
「そっか、湊はさすがだね
私は........ちょっとだけ怖いんだ」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、
澪の笑顔が崩れた気がした。
「あはは!!
なに柄にもないことを」
と、その時の湊はいつもの澪との違いに気づけなかった。
澪はいつも通り笑って、
「それでこそ、いつもの湊だね」
その時の湊は、
"怖い"という言葉の意味を、
深く考えなかった。
考えたくなかったのかもしれない。
ある日の雨の降っていた日.........
「今すぐ治療を始めなければ、半年後には命の保証は.......」
静かな診察室だった。
白い壁、消毒液の匂い、淡々と告げられる余命。
けれど澪は、不思議なくらい落ち着いていた。
「.........治療を始めたら?」
「成功すれば長く生きられる可能性はあります。
ただし、成功率は100%ではありません。
それに後遺症が残る可能性もあります。」
「そうですか。」
医者は続けて、
「まだ若いんです。生きる選択をしてください」
生きる"選択"
その言葉を、澪は何度も頭の中で転がした。
そして思い出す。
あの屋上で、あの帰り道で、あの教室で、
「絶対叶えよう!!」と笑った顔。
ステージ上で、二人で見たあの景色を。
澪は小さく笑った。
"選択"
それはきっと、どちらを選んでも後悔するものだ。
未来を選べば、今を失う
今を選べば、未来を失う
澪はしばらく黙ったまま、
窓の外の雨を見つめていた。
「..........先生。
後悔しない選択って、あると思いますか?」
静かな病室で、澪はそう言った。
「私はそんな選択肢なんて、
どれだけ小さな物事でもないと思うんです。
だからこそ、今は自分の心躍る方を選びたい」
その時の澪の目には確かな光があった
「今治療を選んだとしたら、これから先も生きながらえて、
また何度もいくつもの"選択"をするんだと思う」
その声は少しばかり震えていた。
「だけど、今は湊との約束があるから」
涙は流さなかった。
「今の私には、そっちは選べない」
自分で決めたことだから。
この後悔は、自分で抱える。
そう決めたから。
「自分の"選択"だから。
この後悔は、この先の私が受け止めるね」
誰にも告げないまま、澪は病院を後にした。
ライブ当日。
小さな会場だったけれど、客席は埋まっていた。
ステージ袖で、澪は小さく息を吐く。
「緊張してる?」
「ちょっとだけ」
「大丈夫。失敗しても何とかなるって!!」
湊は笑う
澪もそれにつられるように笑っていた。
ああ。
本当に、この人は。
最後まで、
世界が優しいと信じているんだなと思った。
だから澪は、
最後まで隠した。
自分がもう長くないことを。
歌が始まる。
スポットライト。
震える声。
重なる音。
そして。
最後のフレーズを歌い切った瞬間だった。
マイクの落ちる音がした。
それが誰のものなのか、
湊には理解できなかった。
遅れて、
澪の身体が崩れ落ちた。
歓声が止まる。
照明が揺れる。
湊の叫び声だけが、会場に響いた。
病院へ運ばれた時には、もう遅かった。
意識は戻らなかった。
湊は理解できなかった。
どうして。
なんで。
何が悪かった。
だって、自分は信じてた。
夢は叶うって。
努力は報われるって。
諦めなければ届くって。
なのに。
どうして。
どうして澪だけが。
葬式の後。
澪の母親から、小さな封筒を受け取る。
「あなたに、渡してって」
震える手で封筒を開ける
中には、見慣れた文字。
"湊へ"
たったそれだけで、呼吸が苦しくなった
手紙にはこう綴られていた。
『湊へ
これを読んでいるなら、私はもう隣にいないんだと思います。
ごめんね。
たぶん湊は怒るよね。
なんで言わなかったんだって。
でもね、私は怖かった。
治療をしても、夢を失うのが怖かった。
だから、私は湊との約束を選びました。
後悔してないって言ったら噓のなる。
もっと生きたかった。
もっと歌いたかった。
もっと......湊と笑いたかった。
でもね。
あの日々は、本当に幸せだった。
帰り道で見た青い花、
ちゃんと咲いたかな。
もし咲いていたなら、
少しだけでも、
私たちの約束が叶ったって思ってもいいかな。
だからーーー
あなたとの約束、守れたかな?』
そこから先を、
湊は読めなかった。
涙で文字が滲む。
声にならない。
何かを叫びたかった。
何かを否定したかった。
けれど、
澪が自分で選んだことを、
誰より理解してしまった。
"選択"とは、
必ず何かを失うことなのだと。
夢を選べば、未来を失う。
未来を選べば、夢を失う。
どちらを選んでも、
後悔は消えない。
それでも人は、
選ばなければ生きていけない。
湊は空っぽになったステージを見上げながら、
湊は何も言えなかった。
あれほど信じていた
「どうにかなる」という言葉を、
もう口にはできなかった。
もう隣に彼女はいない。
約束だけが残っていた。
《ーーこの物語は、絶望と後悔と選択に阻まれ、疎まれ、苛まられる物語であるーー》
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
初めて書いた短編ですが、
『選択と後悔』をテーマに描いた作品でした。
少しでも何かが残ればうれしいです。




