06 ジョン視点『ジェイド』として
よくあるゆるふわ設定です。
ご都合主義でも温かい目で読んで下さると嬉しいです。
―― あの馬車の事故の直後。
お嬢様に拾われてから、この伯爵邸は身を隠すのに最適だと思った。
伯爵は滅多に帰ってこず、伯爵夫人は病気で伏せっている。お嬢様はまだ幼く、裏もなくただの親切心で助けてくれたようだ。
怪我が治り、手持ち無沙汰で追い出されると困るので侍従の仕事に就く事にした。
基本的な所作は頭に入っていたので、難なくこなす事が出来た。
ただ敵に怯え、身を隠す日々。
そんな日々を過ごし、奥様に会う事になった。
伯爵夫人はベッドに横になっている事が多く、身近な使用人しか会えないのだ。
お嬢様が、奥様に俺を会わせたかったらしい。
俺達の出会いから、今までの事を色々と語っている。
伯爵夫人は、俺の顔をじっと見ていて気が気じゃなかった。
内心、俺たちの身元が割れたのかと心配になった。
「いつも、イリーナの面倒をみてくれているんですって?ありがとう」
そして、漸く部屋を退出しようとした時に奥様は手紙を書き始め、封蝋までして俺に渡した。
(何故俺に?)
「中身は一人で読んでね?」
そう言って渡された手紙。
――気づかれた?ここも危なくなるのか?早く手紙を読んでクロエと相談しなくては。
部屋に戻った俺は慌てて、しかし慎重に手紙を開いた。
――『あなた達が困った時に、頼れるように』
そう書き出してあった手紙には、夫人の隠した現金や宝石の隠し場所が書いてあった。
流石に持ち物の全部ではないのだろうが、何故ここまでしてくれるのだろうか?
そこには結構な額の硬貨が隠してあった。
『イリーナ』が困った時に使えるように遺しているのだろうに、それを俺に託してくれた。何故?
イリーナが懐いているから?俺の身分がわかったから?
信頼されてしまった。どこから見ても残り少ない命の人に、これを託されてしまった。
しかもイリーナの為にとは書かれていなかった。
(伯爵夫人、貴女には最初から見破られていたのでしょうか)
わからない。が、これは本当に有り難い。
この資金があれば。あの場所に行き、ちゃんと相手にされる。子どもだろうが大人だろうが金があればそれが力になる場所。
――父のお抱えだった情報ギルド。
裏切った可能性もある。叔父に靡いた可能性もある。
でも、ここで折角チャンスを得たんだ。
腐らせるだけなんて最も愚かだろう。
イリーナに助けられ、夫人に助けられ。
このまま弱いままで、狙われたままでここに迷惑をかけ続けるだけで終わるつもりは無い。
(受けた恩は絶対に返す。そして……。やられたなら、何が何でもやり返す)
――お嬢様に拾われてから半年後。
伯爵夫人が亡くなった。
「クロエ。俺は暫く王都まで行ってくる」
妹にそう切り出す。
「お嬢様はどうするの?あそこにまた戻るつもり?」
クロエはもう、帰るつもりはないのかもしれない。
お嬢様に依存する様にベッタリだ。
「ちゃんと帰ってくる。ただ父上と親しかったギルドに依頼をしに行くだけだ。俺はまだ弱いから力をつける必要がある。味方だって必要だろう?」
まだ、たった数ヶ月しか経っていない。
あの両親の最期を忘れられるはずがない。
あの時の自分の無力さを、忘れられるわけがない。
「わかった。私もお嬢様も待っているわ。でもジェイド。ここは暖かいのよ、私達が失ったものに近い物がある。私は無理してあそこに戻らなくてもいいと思ってるの」
少しだけクロエの諦観が窺える。
妹の言葉が胸を刺す。
わかってるよ。俺だって考えてしまう。
でも、伯爵夫人からの好意で訪れた折角のチャンスなんだ。
情報も力になる。
斬りかかられて殺されそうになった時に身を守る力だって欲しい。
「クロエの気持ちもわかってるよ。でもこの先、何があるかわからないから。何とか味方を見つけて力を付けないと生き残れないかもしれない」
――お嬢様にも迷惑をかける。
それこそ、また平和な日々が壊される事なんて望んでいないだろう?
あの日、母上と父上に約束した。
クロエだけは絶対に守ると。
それが、守る対象がお嬢様まで増えてしまったのは想定外だったけれど。
「きっと大丈夫だ。お嬢様が心配しないように上手く言っておいてくれ」
◇◇◇
「これを。金貨が好きな鴉に、翡翠が会いに来たと伝えてくれ」
王都の外れにある、薄汚れた飲み屋街。その一角にある店のカウンターで、金貨を置きながら伝えた。
相手が相手だ。きっと俺がここに来ることも掴んでいるだろう。
敵ならばこれから生きていく為の最大の障害であり。味方ならば大きな助けになる。
くい、っと首を動かして後ろの扉を通るように無言で指示される。
あれから十五分程待たされただろうか。
――さて、すぐに会ってくれる相手では無いが金さえあれば交渉は可能だろう。
通された部屋は、一度だけ父に連れてこられた時と同じ場所だった。
情報ギルド。『鴉』
「これはこれは。もうその翡翠には出会えないかと思っていましたよ」
「こちらこそ意外だな。こんなにすぐに会えるとは思わなかった。どうせ、俺たちの動向なんてお見通しだったんだろう?金は用意したんだが……。話の前にまずは聞いておきたい」
金貨が入った袋をテーブルに置く。
「半年前の事故、お前達は関わっているのか?」
鴉の首領とされる、『ネイムレス』。
顔全体を覆う仮面を付け、容貌が一切わからない男。
ただ、生前に父はこの男を信用していた。
公爵家当主の暗殺にこの男が関わっていたなら、俺たちは既に居場所が割れて殺されている筈だ。
そう当たりをつけてここに来たのだ。
誰が敵かはっきりしない中での賭けに近かった。
「あれは本当に遺憾でした。公爵閣下には昔からお世話になっていたのに。誓って、私たち『鴉』は関わっておりません」
足を組み、自分の背後に視線を向ける。
「実は、既に生前の閣下からご依頼がありましてね。あなたがここに来る事があったら力を貸して欲しい、とご用命を受けております」
彼の視線の先には静かに佇む部下。
その男がこちらに一枚の紙を渡してくる。書類の束から抜き出したその紙には、父の、懐かしい筆跡が入ったサインと公爵家の印章が押してあった。
――ずっと気になっていた事だ。父は確かに警戒していた。なのに。
「何故、あの事故が起きた?気付いたら護衛が一人も見当たらなかった。裏切り者は、ここまで準備していた父が油断する程近しい人物だったのか?」
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