23 劇場の火事
今回は火事などの残酷な描写があります。
苦手な方はご注意ください。
側妃もヘレン嬢も退場して一息ついた彼はこちらを向いて尋ねた。
「じゃあ、さっきのドリンクの件を聞きに行くか。ルフィーナも来る?」
「ええ、こんな広い所で一人は嫌だわ。囲まれるのは面倒だもの」
そんな時に、ツンツンと裾を引っ張られた。
「ねぇねぇ、お姉さんがさっきの妖精さんなの?」
そこには十歳くらいの幼い子供達がいた。
――うっ!それは答えにくい……!
「あー、そんな事もあるような……無いような……」
曖昧な答えを返したのが失敗だったのか。
「えー!凄い凄い!本当に人間になったんだねー」
「見て見て!本当に金髪の妖精さんだよ、ねぇ、じゃあじゃあもしかして……!」
幼い子供二人が私のドレスを引っ張って次々と話しかけてくる。
(ちょっと助けなさいよ……!)
ジェイドを見ると、彼は両手を交差させて首を振っている。
――拒否ッ!?
『じゃあ、俺だけ向かうから頑張ってね』
口元だけで伝えて、手を振りながら別方向に歩いて行ってしまった。
支配人室は隣の建物にあるらしい。
そのまま劇場の入り口から外に出て行った。
(薄情者めーー!)
周りをみれば、レイアスとその部下らしき人達が居るから大丈夫そうだけれど。
(違う意味では大丈夫じゃないかも〜〜!)
その子供たちを皮切りに、どんどんと話しかけられる羽目になってしまった。
――本来は何処で出会ったのか。
――どの時点で恋人になったのか。
――ジェイドは普段どんな男性なのか。
あー、腹を括るぞ。
笑顔で、一つずつ質問に答えていく。曖昧かつジェイドの素晴らしさを語り恋する女を演じるのよ私!
さっきは気合いを入れてジェイドの恋人アピールでやり込めてやろうとしたのに、口を出す暇もなく。
なにやら肩透かしを味わってしまった。
まぁ、クロエの為に広告塔にはなれたからいいのか。
◇◇◇
「公爵閣下、今回は申し訳ありません」
クロエが支援している劇団なので、調査済だったが、やはり何かしら妨害は入る。
劇団の運営者も後援者も比較的クリーンな商売をしている者ばかりだったから選んだのだが……。
(常に狙われている事を肝に銘じなければ)
「ああ、こちらにも油断があった。今後の改善に期待するよ。何せ妹のお気に入りだから潰したくないしな」
しかし『媚薬』――美の女神の名前を付けられた違法な薬。これはそうそう入手出来ない。
粗悪品なら別だが、今回は純度の高い物だった筈だ。
(側妃は何を考えている?)
俺が警戒しているのはわかっている筈だ。
わざわざこんな場所で顔を合わせる意味がない。
――一体何故、ここに顔を出したのか。
違法薬に関しては検閲でも引っかからない独自の交易経路でも持っているらしい。新興貴族や商人ギルドが関わってくると厄介だ。
彼らには独自の商会と販路を持つものが多い。
塩や香辛料など、国が管理出来る物は限られていていて、その関税を取るに留まっている。
輸出入の細かい物品の詳細までは報告義務が確立されていない。
禁制品の流入を規制するのが本当に難しい。
現場を押さえるか、管理している倉庫を見つけて回収するしか方法がない。
(厄介な事ばかりだ。しかし――。王室は本当に何をやっているのか……)
――ドッガーン!!
建物全体に、爆音とともに振動が走った。
「何だ!何が起こった!?」
「爆発か!?」
使用人がノックもせずに慌てて駆け込んできた。
その様子は尋常ではなく――。
「お話中失礼します!舞台装置から発火して、燃え広がったようです!劇場が火に包まれております!」
「なっ!!」
(ルフィーナ!まだ彼女がホールに居る!)
「閣下!危険です!早く避難を……!」
制止の声なんて耳にも入らず、火に包まれているという劇場に向かって走った。
――大丈夫だ、レイアスが居る。
大丈夫だ、何人も護衛を付けている。
でも、俺は何故彼女から目を離した!
いつもいつも不幸は突然やってくると知っていながら!
何故!何故俺はこうも愚かなんだ!!
無事でいてくれ!他人なんてどうでもいい、彼女が無事でいてくれたら他人なんてどうでもいい!
「ルフィーナ!頼むから――!」
足が遅い!これじゃ間に合わなくなるじゃないか!
もっと早く動けよ!
頼むから、頼むから――!!
目前に煙とともに火の手が上がっている隣接する建物が見えた。
間に合え!頼むから!――お願いだから!
物凄い熱気に肌がチリチリと焼ける。
こんな中に彼女が。
早く助けてあげないと!
――躊躇している時間があるなら飛び込め!
どうせ彼女に貰った命だろう!
ここで使わないと意味がない!生きている意味がなくなるじゃないか!
外で消化しようと桶に水を入れている奴からそれを奪い、頭から被る。
「お、おい、何を!ここの扉は内開きなんだ!中の人間が押し寄せて全然開かない!」
周囲の人間から、状況を教えられ押し止められた。
中で大勢の助けを求める声が聞こえる。
出入り口に押し寄せてパニックになっているのだろう。悲鳴がこちら側まで聞こえてくる。
――入口が駄目ならば。
使用人が使う出入り口だ。そこから中に入れるかもしれない。
ざっと見回し劇場の使用人が着ている服を見つけ出す。
「おい!今すぐに、お前らが使う入り口に案内しろ!使用人通路だ!早く!」
襟元に掴みかかり、怒声をあげる。
自分の評判やこれからの立場など関係無い。
無様でも構わない。死んだって構わないのだから――!
「時間がない!早く!褒美なら後で幾らでも払うから、早く案内を!」
◇◇◇
――誰が最初に叫んだのだったか。
「火事だ!早く逃げろ!」
すぐ近くから火の手が上がっていた。
舞台の端が既に火の海になっている。元々火に弱い 布や木材に燃え移り、一気に広がったのだろう。
辺り一面が炎に包まれて大きな火柱が立っている。
「ルフィーナ様!すぐに此方へ!」
レイアスが私の腕を掴み、引き摺る様に走り出した。
――さっきの子供達は?
目の前にはパニックになって逃げ惑う人達で埋め尽くされる光景。
誰もが恐怖で逃げようと入り口へと走り出している。舞台から少しでも遠ざかろうと押し寄せる人々。
「早く出入り口へ!――いえ、逆に危険だ。裏口に行きましょう!鼻と口を押さえて煙を吸わないで!」
彼は私の口元を手で押さえ、ハンカチを取り出している。
そこで、大勢が逃げる隙間からさっきの子供達が見えた気がした。
――気のせいかもしれない。でも、気のせいじゃないかもしれない。助けないと。助けないといけない!
「待って、待って!でも、あそこに子供が居たのよ!逃げ遅れるかもしれないわ!」
こんなに多くの人が逃げ惑う中であの子達が無事に済むとは思えない。
誰かが助けてあげないと――!
「貴女に!この状況で何が出来るって言うんだ!子供がここに何人居るって!?じゃあ、他には?死にかけた人間を助けて回るって!?あんたに出来ることなんて何も無いんだよ!」
入り口の方を見ると、人が殺到している。
扉が開かないのか。人々の悲鳴が飛び交う。
誰もが声をあげて、炎から逃れようとしている。
「大人しく付いてきて!僕はジェイドに約束したんだ、貴女を任せられたんだよ」
――生き残る。生き残れ。
私がここで死んでしまったら――。
きっと彼が悲しむ。泣いてしまう。
彼女も泣いてしまう。慰めてあげることも出来なくなる。
胸が痛い。炎が怖い。死ぬのが怖い。悲鳴を上げている人達が怖い。
あの子達を見捨てて、背を向ける自分が怖い。
でも生き残らなくては――。
涙が止まらない。煙のせいで――涙も咳も止まらない。レイアスに引き摺られて足を動かす。
――裏口。火の手が上がるその先だ。ここに飛び込む?無謀にも程がある。誰もが躊躇する炎の上がった道を進もうとする私達――。
「目を閉じて!暫く息を止めてください!」
レイアスに抱きかかえられて、火の粉の舞うそこに飛び込んでいく。
初めて感じる物凄い熱気だ。怖い。こんなに煙で苦しいのは初めてだった。熱い。苦しい。
必死でレイアスにしがみつくが、死を覚悟する。
(ジェイド――!)
死ぬかもしれない。彼らは助かるのか。私は、私は。
もう一度会えるのだろうか――。
ジェイドは別の場所に居る。
ここに居ないのなら彼は助かる。
――それが唯一の救いだった。
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