12 ジェイド視点〜 策略と後悔と
よくあるゆるふわ設定です。
ご都合主義でも温かい目で読んで下さると嬉しいです。
――数日前。
「お久しぶりです、ジェイド様。本当にご無事で良かった……!」
執務室に向かって歩いている途中で、見知らぬ女性に声を掛けられた。
知り合いだっただろうか?
十三歳から公爵家には戻っていないので、重要な人物以外の記憶が曖昧だった。
「ずっとずっと、帰ってきてくれるって信じていたんですよ。平民として身を隠していたなんて。長くて辛い日々でしたね……」
「ええ、ありがとう。それで、私もここに戻ったばかりで記憶が曖昧なんです。ご令嬢のお名前をお聞きしても?」
誰だったか。栗毛に黄色がかった茶色の瞳?
地味過ぎて覚えていないとは失礼過ぎて、間違っても言えない。
「あ!失礼しました。お互いに成長しているのですもの。分からなくて当然ですね」
漸く気付いたのか、自己紹介をしてくれた。
「ヘレン・ラスマンです。ジェイド様のお父君の側近の娘です。昔はよく一緒に遊びましたでしょう?」
――ラスマン伯爵。
叔父に与して、第二王子派に翻った家臣だ。
直接的に、父の死には関わっていなかったからまだ手を付けていなかったが――。
「そうでしたか。申し訳ない。ご令嬢があまりにも綺麗になっていたので、気付かなかったみたいです」
「まあ!ありがとうございます。……昔も良く褒めてくれましたよね。ジェイド様はとてもご立派な紳士になられて……その、素敵ですわ」
「それはどうも。それで、公爵邸にはどの様な用件で?訪問の予定があったでしょうか。記憶にないのですが」
「昔馴染みなので、使用人が通してくれましたの。――父は前公爵にも仕えていたので、ジェイド様はご不快かもしれませんが……。でも今は、父もジェイド様に忠誠を誓っております」
――忠誠ねぇ。必死に尻尾を振るか、叔父と共謀して隣国から甘い汁を啜っていた記録をどうしようか考えているだけじゃないか?
「あの方が罪を犯していたなんて知らなかったのです。申し訳ありませんでした。本当になんて残酷で罪深い事を……」
「そうですね。叔父は許されない罪を犯した。だから罰が下った。いえ、私も清廉では無いから、罰を下したと言い換えましょう」
そして、彼女の瞳の動きを余さず見ながら言った。
「あの件で学びました。神に祈るのではなく自分の手で罰しないといけないとね。……目の届かない所で起きている事が多いですから、これからもそうするつもりです」
「さすがジェイド様です。ご立派ですわ」
何の反応も無いな。父親とは関係ないのか?これが演技なら感心するが……。
ただの世間知らずな娘なら相手をする必要もない。
「では、執務が残っているのでこれで」
「あの!待ってください。昔の約束を覚えていますか?結婚の約束をして下さったでしょう?」
「は!?」
「私はずっと待っていたのですよ? 父もまた、それを望んでおります。ジェイド様とまた親密になって欲しいと言われております。私も勿論、望んでいますわ」
(ルフィーナと解消させて、自分が婚約者になりたいと言っているのか。大胆だな)
生来の明るさと持ち前の強さで、辺境伯家に愛されているルフィーナ。
ヘレンが望んでいるそれは、かの家に喧嘩を売っているのと同様だ。
「婚約者の方に恩もあるかもしれませんが、元平民なら貴族になれただけでも光栄でしょう? 何も貴方が身を切らなくてもいいでしょうに。彼女には分不相応ですわ」
『分不相応』その単語を聞いて一瞬で血が沸騰した気がした。
誰に向かって?ルフィーナに対してなのか?
無知で蒙昧で、自尊心だけが高い女。
健気なふりをして、今――誰を貶めた?
――平民?そうだ。今見下されたのはルフィーナであり俺のことでもある。
お綺麗なお貴族様が想像もしてない生活をしてきた。
諜報員としては、人に言えないような事ばかりをしていたんだよ。まさに血塗れで、ご令嬢なんかが知ったら気絶するような事をね。
ご立派な紳士?――誰の事だよ。ただの服だろう。
ルフィーナに恩がある?当たり前だ。
あの時に、お前が通りがかっても小汚い子供に嫌悪感を示すだけだっただろう。
傲慢で利己的で自尊心の塊、自身の魅力を信じてやまない。
――ああ、なんて貴族らしい!
「それは助言ですか?――それとも私に対する侮辱と捉えてもよろしいですか」
「い、いえ。あの、ジェイド様が誠実なのはわかっています。そのお気持ちを侮辱だなんて!」
「では、本当に時間がないので失礼します」
「ええ。またお会いしてくださいませ」
何だあの女。分不相応?誰の話だ。鏡に向かって自分に話していろよ。
――しかし、ラスマン伯爵ね。
最近色々と焦っているように見えるな。
娘まで俺にけしかけて、何を企んでいるんだか?
叔父が捕まったから、自分も続いて罪を問われるのを恐れているのか。
このタイミングが一番だろう。
裏切り者の逆臣を泳がせて、その首を捕らえるにはいい頃合いだ。
ルフィーナという、奴らにとっては厄介な存在。
ベルンスト公爵とセイムズ辺境伯の娘との婚約だ。
どちらも第一王子に付いたと、反対勢力は焦っているはずだ。
どんどんと追い詰めて、勢力を削いでやる。
公爵家が分断している現状は、彼女にとっても危険だ。
そして、王妃とアンドレイ殿下にも公爵家の早急な立て直しを求められている。
昔のように、父上の代のベルンスト公爵家――王家の剣としての役割を。
そういえば伯爵には娘がもう一人いたな。
名前は忘れたから後で調べよう。
しかし、国立アカデミー出身だと聞いたことがある。
それならば、話をして見極めようか。活用出来るかどうか、その人格と知性を。
愚か者ならば、諸共に。
有用ならば、手を差し伸べて。
諜報員では見つからない情報も家族ならば持っているかもしれない。
だが、逆臣の家族を引き入れるには危険が伴う。情と未練と罪悪感。それが感情と理性に色々絡んでくるからだ。
ルフィーナならばどうするだろうか。
きっと、罪がないならば助けるだろう。
そういう人だ。
俺には出来ない事を実践出来る人だ。
先ずはラスマン伯爵のもう一人の娘と話をして、反応を見て。それから決めてみてもいいだろう。
(偶には、俺も彼女の善良さを真似てみたくなるんだよなぁ)
◇◇◇
ケリー・ラスマン伯爵令嬢。
彼女と話してみて概ねの事がわかった。
現状の把握も的確で、俺がラスマン伯爵を破滅させるつもりである事まで理解している。
そして、彼女の瞳に浮かぶ強い意志。
――いいかもね。迷いがない。自分の手で未来を掴み取る強さを感じる。
「君には伯爵家の内情を調べて欲しいんだけれど、でもその前に、俺の婚約者の教育係にならないか?君なら信用出来そうだ」
そうして、彼女を教育係として雇うことにした。
◇◇◇
――だが、ヘレン嬢がほぼ毎日押し掛けて来ることになるとは想像もしていなかった。
そして公爵家の使用人があそこまでヘレンを褒め、ルフィーナを貶すとは、考えもしていなかった。
更には彼女のせいで、ルフィーナに疑われ、見損なわれる事になるなんて。
俺の考えが全て甘すぎたせいたった――。
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