08 ヘレン嬢
よくあるゆるふわ設定です。
ご都合主義でも温かい目で読んで下さると嬉しいです。
昨日は、ジェイドを慕っているというご令嬢の話を散々聞いた。
私にはない、甘酸っぱいようなそんな話が沢山出てきた。クロエは彼女が苦手なようで、始終顔を顰めていたが。
いつも通りに公爵邸の廊下を歩き、書斎に向かっていると――。
見慣れない、可愛らしい女性が使用人たちと仲良く会話をしていた。
彼らの朗らかな笑い声がここまで聞こえてくる。
栗色の髪に、琥珀色の瞳。
明らかに貴族だとわかる彼女は、それでも笑顔で使用人達に囲まれていた。
遠くから聞こえてくる、彼らの声は。
『やっぱりヘレン様の方が――』
『公爵様の初恋はヘレン様ですし――』
『こんなにもお似合いなのに何故――』
『元はただの平民だったらしい――』
『――いや、辺境伯の私生児だと……』
――成る程ね。
彼らにあまり歓迎されていないと思っていたのよね。
でも、頑張れば何とかなると思っていた。
きっと認めてもらえると思っていた。
「あれがヘレン・ラスマン伯爵令嬢ですよ。ジェイドとクロエの幼馴染のご令嬢です。ああやって、よくジェイドを訪ねてくるんですよ」
「レイアス、下がりなさい。何のつもりですか」
エマが私を庇って前に出てこようとするが、それを手で制して止めた。
全く気配がなかった。こういう所もジェイドに似ているのね。
「レイアス。いきなり、女性の後ろに立つなんて無礼でしょう?」
「申し訳ありません。ルフィーナ様が知りたいかと思いまして」
私から大きく一歩下がって距離を取り、頭を下げる。
「ラスマンって、ケリー先生と同じ家名ね。姉妹か親戚かしら」
「ええ、彼女達は姉妹です。そしてあのヘレン嬢がジェイドの初恋の女性です。ずっと彼が生きていると信じて待ち続けた健気なご令嬢ですよ。あなたのロマンスと、どちらが健気で美談でしょうかね?」
「そう。皆から好かれているのね。彼らのあんな表情は初めて見たわ」
使用人達に視線を向ける。私には向けられたことのないものだ。
「それは彼らが、ヘレン嬢を幼い頃から知っているからでしょうね。僕も親しくさせて戴いてますが、愛らしくて周りに好かれるタイプですよ」
――そうね。
異物は排除されるわよね。歓迎なんてされる筈がない。そして、今まさに私が公爵家の異物なのだ。
「それで?」
「はい?何でしょうか?」
「こんなにも親切にヘレン嬢の事を教えてくれる理由はなにかしら?――あなたも私を排除したいのかしら」
彼は少し目を見開いた。
「いいえ。ただ、あなたがジェイドに愛される理由がわからないので確かめたいだけですよ?あのジェイドが、一途に女性を愛するなんて不思議じゃないですか」
「そう。残念ね。それは私にもわからないわ」
――本当にわからない。
私は、彼に特別な事なんて何もしてあげられていない。
ただ、偶然にあの場で出会い。
二人を連れ帰っただけなのだもの。
「ご期待に添えなくてごめんなさいね。でも、貴方も過保護すぎるわよ。いくら親しくしていても人の心を勝手に推測したり、自分の期待通りじゃないからと誘導する人間なんて碌でもないわ」
くるりと踵を返し、先ほど通った廊下を戻る。
けれどせめて最後に嫌みを言ってやる。
私には、ここに味方なんていやしない。
レイアスが彼女の事をご丁寧に説明してくれた理由も。
訪問カードも無く押しかける彼女を何度も公爵邸に通し、仲良く話している使用人も。
被害妄想なのかもしれないけれど。
毎回貴族年鑑ばかり読ませ書き取りだけさせる授業をするケリー女史も。
皆、私に居なくなって欲しいと思っているように感じてしまった。
私に身の程を知れ、と無言で訴えているように感じた。
――元平民が公爵閣下と結婚なんておかしいわよね……。反対する理由も分かるわ。
ジェイドの圧力もあり、いくら辺境伯家が受け入れてくれたとしても。やっぱり場違いなんだわ、私。
「エマ。今日は体調不良で部屋で寝るわ。誰も入れないように伝えておいてね」
何だか無性に寂しくて。一人ぼっちになったみたいで。暖かい布団にずっと包まっていたかった。
「大丈夫。大丈夫よ、お母様。私は大丈夫」
私は強いんだから。一人ぼっちになったって私は強いんだから。
ジェイドもクロエも味方してくれる。
それは無条件に信じられるもの。
でも、嫉妬心?これは厄介なのね。
あり得ないのに、わかっているのに止められない想像。
私じゃなくて彼女の手を取るジェイド?
あり得ない。
ヘレン嬢は何故あんなに堂々と公爵邸に来れるの?
ジェイドが許可しているから簡単に出入りできるのだろうか。
あのジェイドに限ってそれは無い。
わかっている。
でも、一度考えてしまうと頭から離れなくなってしまった――。
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