21 ジェイドの執着と。辺境伯の娘として
「今、勝手に俺の事を諦めて捨てたでしょう?」
私が突き放した彼がまた、私の手を握る。
「あなたが、本当は失う事を怖がっているのはわかる。だから簡単に諦めるんだ。他の何を捨ててもいい。クロエには怒られるだろうけど、あいつを捨てたっていい。でも」
いつもの飄々とした態度など微塵も感じさせない強い瞳で私を見る。――本当に翡翠みたいだ。
「俺を捨てることなんて許さない。今、あなたは俺を捨てた。あの時助けたくせに、今、心の中で捨てたでしょう?そんな事は絶対に許さない。認めない」
彼の執着に塗れた翡翠の瞳。
「お嬢は自分の執着心に怯えている。だから俺達以外に執着しないようにしてたよね?」
彼の言う通りだ。
けれど。
「だからって、俺が素直に逃がしてあげると思う?今更俺が手放す理由がない。お嬢を、俺がどれだけ愛してるかちゃんと理解させないとわかってもらえないのかな……?」
彼の大きな手で私の両手を捕まれ、そして顔が近づく――。
「発言が怖い!なんか目が怖い!」
――ズゴン!
私はそれを頭突きで止めた。
「わかった!ジョンもジェイドもどっちだっていい!、勿論クロエも諦めないから!ここ、何処だと思ってるの!人様の家で暴走しないの!このお馬鹿!」
くぅぅぅぅ……。痛い。
勝手に悲しんで自ら手放そうとした自分への罰でもある。
ジェイドも暴走が止まったようだ。
「もう……お嬢のそういうところ!それが駄目!流されて、俺に溺愛されて駄目になってトロトロになっちゃえば楽なのにーーー!!」
「だから、人様のお家だってば!」
もう、この人はバカだ。そう、私の事を私以上に理解している、私の事を大好きな馬鹿な人だ。
そして、だからこそ私に捨てられる事を怖がり、それを憎んでいる。
ジョンがジェイドになって。従者で、情報ギルドの諜報員で本当は公爵様。これまでだって、色々な肩書を持つ私のお馬鹿な宝物だったのだ。
――今まで通りだ。肩書がもう一つ増えた私の大切な人だ。
うん。さっきのは勘違いだった。やっぱり私のものだったわ!
私の大好きな人。それだけでいいじゃない。
「お嬢?」
「ジェイド!ジェイド!やっぱりあなたは私の大切な宝物よ。綺麗な翡翠ね、ずっと大切にするわ」
彼が破顔する。なんでそんなに嬉しそうなのかしらね?いつもみたいに可愛い。格好良いのに可愛いって何よそれ?
「お嬢……イリーナ、と呼んでも?」
「ええ、勿論よ公爵閣下?……でも間違っているわ。『ルフィーナ』になったの」
「出会った時から、ずっとイリーナの名前を呼びたかったのに」
「でも、これから違う形で始まる私たちには、新しい名前がピッタリじゃない?」
自慢げに彼の方を向いていつもの様に笑ったけれど。
――怖っ!ジェイドの笑顔がさっきと違う意味で怖い。
「さっきは本当に絶望を味わったんだから。すぐには絆されませんからね。――取り敢えず、素直に俺の花嫁になって下さい、ね?一ヶ月後の舞踏会でお披露目しましょう」
ジェイドの瞳が、笑ってない。
「――え」
それからの私のスケジュール、知りたい人は教えてあげるわ。
その後、王都へ出向き、辺境伯御一行と共にタウンハウスへ移動した。
無事に公爵令嬢に戻ったクロエとも再会して。
「クロエ〜!なんて可愛い名前なのよ!早く呼んであげたかったわ!」
公爵令嬢になってしまったクロエはなんて眩いの?
メイド服着せてごめんなさい……。
でも、その趣味の人は感謝なさい。
「お嬢様ーー!ジェイドが無事にお嬢様を落とせてよかったです!無理なら違うパターンも考えていたんですから〜」
小説あるあるのパターンなのかしら?
読書仲間としては、聞いてみたいわ。
でもね。後ろでジェイドが怒りのオーラを出してるよ、気づかないのかな?
「あぁ、綺麗よルフィーナ!こんな形であなたに恩が返せるなんて!しかも義理だけど姉妹になれるなんて嬉しすぎるわ」
イリーナが感激してくれる。うん、良い娘。でもやる気が……尽きてるから無理。これ以上着替えさせないで。
その後、お義母様にイリーナと一緒に作法や社交界の事を叩き込まれたけれど。
「うちは可愛げの無い男ばっかりだったから、娘を嫁に出す機会を得られるなんて!もっと張り切って行きましょう!結婚式までだって、ちゃんと面倒をみるわ!」
お義母様がとても張り切って私たちの舞踏会の準備をしてくれた。イリーナも私もクロエも、王宮の舞踏会は初めてなのだ。
そうね、男の子三人の母なら一度は娘に憧れちゃうわよね……。
有り難い。素敵。………でも、やっぱり頑張れないわぁ。
初対面ではわからなかった辺境伯夫人の情熱が見えて、そして確かな好意を感じられるから頑張れる、かなぁ?でも、今は休みたい。
――うん。良い所だったわ。セイムズ辺境伯領。
色々、感謝はあるんだけど男性陣は割愛でもいいかしら。
次男も、ずっと一緒に居ると暑苦しくて疲れるしねね……。
長男と次男は一緒に王都に来てくれた。私とイリーナのエスコートをしてくれる予定だ。
エーリク様とお子様のセットは本当にそっくりで可愛らしい。ちゃんと父親として頑張っているじゃない。
安心かどうかまではわからないけどイリーナを任せられるわ。
お義父様と三男は、エイムズ辺境伯領で留守を守っている。
意外と愛嬌のある人だと分かったけれど、ごめんなさい。父親とどう接していいかわからなくて私が硬くなってしまった。
反省してます。今後に期待してください。
辺境伯一家のお陰で、実のお母様以外からの家族の愛情を感じられた。普通の家族の在り方を知った。
――私、幸せになります。ありがとう。
……これでいいと思うの。
(舞踏会に参加したくないわぁ)
とにかく、人の顔を覚えられないこの頭が憎い!
そしてこの苦痛を是非ジェイドにも恨み言として伝えねば……。
本当は、盛大な式でお披露目したいジェイドの気持ちもわかってはいるんだけれど。
私はささやかな方が好きで、出来るなら二人きりで笑いあう方がいい。そんな空間が好きだ。
だって、彼は月夜がよく似合う。あの翡翠の瞳が猫みたいに月の光に輝いて――。
「――とは思ったけど!」
クロエ!クロエはどこ!?
「だって、お嬢が俺に会いたがってるって聞いちゃったから仕方ないよね?」
「全くもう。お互いに忙しくて中々会えない、って愚痴を言っただけよ!」
「それに、お嬢は舞踏会から逃げだしそうだから釘を差さなきゃね」
本当に、少し口に出しただけなのよ?
別に逃げないわよ、いきなり病気にならないかしらとは思っているけれど。
涼しい夜風が二人の髪を乱して通り抜けていった。
「お嬢の金髪が月の光に反射して綺麗だね。俺はずっとこの髪に触れたかったよ」
気障ったらしいわ。ジェイドの癖に生意気よ。




