第31話「スウェーデン、白夜のシナモンと魚介スープ」
坂田雄一、36歳。今日のカップ麺は、静寂と光が支配する北欧の街から。
夜なのに明るい、静かな国の、優しい一杯。
午後11時。
だが、部屋の照明は最小限。
坂田は照明を落とし、窓際の椅子に腰を下ろす。
今日のカップは、珍品中の珍品。
「スウェーデン製・ディル香るサーモンシーフード・インスタントヌードル」
輸入食品店の棚で、シナモンロールの横にぽつんと並んでいた。
パッケージには白い家と、湖、そしてどこまでも青い空。
その中に、淡いクリーム色のスープ麺が描かれている。
「これはたぶん、“やさしい系”のやつだな……」
お湯を注いで4分。
立ちのぼる香りは、魚介とディル。
バターのような甘い香りが背景にあり、
どこか温かい家庭のキッチンを思わせる。
ひと口すすると、スープは塩気控えめで、
サーモンのうま味とミルキーな口当たり、
そしてディルの清涼感が絶妙に溶け合っていた。
「……これは、“静かな夜”の味だ」
坂田はスウェーデン北部、ルレオで過ごした初夏の夜を思い出していた。
白夜の季節。夜の10時になっても、空は明るかった。
人通りは少なく、街は静まりかえっていたが、空だけは、沈まなかった。
B&Bのオーナーが作ってくれたクリームサーモンスープと黒パン。
その味に、今日のカップはとてもよく似ていた。
日本の夜の中で食べているのに、
耳にはなぜか、あの夜のしんとした静けさが蘇ってくる。
【日付】8月20日(東京・真夏の深夜)
【麺名】スウェーデン製・ディル香るサーモンシーフードヌードル
【評価】★★★★☆
【感想】塩味は淡いが、じわじわ沁みる。北欧らしい清潔さと静けさを感じる。食後の心が落ち着く、静謐な一杯。
食べ終えた坂田は、スープの余韻に浸りながら、
冷めかけたコーヒーを一口飲んだ。
「……眠くならないな。白夜のせいか」
もちろん、ここは東京。
空はすっかり暗い。だが、気持ちはどこか北欧の夜にいた。
――音のない明るい夜。旅は、カップの中に続いている。
世界三杯紀行、第31話、完。




