第21話「モロッコ、砂漠とミントと鶏スープ」
坂田雄一、36歳。今日のカップ麺は、乾いた風の向こうからやってきた。
灼熱の砂とミントの清涼。スープがオアシスを連れてくる。
その日、東京の空気は妙にからりとしていた。
湿気のない夏。珍しい。
坂田はベランダの椅子に座り、太陽の光を背中に感じながら言った。
「……今日は、あの国の麺にしよう。喉が砂漠を求めてる」
取り出したのは、モロッコ製『ミントチキンスープ・クスクス麺』。
正式名称は、アラビア語とフランス語の2カ国表記。
だが英語で小さく “Moroccan Mint Chicken Noodle Soup” とも添えられていた。
封を開けると、目を引くのは乾燥クスクスと、砕かれた乾燥ミントの葉。
それに、小さなチキンチップと、パプリカ、レモンピール。
「クスクスって、世界最小のパスタ。これを麺と呼ぶのか……まあ、“旅”に定義はいらないか」
湯を注ぎ、蓋を閉じて待つ間、
彼はふと昔読んだ紀行文を思い出す。
サハラ砂漠の夜、星と焚き火と、甘いミントティー。
──チチチッ。
ミントの香りが立ちのぼる。
いつもの塩気とは違う、甘く涼しい香りが鼻腔をくすぐった。
「……やっぱりこの麺、普通じゃない」
スプーンでひと口。
チキンスープは優しいが、すぐにミントとレモンの香気が舌を洗う。
そして、プチプチとしたクスクスの歯触り。
「塩気と清涼感。温かいのに、さっぱりしている……。これはスープというより、砂漠の呼吸だな」
後味にミントの余韻が残り、次のひと口が恋しくなる。
それを繰り返すうちに、暑さが静かに引いていった。
【日付】8月9日(東京・乾いた夏)
【麺名】モロッコ製・ミントチキンスープ・クスクス麺
【評価】★★★★☆
【感想】スープで喉を潤すのではなく、空気ごと洗い流すような一杯。馴染みのない味だが、不思議と身体にすっと染みる。砂漠の民の知恵を感じた。
坂田は空になったカップを手に、もう一度ミントの香りを吸い込んだ。
「……冷房より効くかもしれないな、これ」
彼はそうつぶやくと、クスクスの残り香の中で、
目を細めて、風の音に耳を澄ませた。
――灼熱の土地で編まれた味は、涼しさとは何かを教えてくれる。
世界三杯紀行、第21話、完。




