第1話 「灰の空と、名を呼ぶ声」
目が覚めた瞬間、まず聞こえたのは――風の音だった。
どこまでも乾いた風が、瓦礫を撫で、埃を巻き上げる。
鼻を突く焦げた空気の匂い。空を見上げれば、雲ひとつないくすんだ灰色の空。太陽は見えないのに、眩しさだけが肌を焼いていた。
ここは、どこだ。いや……また、“いつもの場所”か。
アキトはゆっくりと上半身を起こした。
石畳の割れた地面、崩れかけた高層ビル。誰もいない、死にかけの都市――第七の世界。
また、戻ってきたのだ。
「……何度目だよ、これで」
無意識にこぼれた独り言に、自嘲の笑みが混ざる。
六度目の世界で、アキトはもう何もかもに絶望していた。
仲間を裏切り、世界を見捨て、自分すら信じられなくなった。だからこそ、次の世界に転生してしまったとき、彼はこう決めていた。
今度こそ、何もしない。
どうせまた滅びるなら、誰も救わず、誰にも関わらず、ただ終焉のその時を静かに迎える。
それが、記録者としての“最適解”だと。
だが。
「アキト……やっぱり、いた」
その声は、まるで旧友に語りかけるように、懐かしさを帯びていた。
振り返ると、そこにいたのは一人の少女。
白銀の髪、深紅の瞳。透き通るような肌に、薄いマントが風に揺れている。
初めて見るはずなのに、なぜかアキトの心がざわついた。
「誰だ……お前」
警戒の色を隠さず、アキトは立ち上がる。
だが、少女はそれにも怯まず、静かに微笑んだ。
「私の名前は、リノア。……七番目の世界で、やっとあなたに会えた」
――なぜ、俺のことを知っている?
アキトの脳内に、警鐘が鳴る。
これまでの六つの世界で、彼の“記憶”を引き継いでいたのは自分ひとりだった。
だが彼女は違う。目の奥に宿る何かが、アキトと“同じもの”を知っているようだった。
「……何が目的だ」
「“終わり”を止めること。アキト、あなたと一緒に」
その瞬間、風が止まり、時間が凍ったように感じた。
“終わり”を、止める――?
それができるなら、最初から誰も死なずに済んだ。
自分がどれだけ足掻いても、変えられなかったあの世界を。
それを、たかが少女ひとりが……?
「……バカみたいだな」
アキトは背を向けた。信じない。信じてまた絶望するのは、もうたくさんだった。
だがその背に、少女の言葉が追いかけてくる。
「あなたが見た六つの世界。滅んだ理由、すべて同じ“ひとつの因果”に繋がってるの、知ってる?」
アキトは、足を止めた。
その“因果”を、彼は知らなかった。何度も原因を追い求めたが、核心には届かなかった。
だが、少女の口ぶりは違った。まるで――知っている者の声だった。
「その因果に、私も関わってるの。だから……今度こそ、終わらせたい」
少女の手が、アキトに差し伸べられる。
「あなたと一緒に、世界を救いたい」
触れるか、拒むか。
少年は、まだその選択を下せなかった。
けれど、胸の奥にわずかに残った“疑問”が、彼の足を引き止める。
――あの滅びは、本当に、避けられなかったのか?
風がまた、街を包む。
遠くで鐘のような音が、乾いた空に響いていた。
そして、世界は静かに、“始まり直す”。