ママのアップルパイ・2
「ただいま、父さん。遅くなってごめんね」
「お帰り、ライラ。そんなに急ぐ必要なかったんじゃないか?」
「うん、まぁそうなんだけど…。ただ、ロザリーに頼んだことが気になってね」
「…いつも通りさ」
「ああ、なるほど……。早く帰ってきて良かったわ。おば様達の所へ行って下請けの仕事貰ってくる」
家に帰ったばかりだが、またすぐに家を出た。
この村では職人や下請けの仕事を纏めている村長の家がある。職人は二週間に一度、村長宅に全員呼ばれ、仕事を貰う。下請けの仕事は急に入ったりするので、小まめに村長宅へ赴く。そして村長宅の離れで仕事を割り振って貰い、家に持ち帰ったり、離れで仕事をさせて貰ったりするのだ。
譲り合いや助け合い
本当ならば、私が街に行っている間にロザリーにやってもらいたかった事なのだが……。
不思議な事に髪をバッサリと切ったにもかかわらず、誰も私の髪が短くなったことに気付かない。
それに魔女様のところに結構いたからと急いで帰れば、いつも通りで時間の流れも変わってない。
そう、何もかもが変わってないのだ。
ゾクッと背筋に何かが走ったが、その考えを消すように顔を左右に振った。
「こんにちは、おば様。下請けのお仕事、何かありますか?」
「ライラ!ちょうど良いところに!大口の仕事が何件かあって女性陣皆でやらないと間に合わないかも知れないんだよ」
「そんなに!?じゃあ、しばらく家を空けるかもしれないから父に説明とちょっと家の中のこともやってきても良いですか?」
「良いよ。やっておいで。ジークは本当に良い娘がいて幸せもんだって村の男共は言ってるよ」
「あはは、父に直接言ってください!そしたら洗濯くらい出来るようになるかも!」
「そりゃそうだ!」
アハハと村長の家の離れから豪快な笑い声が多数聞こえる。また家に走って帰る。
バンっと思いのほか大きな音で玄関が開いてしまった。
「ライラ、ビックリするから静かに開けてくれ」
「それはゴメン。あとね、離れでしばらく皆で徹夜の作業になるみたいなの。ちょこちょこと暇貰って見に来れれば良いんだけど」
「気にしなくて良いさ。それより大丈夫か?」
「その台詞はそのまま返す。父さん、ロザリーの面倒見れる?それもあるから見に来ようとしてるんだけど……」
「なぁに?何の話ししてるのー?」
悩みの種が帰ってきた。私と父の気持ちを微塵も考えない子。
「ロザリー、私が街に行っている間に下請けの仕事貰ってきて置いてって言ったわよね?」
「やぁだー。村長の家って遠いし離れだって色んな仕事の道具があって何か匂うんだもの」
「ロザリー!村で暮らすには仕事をしろと何度も言っているだろう!フラフラしている暇があるなら仕事の一つを覚えたらどうなんだ!」
「あたしが仕事覚えるよりもお姉ちゃんがやった方が早いじゃ無い。それにただフラフラしてるだけじゃないもーん。ちゃんと考えてるもんね」
「ロザリー、ならその考えを教えてくれる?内緒とか子供みたいなこと言わないわよね?それと、私は今日から離れでおば様達と徹夜で仕事するの。父さんの面倒は見るけど、貴方の分はやらないわよ」
「はぁっ!?何でよ!」
「子供じゃないんでしょ?ちゃんと考えてるんでしょ?なら自分でなんとかしなさい。大体 貴方 今度,、結婚するのよ?家の事が出来ないなんてすぐに離縁されるわよ」
「そんな貧乏な家なわけないじゃん!あたしは居てくれるだけでいいんだって!だから家事全般は使用人の仕事!ごめんねぇ?お姉ちゃん、あたしだけ可愛く生まれて来ちゃって!」
きゃはは!とバカにしたように笑い、どこかへ行ってしまった。
父は怒りで体を震わせている。
落ち着かせようと手近な椅子に父を座らせ、水を持ってきて飲ませる。
「お前にばかり苦労かける……」
「…大丈夫よ。それにあんな甘えた考えで生きていけるほど世の中甘くないでしょ?それはこの村に住んでいるならわかっているはずよ。それがわからないんだから…」
「気付いたときはもう手遅れかもしれないな……そうならないように躾けてきたのにな」
「まあ、どうなるかはあの子次第よ。あの子は一旦、放っておきましょう?とりあえず、私は離れの仕事に行ってくるわ。おば様には少し遅くなっても大丈夫って言ってもらったから、洗濯とか日持ちする作り置き用意しとくから。とりあず、ロザリーの嫌いなものを一つは入れるようにしようかな?」
「それはいいな。俺だって掃除くらいは出来るから気にしすぎなくていいからな」
よっこいせ、と言って靴の仕事に戻る父の後ろ姿を見、あらかた家事をこなしていく。
作り置きの料理もそれなりに出来た。あまりおば様の厚意に甘える訳にもいかない。針仕事用の道具の準備をし、父の好きなブランデー入りの紅茶を用意し、離れの方には遅れる詫びとし焼き菓子を持ち、行ってくることを伝え、家を出た。
襲いで離れに走り、遅れたことを皆に謝罪し、用意した焼き菓子を差し出した。「気を使わなくて良かったのに!」と言いながらも皆には喜んで貰えた。
離れで女性陣だけでの仕事は楽しい。年齢はバラバラではあるが毎度、同じメンバーで仕事をしているからか結束力がある。
ロザリーはダサい、地味と貶しているが、下請けの仕事とは流行の先端の服に関わっている仕事でもあるのだ。
下請けの仕事は流行の先端の服の一部や舞台に使われる小物を作ったりする。舞台関係でいえば脇役の服を縫うこともあるのだ。
納品の際には花形役者にお目にかかれたりする。その際に運が良ければ小物のオーダーを貰うことも出来たりするのだ。
おば様に連れられ、幼なじみのカーミラと一緒に納品に行った際には女神の様に美しい女優と彫刻の様な肉体美の格好いい俳優に握手とハグをしてもらい、その日は二人して興奮しっぱなしだったのを覚えている。
「何をニヤニヤ笑ってるのよ?」
当時を思い出していたらニヤついていたらしく、カーミラに指摘された。
「そっちだってニヤついてるじゃない。…………準備はどう?」
最後の方は声を小さくした。カーミラにも意図は伝わったので、お互い拳一つ分ずつ距離を縮めて小声で話す。
「…おかげさまで順調よ。本当にライラに頼りっぱなし」
「大切な幼なじみなんだから、助けるのは当たり前でしょ?」
「普通はここまで体張ってまで助けないの!……ロザリーは大丈夫なの?」
「正直言って、もう見放してる。もう好きにさせることにしたの。でも村に迷惑は掛けないから!」
そう言って困ったように笑うライラにどう言葉を悩んでいる間に、おば様方の旦那の愚痴大会が始まってしまい、ライラの気持ちを聞くことは叶わなかった。
カーミラの知るロザリーは我が儘で気分屋。何か頼めば必ず体調を崩す調子の良さ。だがそれらを許して貰える見目の良さを持っている。男達は美人なロザリーの頼み事なら何でも聞いてくれる。だからロザリーは余計に調子に乗っていくのだ。
ライラと同じ幼なじみのはずなのに、ロザリーは妹同然の存在なのだが、ライラを貶される事が何より許せない。最初はちょっと嫌だなという気持ちは今は完全に嫌悪感となって、ロザリーを遠ざけている。
10日程、離れに籠もって仕事をしていたお姉ちゃんが帰ってきた。
目の下にクマが出来てるし、肌はボロボロ。髪だってパサついていて汚らしい。
よろよろと風呂へ向かって行ってるけど、ちゃんと綺麗にしてきて欲しい。
だって明日は特別な日になるのだから。
ふふふ♪と上機嫌に鼻歌を歌いながらお気に入りの服をトランクケースに詰めていく。
持っていくものなんて最低限で良い。必要なものは街で新しい物を買えば良いのだから。あたしが使っていた物はお姉ちゃんにあげようかな?あたしって優しい!
知ってるのよ、あたし。下請けの仕事もせずに遊ぶばかりのあたしにいい顔をする女性はいないってことくらい。だからこの村の女性陣はロザリーを居ない者として扱っている。
でもそんなの気にしない。ブスの僻みでしょ?たまに街に連れて行って貰えると、声をかけてくる男なんて笑ってしまうほどにいる。美しい ただそれだけで価値がある!この間なんて街に行った時に街を治める息子に声をかけられ、あれよあれよと話しが進み結婚が決まったし!美人って人生楽勝すぎ!
この惨めな家とも今日でサヨナラ出来る!
あー、でも街長の妻となるあたしの家族が、地味で貧乏な村にいる冴えない父と口うるさい姉だなんて恥ずかしすぎる。集りにくるかもしれないし、結婚したら縁を切ろう。
明日からの生活を思い描いているうちに、汚れを落としただけってくらいの速さでお風呂から出てきたお姉ちゃんは、さっさとエプロンをつけて夕飯の支度を始めた。
「ライラ、まだ風呂に入っていて良かったんだぞ?」
「大丈夫よ。それにゆっくり入ってたらそのまま寝ちゃいそうだし。今回の仕事、皆してここまで時間かかるなんてーって言ってたの。心配かけちゃったし、父さんの好きなミックスマメのソースをかけたチーズオムレツ作るから!」
「はああっ!?何言ってんの!?今日はあたしの好物作ってよ!」
「何でよ?」
「だってあたし、明日からはもういないのよ?何かお祝い無いわけ!?」
「無いわよ。あんた、私のいない間に家事やった?手が荒れるとかそんな言い訳いらないからね?」
「っ!あ~、もしかしてお姉ちゃん、玉の輿にのったあたしに嫉妬してる?」
「ライラ、気にしなくて良いからな。ロザリー、何も出来ないなら出来ないで構わない。その代わり口も出すな」
「~~っ!」
父の言う通り、ロザリーに構うことなく夕食の準備を進めた。
夕食が出来上がれば、いただきます の一言も無く自分の分を食べたロザリーはさっさと風呂に入りに行った。
長風呂決定……と溜息をついて、私達も食事を済ませた。
夕食の片付けをした後もロザリーが風呂に立てこもってるのだからと、父さんの仕事の手伝いをした。
離れで携わった下請けの仕事の話しを聞いた父さんが「こんな皮小物か?」と余った皮で簡単に作ったものが、まさに求めていた形!というものだった。
「靴職人の俺が作れるのだから、小物を主に扱ってる職人に頼むのが良いだろう。村長に話しを通しに行きたいが、小物の話しを持ってきたのはお前だし、一緒に行くか?」
「それもそうね。おば様にも居て貰った方がいいわよね。ロザリー!ちょっと父さんと村長の家に行ってくるから、もし先に寝るのなら戸締まりはしっかりするのよ?」
一応、ロザリーにも声はかけた。
仕事の話しになると村の名にも関わるから時間が掛かってしまう。
夕食時で申し訳なかったが、村長の家を訪れ小物のサンプルを見せると、おば様が夕食そっちのけで走って家を出て行った。その際に突き飛ばされた村長を助け起こし、話しの流れも説明してる間に、おば様は小物職人を小脇に抱え戻って来た。小物職人のおじさんの家でも夕食の最中だったのだろう、片手にパンを持っている。
だが話しの内容を聞くとパンを放り投げてサンプルの改良点、生産数、納期の話しに夢中になっていた。
「ありがとうね、ライラ。村に仕事がまた増えそうよ」
「いえ、世間話から仕事に繋がるなんて、この村らしいし。それに話しからサンプル作ったのは父さんだもの。あっ、でもまだ話し終わらなさそうですよね。流石に明日、ロザリーを見送るときに起きれないとか、起きれたのに顔が浮腫んでるとかは恥ずかしいから、私だけでも帰って大丈夫ですか?」
「ああ!明日だったね。おめでとうって伝えておいておくれ。じゃあ、おやすみライラ」
「ええ、ありがとうございます。おば様、おやすみなさい」
父さんにも一言言って、村長の家を出た。
思っていたよりも外が真っ暗なのは、話しに夢中になっていたということだ。
父さん達のことを言えないなぁと反省しつつ、小走りで家に帰った。
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