ブリリアント
駅のホーム、隣で泣けてくるほど懐かしいCMソングを口ずさんでいる人がいたのを切っ掛けに、そのお菓子が今でも販売しているかどうか気になる。残念なことに数年前に諸事情で終売となってしまい、今や幻の味となってしまったことを知った。子供が好きそうなグミ、着色料で鮮やかな紫のぶどう味を好んでいた覚えがある。
「あー、覚えてるかも」
何気なくその事を彼女に話してみたら少し面倒そうな表情で記憶を思い出してくれようとしている。
「でもSNSか何かで最近それ見たような気がする」
「なんですと!?」
前々からやたら家電の良し悪しがすぐに分かるとか自分の彼女が意外と情報通であるとは思っていたが、関心の無さそうな商品もチェックしているとは驚きである。
「たしか…そうそう、F県のどこかで製造している工場があるとか無いとか」
「なんでそんなピンポイントな情報を持ってるの?」
「たまたまだよ、たまたま。ちょっと待ってて、今調べてみる」
と言ってスマホで何やら調べ始め、数十秒と経たないうちにF県ローカルのニュース記事を見せてくれた。
『ユニコーン菓子(株)』
記事の中では耳馴染みの無い企業の名前が登場する。全国でも販売しているような比較的メジャーなキャンディーやグミを製造する工場がF県のN市という所に存在するらしく、件の懐かしグミを販売していたこれまた知名度の高い会社が製造を終了した後、この『ユニコーン菓子(株)』からパッケージを変えてほぼ同じグミを地域限定商品として地元のスーパーなどに商品を卸しているそうだ。
「えっ?ってことはF県には同じ味のグミが売られてるってこと?」
「そういう事なんじゃない?知らんけど」
『いや、知ってるでしょ』という無粋なツッコミはこの際辞めにして、早速『ユニコーン菓子(株)』から販売されているというグミをネットでチェックしてみる。
「あ、マジだ!すげえ!」
地域限定とはいえ確かに現在も販売されているという『事実』に感動してしまう。それと彼女のリサーチ力にも同時に感動している。
「よかったね。ところで、来週どこか出掛けない?」
「F県行こう。車で」
「え?まさかグミのために?」
「さすがにそれはダメか。まあいいや、ネットでも買えるかどうか調べてみる」
彼女の言葉でグミが目的で県外に出掛けるというのもおかしいと感じてしまい、諦めて別の候補地を探していたところ「ちょっと待って!」と手で制された。
「もしかしてN市って、この間『ドライブイン』の番組やったところじゃない?」
「あ、そういえばそうだね。例のドキュメンタリーだよね」
「私、あのドライブインには行きたいと思ってたんだよね」
そう言って上目遣いでこちらを見つめている。昭和の雰囲気が今でも残っているN市の某ドライブインは番組放送後、反響で大賑わいだという。まさかグミと繋がる展開とは想像もしていなかったが、今思うと『N市へ行け』というお告げだったのかも知れない。
☆☆☆☆☆☆☆☆
土曜日、混雑を見越して早いうちから高速で一路N市へ。比較的隣県であった為、1時間もするとF県に入りそこからN市のインターまでそう時間は掛からない計算。助手席で「スタミナか?それともモツ煮か?」と呟いている彼女は、親切にも誰かがネットに投稿したドライブインのメニュー表の画像を見つめていた。
「調べたら、インター降りてすぐにスーパーあるんだよね。そこにあるだろうか?」
「あるんじゃない?なんとなく」
結果的に彼女のその予感は正しかった。N市のインターで降りて横に見えた真新しい装いのスーパーに車を停めて少しソワソワしながら入店して、菓子売り場でグミを見つけた時には「おおぉ!」と感動の声が出てしまった。
「ほら見て!ちゃんとあった!しっかり『ユニコーン菓子』だ」
裏のパッケージを見て現物を確認して見せると、彼女も嬉しそうに微笑んでいる。
「聡のそういう顔見れて私も嬉しいよ」
『なんて出来た彼女なんだろうか』と思ったが、次の瞬間には顔が切り替わって「じゃあドライブイン行こうか!」と弾んだ声が飛んでくる。付き合ってそこそこ時間は経っているが、彼女このテンションは過去一かも知れない。恥ずかしげもなくグミを大人買いして、ホクホクした心地のままドライブインまで向かう。この時の自分は想像もしていなかった、到着したドライブインの混み具合に。バイパス沿いに存在するドライブインに到着したのは午前中にも関わらずギリギリ駐車できたというような状況で、店の外にも並んでいる人達が既にいた。
「え…やば、、、」
車を降りたところで混み具合で断念して引き返してしまう人もいるくらいで、「やっぱりか」と彼女が言っているのはこれを覚悟していたという事なのだろう。とりあえず二人で列に加わり、入店できる時を待つ。ただし屋外は少し肌寒く、なかなか動かない列にしびれを切らしそうになる。
「あ、そうだひらめいた!」
彼女にそこで待ってもらったまま一度車内に戻り、ある物を手に舞い戻る。
「え?何か持ってきたの?」
「うん」
例のグミを持ってきたのだ。これを待ち時間に味わうのはいいアイディアだ。パッケージを開けて口の中に慎重に放り込む。嗚呼、その時感じた感情は何と言えば良いものだったろうか。圧倒的な懐かしさと、大人になってその思い出の味は子供の頃に感じていた甘酸っぱいような、胸にキュンとくる感情というか、そういうものがないまぜになって一遍に心に押し寄せる。奇しくもこちらも「昭和」を感じさせる古き良き建物という感じなので、タイムスリップしたような心地になれた。
「私にも頂戴」
彼女はそれを食べて「へぇ〜」という声を出していた。場面は少し特殊ではあるけれど、<こういうのもいい思い出になるよな>と思いかけたところで列が進み、念願叶って入店する事が出来た。テレビ番組でも中の雰囲気が伝わるように編集されていたけれど、全体的に年季が入って古びてはいるが最初時が止まっているかのような錯覚に陥る。感動しているらしい彼女はスマホで至る所を撮影している。『壁の傷みの具合』とかよく分からない場所さえも彼女の琴線に触れるらしい。
「最高です。今日ありがとう!」
お礼を言われたが、前払い式のドライブインの店内ではレジ前から列が続いている。自分にとっては新鮮な雰囲気だったので店の中を眺め回したり、店内で既に料理を待っている他のお客さんの様子を参考にしながら色々考えていたのでそこまで苦にはならなかった。
「スタミナ定食と、モツ煮定食」
自分達の番で注文を済ませ、お座敷のテーブルで料理を待つことにした。彼女は店内で売られているTシャツとかエコバックといったグッズに興味津々だった為、店内をうろうろしている。結果的に一人で待機している時間になったのだが、お座敷で隣合うテーブルに座っている小さな女の子としばし目が合う。女の子はどこか不思議そうな表情を浮かべつつも、途中から何故か嬉しそうに微笑みかけてくれる。天使ってこういう感じなのだろうかと思わずこちらも笑顔になってしまったが、そこでグミのことを思い出した。
昔、添加物を気にしてか母親に『グミはダメ』と言われる事が多かった。自分だったらともかく、子供の事を考えるようになれば与えるものにも気をつけるようになる。そこで少し調べてみると子供にも安心というようなグミも最近では販売されているとのこと。なるほど。
「ただいま」
彼女がグッズを抱えて戻ってきた。フォントが特徴的な「Tシャツ」は本当に着るつもりなのだろうか。前々から思っていたが、ちょっと変わった趣味のある彼女である。しばらくして料理が運ばれてきて、二人でお互いに二種類を分け合いながら味わう。どちらも美味であった。名残惜しくも店を立ち去ろうとした時に再びあの女の子と目が合う。「バイバイ」と手を振ってみると、その子も手を振ってくれた。
「子供って可愛いんだな。でもグミあげる時は添加物に気をつけないといけないんだってさ」
「え?子供欲しいの?」
「あー、欲しくなったかも知れない」
本当に何の気なしに言った言葉だったけれど、彼女が妙にソワソワし出したのを見て自分の言葉に秘められた『意味』に気づいた。
「あ、その…今すぐにとかではないけど…」
その言葉も何故かは分からないが意味深になってしまっていて、何かを誤魔化そうと車を運転しながら必死にグミを頬張るのだった。