魔法詠唱はホ~ホケキョ?
「馬鹿野郎! おめえはいつまでたっても上達しねえなあ!」
また師匠のカミナリが落ちた。
俺は動物の声帯模写芸で人気の斑家犬三師匠の下で修業している|斑家子犬という芸人だ。
落語の高座の合間に時々出演させていただいているがテレビなどではまだ出演経験もないので世間様の知名度はまだまだだ。
師匠の斑家犬三師匠は動物の声帯模写に関してはほぼできないものはないという人気芸人でその鳴きまね芸は鬼気迫る、とか人生かけてる、と評価される人物だ。下手すると鳴かない動物も「師匠がやるならそうなくのかも」と思わせる変な説得力もある。近いうち褒章をうけるかもしれないとかもう勲章をどこかでもらったとか。もうわけわからん。
ある日、師匠の家に呼び出されて行ってみると書置きがあった
「二、三日出かける。留守を頼む。高座やテレビなどの出演依頼はスケジュールが空いていればすべて入れてよし」
おーい、師匠の空いた予定の全部に老人ホームとか小学校でで公演やりますよ~って言っとけ!
いやいや、それは師匠にゲンコツくらうわ。いまだに平気で弟子にゲンコツくらわすコンプライアンスとかよくわかってない人だからな。
あれ、あともう一枚紙がある。
「掃除、やっといて」
まあ、時々師匠が失踪して弟子一同が探してしばらくしたら平然と家にいた、なんて前からあったからな。
いつものことだ。
冒頭師匠のことを人気芸人、といったがそれは二十年ほど前の話だ。
俺が師匠の下に入門した時は十年前、二人ほど兄弟子がいたがあまりに売れなさ過ぎてすでにやめてしまった。と聞いている。兄さん方はやめた理由を話したがらない。あのカミナリオヤジだ。きっとひどい仕打ちを受けたんだろう。
弟子は俺一人だ。
師匠の息子さんはこの芸を引き継いだのかと思ったらコント芸人になってバラエティー番組の司会者として引っ張りだこだ。
つまりもう師匠の家には師匠とおかみさんしか住んでいない。おかみの小夜さんはどこか普通の人であるようでないようで変に謎を秘めている。
おかみさんも、いつもいたりいなかったり。浮世離れした人、なのかもしれない。
そのおかみさんも今日もどこかに出掛けている。
自分も師匠がいなくなっては高座に上がることもないので暇だ。仕方ないので師匠の机を掃除する。
すると、一冊の本というかノートが出てきた。
「魔法帳」
なんだ、これは?師匠のヘタクソな筆文字で何か書いてある。師匠の癖字はもうおかみさんと俺しか読めないだろう。
たぶん書いた本人は分からない。それはともかく
・ライオン 敵全体攻撃
・虎の鳴き声 攻撃 強い
・大型犬の鳴き声 攻撃
・犬の威嚇する声 攻撃魔法+防御魔法
・負け犬の声 全方位防御
・猫の鳴き声 対象の魔力レベルサーチ
・化け猫の鳴き声 相手を混乱
・ウグイスの鳴き声 魔法国の翻訳
・一番どりの鳴き声
………
は?師匠は何をやってるんだか。
よくわからないがこのノートと時々失踪するのと関係あるのか。何かスマホゲームのメモ書きかもしれないと思ってもとに戻しておいた。
師匠は書置きを残してから三日後に帰ってきた。というか正確には気がついたら師匠が自室にすでにいた。玄関の音にも気が付かなかった。
師匠はひどく疲れているようだった。すぐに自室の寝室に入るとすぐにいびきをかいて寝てしまった。
翌日の夕方は師匠に呼ばれ、近くのおでん屋「お多幸」に連れていかれた。高座の帰りにはいつもここだ。
師匠はいつも日本酒を一杯飲んで酔っ払ってから説教が始まる。
「おい、子犬よう、おめえには早く真打になってもらわなきゃいけねえんだ。でないとな、世界が終わるんだよぅ」
もう酔っぱらって何言ってるかわからない。俺が真打ちにならなくたって日本の経済だって株価だってビクとも動かない。落語協会だってなくならない。
「はいはい、わかりました師匠…」
カウンターで突っ伏して寝てしまった師匠を抱えて家まで帰るのもいつもの俺の務めだ。
師匠の家にはおかみさんの部屋ということで弟子は一切出入り禁止の部屋がある。俺も扉があいたのを見たこともないし中に入るなど全くない。
ある時師匠がおかみさんの部屋に入っていくところを見かけた。
「師匠…」
ゴトゴトゴトッ!ガタガタ!
師匠が部屋に入ったとたんに家がつぶれるかと思ったような大きな音がした。
「し、師匠!」
俺はついつい師匠を追いかけた。師匠の言いつけを破り、おかみさんの部屋に入ってしまった。
部屋は真っ暗でもやもやしたところを通るとある小屋の前に出た。
師匠の前にいわゆる「ドラゴン」が立ちはだかっていた。
「師匠、これは……」
「う、お、こ、子犬かっ」
師匠はドラゴンを前にこちらに振り替える余裕がないが声で俺を認識したようだ。
「おい、子犬、俺の腰の水筒の中の水を一口飲んで『虎の鳴き声』やってみろ!早く!」
俺は言われるまま「師匠、失礼!」と腰の水筒を取り「虎の鳴き声」をやってみた
ガオオオォ
声のエネルギーが魔法エネルギーとしてドラゴンに当たった。ドラゴンは倒された。
「子犬、お手柄だったね」
横からおかみさんが声をかけてくれた
「おかみさん、それに師匠。なんですこれは」
師匠は何か隠そうとする態度をとっていたがおかみさんが、
「アンタ、もういいわ。ここまで来られてはあとは子犬の問題だから」
俺は全く何がなんだか理解できない。
師匠がしかたないという顔をしながら
「実はここは異世界、ってところだ。そしておかみの小夜はこの世界の王女だったんだよ」
「この世界は我々の世界と見た目はにているが声の出し方がちょっと違うため俺達には言語として聞こえないんだ」
「いやいやいや、師匠、まったく頭に入ってこないですよぉ」
師匠は俺が混乱しているのを全く無視して話を続ける。
「まあこの世界の魔法で言語は翻訳されるから声のコミュニケーションの問題はないんだが…」
「魔法詠唱がなあ、動物の鳴きまねなんだよ」
???
「動物の鳴きまね、ですか?」
「動物の鳴きまねだ」
正確に言うと動物の鳴きまねに非常に近い発音なのだが動物の鳴きまねで魔法が発動するらしいのだ。
師匠は腰の水筒に手を当てて、
「この水筒の水は魔法水。魔法を一定時間使えるようにしてくれる水だ。これで魔力をためて動物の鳴き声をすれば…」
水を含んで「ゴジラの鳴き声」をすると火がぼうっと出た。なんなんだ、ゴジラって。自分たちの世界では魔法は発動しないので高座で火を出す心配はないらしい。さては師匠、試してみたな。
「とまあ、こんなもんだ。ところで子犬、なんだあの「虎の鳴き声」はもう少し強力に魔法は出ないのか!修行が足りん!」
え?俺はなぜか魔法使いの弟子になっていたのか? 動物の声帯模写芸人はどこへ…
「お前の兄弟子たちもこの世界にビビっちまって出て行ってしまった。だがお前さんはドラゴンを倒したので見込みは十分だ」
ああ、兄弟子はこの世界できっとヤバいことになったんだな。そりゃ辞めるわ。
「なあに、今まではうまく物まねができなければこの場で死んでる可能性もあったんで連れてこなかったが、この場所で必死に『修行』を積めればあと1年で真打までなれるさ。そうしたらこっちの世界でも立派な魔法使いだ。これからも精進するようにな」
おいおい、必死に修行って本当にヤバい奴じゃんソレ。
こうして俺は声帯模写芸人をしながら異世界で魔法使い見習いとして修業を積むことになったのだ。
俺たちの戦いはこれからだ!