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エリス・ミドル  作者: 飴色茶箱
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2010年12月30日 ダンボールハウスの住人

2010年12月30日


「空が澄んで星が綺麗だ・・」天を仰いだ亮介はつぶやいた。


午前零時の深夜・・冷たい空気に星空が鮮やかに輝く。


リーマンショックを引き金に始まった世界恐慌は、日本では派遣切りという形で表面化した。あれから3年経ち、亮介は世界恐慌など自分には全く関係のない話だと思っていた。



しかし・・



先日雇い主から、今月いっぱいでの派遣契約の打ち切りを伝えられた。

どうやら会社が倒産するらしい。


経営者の話だとリーマンショック以降、車の販売台数が徐々に減っていき巡りめぐってじわじわと、業績を悪化させた。


秋田亮介は自動車工場の派遣工の仕事が気に入っていた。

労働時間が決まっていて、休日もきちんとある。会社の寮にも住めるし、月二万出せば、社員食堂で三食ついてくる。

さほど美味くはないが栄養は偏らない。


そして何より煩わしい人間関係がなく、あまり干渉してこない職場環境が心地よかった。


この仕事に就く前はイタリアンレストランでアルバイトをしていた、簡単な調理や皿洗いがメインだったが、それなりに面白かった。特に不満もなかったが一年間勤めた後、別の仕事がしたくなって今の仕事に就いた。 


始めてみると思いの他この仕事が合っていると亮介は思った。


とはいっても前の飲食店のバイトと比較してのことだが・・


単純な労働はすべてを忘れられる。やっている最中は無意識に体が動いた。




亮介は空いた時間に、勉強するのが日課だった。

家が貧しく、学校も中学までしか行けなかったが、ここに来て大検を取り、通信制で大学も卒業した。


行政書士、公認会計士、情報処理系、その他就職の役に立ちそうもないマイナーな資格もたくさん取った。




だが、自分がいったい何をしたいのか分からなかった、意味がないからこそ勉強はもはや趣味といえる。


俺はいったい何がしたいんだろう・・・特に今の生活に不満はないし、したいことも見つからない。


気がつけば29歳になっていた。


このままでいいのかと焦る気持ちと、このままがいいと思っている自分が混在していた。




そんな時に、突然の解雇通告

「ついてないな・・よりによって 何で俺が・・」と、咄嗟にでた言葉は本心だった。


おれはこの仕事が好きだったんだな。と思った瞬間でもあった。




巷では、明日の住む場所もない。職を失ってむしゃくしゃして、人を脅しただとか、そういうニュースが連日流れていた。

何でそういうことになるかなぁ・・亮介は理解できなかった。


真面目に働いていれば、金は貯まる。解雇されてもすぐに食べれなくなるなんてことはないだろ?一日の食事がカップラーメン一杯だとか・・まあ、大部分の派遣工は大丈夫なんだろうが、一部の無計画な奴らのせいで問題になっているにすぎないと感じていた。


亮介はこの状況を少し楽しんでいた。


もし金がなかったらどうなるのだろう?試しに深夜の街を徘徊した。


寒さが身に染みる。夜には寝れたものではない。寝るには昼。寝袋で完全防寒することを覚えた。


渋谷の裏通りのダンボールハウスが集まる場所に気づいたら流れ着いていた。ここは、案外、暖かいな・・



後一日で年が明ける・・・これからなにするかなぁ・・そんな事を考えながら・・亮介はなんて言えばいいのだろう、一人オーラが違う男を見つけた。


目つきが雄大で、周りを観察しているような雰囲気、50代後半だろうか・・いや、もう少し上か・・きれいに揃えた髭をはやした、男が目にとまった。


そう、自分と同じ、この状況をまるで楽しんでいるかのような・・気づかれないようにその男を観察していると、男と目があった。


そして男はニコッと笑った。


「しかし、君も大変ですねぇ」髭の男がはなしかけてきた。


いきなり話しかけてきたので亮介は少しビックリしたがすぐに切り返す。「君もって?そういう貴方はあまり大変そうには見えませんね、なんか、この状況を楽しんでいるでしょう?」


「ハハハ、そうなんですよ、ちょっと別の目的があってこの辺りをうろうろしていたんですよ!」


「別の目的?」どういう目的なんだろう。亮介は少し警戒する。


「そう、別目的でね」髭の男は頷き、亮介を見て余裕のある態度で不敵に微笑んだ。

そして次の瞬間!髭の男の唇が動いた。


「君はなかなか見込みがありそうだから、いい事を教えましょう・・」緩急をつけた喋り口で亮介に言った。


亮介は少しビックリした表情で「いい事?」と疑問形で返事を返す。


「実は今度、テレビで最強の無職を決める番組があるんです。私はその番組の関係者なんですが、出場者を捜しているんです。つまり有望な方を探しているってことなんですけどね。私が見たところ君は見込みがありそうだ。どうです出てみる気ないですか?」


「えっ俺が見込みがありそう?なんでそういうことがわかるんです?」

少し困惑して亮介は尋ねた。


「なんでって?強いて言うなら私と同じ臭いがするからかな・・それに君一人浮いてるじゃないですか、このホームレスの集まりから・・」


それは貴方もですよ、と内心思ったが、お互い様か・・


「で、その賞金額がすごいから是非と思って」髭の男が言った。


「へぇ・・」すごく気になったが、あまり、興味の無いような返事を亮介はした。


「ところで、そのすごい賞金っていくらぐらいなんですか?一千万とか?テレビの賞金で最高ってそれくらいでしょ?ミリオネアとか・・」小馬鹿にした感じでとりあえず聞いてみた。


「知りたいですか?」ちょっともったいぶったように髭の男が言った。


本当はしゃべりたいんでしょう?と亮介は思ったが・・

「すごく、気になります」と必死の形相を作ってお願いしてみた。


髭の男は白い歯を見せてニコッと笑った


「では、これをどうぞ、」といって鞄からとりだした封筒を亮介に差し出した。


そして、初老の男は「それじゃあ、よいお年を・・」と言って去って行った・・


亮介が手に取った封筒にはパンフレットが入っていた。そこには信じられないことが書かれていた。 




「優勝賞金二百億?なんだこれは・・」



あまりに浮世離れした桁違いの金額に亮介の顔が引きつった。


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