第一話 卵焼き
「あっ。やっと目が覚めましたか?」
目蓋を開けると、見知らぬ女にそう言われた。
「んぇ……?」
「ふふ。可愛い。そうだ、朝ご飯持ってきますね」
女はそう言って、やたら重厚なドアの向こうへと消えていった。
ふと思って、寝起きで回らぬ頭で辺りを見渡す。
「……どこだここ」
知らない部屋だった。窓は台風でも来るのかダンボールで封をされており、日の光が通らない為に薄暗い。インテリアは置かれている小物からして女子の部屋の様だった。恐らくはあの女の部屋なんだろう。
俺は寝る前の事を思い出そうとした。なんでここに居るのか皆目見当がつかないからだ。
確か、俺は昨日は普通に高校へ行って、それから……。駄目だ、思い出せない。
俺は頭を抱えた。こんなところに居るのは、俺が昨日何かをしでかしたに違いない。見たところ、ここは緊急に作られた簡易の私設刑務所なんじゃないかと思った。そして、俺はここに収容されているのではなかろうか。だが、これは最悪の場合だろう。
一番有り得そうなのは、なんらかの災害が発生した、もしくは発生しそうだから、ここに避難させてもらってるのではないかということだ。そうすれば、何故窓を封鎖しているのかわかる。ただ、昨日テレビで見た限りでは、天気予報で台風が来るなんて言われていなかったし、地震があったなら、ここじゃなくて体育館の方が良い筈だ。
「……やっぱりわからん」
いくら考えても答えは出てこなそうだったので、大人しくあの女に聞いてみることにした。
少し待っていると、お盆を持った女が扉の向こうから入って来た。
「少し遅くなっちゃいました。簡単なものですけど、朝ご飯です」
そう言って、女は俺の前にお盆を下ろした。
見ると、茶碗に入ったご飯と、味噌汁と、卵焼きがあった。中々に美味そうだ。
腹が減っていたのか、腹の虫がぐるりと鳴った。
「ふふ。お腹、減っていたんですね。それじゃあ早速頂きましょうか」
色々聞きたい事はあるが、今は腹ごしらえが先だろう。そう思って食べようとしたが、箸がない。
すると、箸は女が持っていたようで、一口台の白米をつまんだ。
……えっ、俺には食べさせてくれないのか。もしかしてどっちかが先に飯を食い合うバトルロイヤル勃発してた?
なんて思っていたら、いつの間にか箸が俺に向けられていた。
「はい、あ~ん」
「……え?」
「あ~んして下さい。冷めちゃいますよ」
「……えっと」
「いいからほら、あ~ん」
女からの圧に負けて、俺は口を開けた。そして、白米をぱくっと一口食べる。
……うん、普通に米だね。
「美味しいですか?」
「お、美味しいです」
「なら良かった♪」
何がしたいんだろうこいつ。
そう思っていたら、今度は卵焼きを掴んだ箸を俺に向けてきていた。
「はい、あ~ん」
「いや、あの……」
「いいから」
屈した。卵焼きを食った。めちゃくちゃ美味かった。
「うまっ」
「卵焼きは自信作なんです」
そう言って誇らしげにする女。また卵焼きを箸で掴もうとしたので、俺は慌てて制止した。
「あの、一人で食べれるので大丈夫ですよ……?」
女は露骨に不機嫌になった。
なんで??
すると、女は持っていた箸で卵焼きを口に入れた。地味に間接キスだ……。
女は咀嚼しながら俺に近づいて来た。
「くひあへへくははい」
「えっ?なんて?」
聞いても返事は無かった。そうしたら、女に俺の口を無理やり開けられて、口の中にドロドロになった食べ物を移された。口移しだこれ!
「プハッ。はぁはぁ……」
「ふう……どうでしたか……?」
「あ……えっ……と……」
答える間もなく、また口移しで食物を口に入れられた。
それから、食器の料理が全部空になるまで口移しで食べ物を入れられた。勿論、味噌汁も。
「……ふぅ。ご馳走さまでした♪」
満足そうにうっとりとした表情で笑みを浮かべる女。そのどろりと濁った目を見て、俺はここにいる理由をなんとなく察したのだった。