第3話 新人アルバイターは仙女!?
「で。仏様にお祈りをして来たら、その子に出会ったと」
説明がややこしくなるので、仙女の話は伏せておいた。まぁ、この俺自身もまだ信じてる訳じゃないけど。
「で。アルバイトをしたい、と」
「もし可能であれば、宿泊もこみだと嬉しいのだが!」
「宿泊、ねぇ・・・親御さんはなんて?」
「あ、えと、その・・・親は、い、いません!」
「いない? 家の場所は?」
「その・・・空の上で・・・いえ、事情があって言えません!」
「うーん」
副店長はじっと少女の顔を見つめていた。
「まぁ、あたしの旦那が留守のうちぐらいなら、できない事もないが」
「どのぐらい、留守なんですか?」
「まぁ、夏休みの間ぐらい、かねぇ。それもあるんで、そいつをアルバイトに雇っていたんだが」
「そいつ」
俺は頭を抱える。一応、アルバイトなりにがんばっているつもりだ。
「副店長、こいつ、特技があって、コスプレが似合うんすよ。特に、仙女」
いしし。(げっ!)とかいう顔をしているぞ。
「へぇ・・・それはまたマニアックな。衣裳は持って来ていないようだが」
「あ、実は、下に着こんでるんです!」
焦ってる焦ってる。どうやら、そうでもしないと宿泊とアルバイトをさせてもらえないと思ったようだ。
「ちょ、ちょっと待っててくださいっ。な、厠はどこだ?」
「厠・・・? トイレの事か? それなら店の奥」
「ちょっと借りる!」
少女がトイレに駆け込むのを見届けた後、副店長はため息を吐く。
「お前、あの少女の責任を取る事になった、とかじゃないんだろうな」
「決して! 免じて!」
「ふむ・・・そしてなおかつ、初対面、だと」
コクコクと、俺は頷く。身の潔白だけは証明しておきたい。
「確かに顔立ちはアジア系だし、言動も多少おかしなところはあるが、それなりに堪能だし。
事情があるのなら深くは関わらない限り、面倒は見られるけれども」
「はい」
「お前にもその代わり、面倒を見てもらうかな。世話係というかな」
「……」
「そのぐらいは、やったれ。”良き出会い”かもしれないし」
がはははは、と、肩をバンバン叩かれる。
「じゃじゃじゃじゃじゃーん!」
今時そんなセリフ言う女子いるかなぁと思いながら、俺はトイレの方を見た。
(あ、やっぱりあの衣裳だ)
出会った時に着ていた衣装で、くるりと回ってみせた。
「へー、なかなかの別嬪さんじゃないか。これならうちの看板娘にでもなれるね!
それと、この衣、どういう仕組みでふわふわ浮いてるんだい? 新素材かい?」
「え、えぇまぁ!」
しまった、という顔をしている。
「コスプレ喫茶的な要素もこれなら増やせるかもしれないね! よっしゃよっしゃ」
ほとんど、採用も決め込んだ顔をしている。
「で? あんたの名前は?」
「私の名前は、爛柯!」
「偽名とかでもコスプレネームとかなんかでもなく?」
「そうっ」
「フルネームでは?」
「え・・・・・・」
逡巡している。まさか、仙女って、フルネームがない?
「えぇと・・・”ご”」
「碁でなく?」
「そうそう。後と書く”ご”。後 爛柯!」
「……うーん、日本人名じゃなさそうな名前だけど、後さんっているらしいからねぇ。
それにキラキラネームもある世の中だからねぇ」
(キラキラネーム呼ばわりされた!? 仙女なのに!?)
俺は、たじたじとなっている彼女を見て、ゲラゲラと腹を抱えて笑った。
誰も、副店長にはかなわない。そういうお人なんだ。
「まぁ、名前が偽名か本名かはともかく。この店と同じっていうのは気に入ったよ。採用!」
ぱぁああああ・・・っと少女の顔が輝いていた。現金なやつ。
「で? あんた、名前に恥じぬ囲碁の特技とかなんかあるんかい? 代々受け継ぐ技でもいい」
「何それ。俺じゃあるまいし」
「初手天元大十文字の事はどうでもいいっ!」
「ぇえーーーーー!? どうでもいいのか!?」
せっかく考え抜いた大技布石なのに。
「決めようとして、決まったためしがないじゃないか」
「うー・・・」
何をしたいのか見抜かれたらアウトの技である。いたたまれない。
「特技ってほどじゃないのだけれど」
爛柯がごそごそと懐から何かを出した。携帯のようである。
「実は、”仙女の碁盤”というアプリを開発しまして」
「へー!? 今時は高校生でもアプリゲームを開発できるのかー。どれどれ? 私もダウンロードできる?」
(たしか、視界に入った人間であればアプリを入れられるんだったな、と)
相手が携帯を取り出した瞬間に、通信ボタンを押した。これで、向こうの人間の携帯にも
ダウンロードされるはずだ。ただし、目的が果たされれば消えてしまうが。
「あれ? いつの間にかダウンロードできてた? うーん、最近の携帯はよくわかってないからなぁ」
「へぇ。マッチングタイプの囲碁アプリなんだね。で? あんさんの棋力は?」
「・・・図ったことがない」
囲碁を司る碁盤を管理する仙女に棋力を問うとは。
「副店長の棋力は?」
「あたしかい。あたしはねぇ・・・アマ五段ぐらい、かなぁ」
「ぶっ」
俺はそれを聞いてむせる。強いんだろうなぁという気はしていたが、あえて聞いた事はなかった。
(やべぇ人がいたもんだ)
だとしたら、それよりも強いとかいう店長の棋力って??
「そいつも、棋力ぐらい図ってみろ、っていつも言ってるんだけど、そんなの興味ないって
トライした事ないのさ。まったく、継続力だけはあるのにもったいないねぇ」
「継続は力なりだけで力になればそんなおいしい話はないよ」
「そいつ、ひねくれものなんだ。あんたも苦労するよ?」
「大丈夫だ。たぶん、私もひねくれものだ」
「そうかそうかっ! そりゃあいいコンビになるかもしれないねっ。お互い、試合をしたら
面白い試合になるかもしれないね」
「……」
俺と爛柯は顔を見合わせる。
「そいつ、何も考えないで毎回違う棋風にするからさぁ、実力がてんで分からんのよ。
それでいて、たまにこっちも気がつかなかったような手で大石たいらげたりする」
「へぇ……」
興味あるのかないのか分からないが、爛柯は俺の事をじろじろと上から下まで見降ろしていた。
「それは、育て甲斐があるっていうものだ」
「ぶっ」
今度は副店長が笑った。
「お互い、棋力が分からないうちから育て甲斐と来た! こりゃあ面白いわ。
おっと。ダウンロードが終わったようだな。へぇ、あんた、自分自身をゲームのキャラにしてるのか。
今時の子は違うねぇ」
「!?!?」
私は画面をのぞき込むとむせた。
画面では、小さくミニキャラアニメ風になった自分が飛び跳ねている。
(くっそ・・・あのアマ、何気にひどいじゃないか。仕返しかなんかか?!)
西王母、あなどりがたし。油断も隙もない。
『はっけん! はっけん! くろいしはっけん!!!!』
「声まで入れるなボケッ!」
思わず携帯を床に叩き割るところだった。
(え? 黒石・・・・・・?)
危うく、その警告メッセージを聴きそびれるところだった。
「まさか、副店長が、持ってる!?!?」
なるほど。この店がつぶれそうな原因も、それにあったか。
「え? 何を?」
副店長はきょとんとしている。なるほど、自覚はないわけか。
「どうするんだよ、爛柯」
「それなら、そうと、戦って勝つのみ!」
「勝ったらバイトに雇ってもらえないかもよ!?」
「え? まさか? そうなのか? 今の日本の社会ってそんなノリ?!」
どうする爛柯? 仙女のくせに下界の人間に負けるのか?!
その時、副店長の口がおもむろに開いた。
「まぁ、大人が子どもに挑むっていうのも性に合わないし、ここはあんた、
星9つ置いていいよ」
「え・・・あ・・・ありがとうございますっ」
『ごーとぅーーーふぁいっ!』
どこまで作りこんでいるんだ、と頭を抱えながらもゲームを開始する。
(仕方ない。ここは半目勝ちに調整して勝つか。そのぐらいなら面目が立つだろう)
考える。それなら向こうも満足してくれるはずだ。黒石だって、回収できる。
(へぇ・・・案外・・・強い、もんだな)
試合中、押され気味になることがたびたびあった。だが、なんとかふんばる。
なんとか半目勝ちは死守できた。
「ぜーはー・・・・・・」
「あんた、結構やるねぇ。初段は行ってるんじゃないかい? 星9つとか言ってすまなかったな」
「初・・・初段って・・・・・・なに?」
思わず声が裏返る。
「あんたの手は、その、洗練されてたねぇ。相当、棋譜並べで鍛錬したんじゃないかい?
それも相当の年数をだ。なんだか、大河の流れのような悠久の時さえ感じられた」
「……」
「だが、今時風じゃあなかった。どういう修行をしたらそんな風になれるんだか」
「……」
俺も、返す言葉が見つからなかった。
だが、副店長の胸のあたりから、小さな黒い石が出て来るのが見えた。
「あ、黒石!」
「え、あっ! 回収しないとっ!」
私は、アプリの回収ボタンを押す。その石は無事、携帯の中に納まった。
『おつかれさまでしたー!』
ねぎらう声がアプリから聞こえて来るのだった。
「なんか、面白そうなアプリだねぇ。ずっとやっていたいものだけど・・・ってあれ?
サービス終了?」
「ごめんなさい。一度遊んだら遊べなくなる仕組みなんです」
「もったいない。もっといろいろと要素加えれば、売れそうなのにねぇ」
「売れても困りますし」
噂になっても困る。まぁ、プレイした人間は、面白かったという感情は残って、
そのままアプリの事はいつしか忘れてしまうけど。
「ともかくも無事に1つ回収・・・。まさか、副店長が持ってたとは思わなかったけど。
で? なんであんたまでまだいるのか」
夕食と言う名のまかない食を3人で食べた後、自分の寝場所になる部屋へと天元まおに案内される。
「このかまととめ。副店長の前ではいい子にしやがって!」
「言い草だな。お前だって聞けばひねくれものだと言うじゃないか。お互いさまだ。で、質問に
戻るが、なんでお前までここにいるのか」
「俺、……養子だからさ、この家の。いずれ、この店を継ぐつもりでいるから」
「養子? それはすまなかったな」
「あんただって、見かけは俺と同じぐらいなのに両親がいないみたいじゃないか。似たようなものさ」
「そりゃあ、私は仙女だからな。千年以上は軽く一人でひきこもっている」
「……千年もひきこもってるんかい」
「悪いか! 碁盤の管理を任されているからなっ。仕事の都合上、だ!」
「ぷっ」
「なんだ」
「なんだか、仲間ができたような気がして、さ」
「それはそれは。まぁ、副店長がずっと言っていた”良き出会い”かどうかはともかくとして、だ」
「うん」
「これからも、よろしく、頼む」
お互い、妙な事になったものだ・・・とそれぞれの部屋でそれぞれ考えていた。
だが、たぶん、これからの日常はきっと、楽しいものになるに違いない。
「どうやら、騒がしい日々が始まりそうだな」
副店長は、二人が寝静まったのを見届けると、独り暗い部屋で愛する人の写真立てを見つめる。
「お金にゃ変えられんよ。なぁ?」
いつまでも、囲碁で遊ぶことができたなら。それだけで豊かな気持ちになれる。
(あの娘は、それを再確認させに来てくれたのかも、しれないねぇ)
あのゲームをやった後、そんな考えをするようになったのが不思議だった。
あの子の前でさえ、余裕を見せられなかったというのに。
(人生、まだまだ諦められないってことだね)
まだまだ、この店は畳めない。
それこそ、この店が、ずっと、この場所で百年以上も続いてくれればいい。
そう願わずにいられなかった。