第17話 本選×囲碁!
「それにしても、何はともあれ、予選はなんとか突破できたねぇ」
一同はテーブルを囲んで夕食を食べていた。
数日間店の中に引きこもらないといけなくなったというものの、当面の食事等には困らないのが
喫茶店のいいところであった。
「しっかし我々が黒石化していないのは、やはり、『黒石が確実にない』ということも関係している
のだろうか。それと、大会に出場するから、と」
みお副店長は、今だに人間が等身大の碁石になってしまった事が信じられなく、テレビのリモコンで
番組を変えまくっていた。
「本人達に自覚がないというのが。それと録画すら変わってしまっているというのが」
テレビを見る限りはそうであるようであった。人々は自分が碁石になってしまっている事に
なんの違和感や恐怖を持つこともなく、日常をそのまま過ごしている。
「見かけとしては、ほのぼのとしているけど、ある意味ホラーだよな」
まおもさすがに箸を止めた。
「たぶん、これは、人類全体が人質に取られたということなんだろうけど」
爛柯は口の周りを布巾で拭う。
「そんな事をして、彼らになんの利があるのかが問題だ。試合にはなんの影響もでないのだろうし。
人類を、碁石に変え、自分達AIを人に変え、立場を逆転したいということなのだろうが」
「そんなところだろうな」
「だからと言って、その後はどうなる? いったい世界をどうしたいのか分からん」
「でも、この試合に負けたら私達だって碁石になっちゃうんですよね!?」
弥生がワタワタと慌てている。
「この地上を仙界化して、下界を滅ぼしたいのかも?」
まおは考え込んだ。
「そうすれば、プロとかアマチュアとかに悩む必要もまるきりなくなるのだし」
「負け犬の遠吠えなだけではないか」
爛柯は容赦がなかった。
「強くなりたければひたすら強くなれるよう訓練を重ねればいい。自分を研鑽すればいい。
ただそれだけのことだろう?」
「まぁ、負けたりした事のある人間からすれば、そもそも試合する人間がいなければ、試合だって
負けなくても済むのだし」
「……囲碁ができなくなれば意味がないではないか」
「そうか」
まおは思い当たる。
「これはさ、きっと、黒石の逆襲なんじゃないかな。黒石ってだいたい負ける事が多いじゃないか。
たぶん、コンプレックスとかストレスがたまりにたまってさ、だから、こういう風に、地では勝っていても
ポイントで逆転勝利可能なシステムを考え出した」
まおはパソコンに向かって、黒石と白石が地では勝っていてもポイントで逆転してしまうような
棋譜を作り上げた。
「なるほど。逆転が可能な世界を作り上げたということか」
「これめちゃくちゃ面倒な計算じゃない? 自分で色の順番とか取石のポイントとかも覚えてなくちゃ
いけないし」
弥生もくいいって見つめる。
「ようするにさ、黒石のストライキみたいなもんなんだと思う」
「うーむ……困った奴らだな」
爛柯は顎に手を当てて、うろうろと歩き回った。
「要するに、彼らは、白石に勝ちやすい世界を作りたいというようなものか」
「たぶん、ね。だから、人類を担保に黒石に変えた」
「まぁ、気持ちは分からなくもないかな。いくら詰碁の勉強をしても、なかなか実践で役に立てられないし
レベルもすぐにはあがらない。いくら対局をしても勝つことなんてできやしない」
コウも続ける。
「だけどさ、ある日突然、ぱっと壁がなくなる日が来たりもするんだよね。そこで勉強をストップさせたり
しても道は開かれない」
「それで、五色碁という発想ネ。きっと、白だけにいい思いをさせたくなかったネ」
イネッサもなるほどと思いながら言う。
「とにかく、我々は勝つわけにはいかない。地でも勝って、なおかつポイントでも勝てばいい」
爛柯はにやりと笑う。
「そうするしかないだろうね」
「かなりの頭脳戦だけどねー」
弥生はため息を吐いた。ポイントの結果計算をするだけでも頭が痛くなる。
「今のところ、戦い終わった後に集計をするしかないけど、何か他にいい方法はないものかな」
「たしか、この対局って、アバターは自前でいいっていうことだったよな」
まおはコウに確認をした。
「そうだね。試合中に同じアバター内であればプチ改良する事はかまわないらしいけど」
パンフレットを確認する。
「それならさ、旗をおったてておくにはセーフっていうわけだろ?」
「大丈夫じゃないかな。甲冑みたいな連中もいたしねぇ」
「試合中、色の順番が把握しきれないのが難しいのなら、傍に来てほしい色の旗を手に持てば」
「そうか! ある程度ヒントになる」
「イネッサ、明日の本選までに、アバターの改良はできそうか?」
「そのぐらいの改良だったら、朝飯前ネ! 30分もかからないね!」
「ちなみに、最初の五人が持つ色はそれぞれ確定しているから、分かりやすいだろう?」
まおは念押しした。
「任せるネ!」
「なるほど、人間囲碁の逆手を取る分けか」
コウは感心する。
「ロープを持つっていうのも考えたけど、それだとちょっと大変そうだしな」
「でも、相手ももしかすると似たような対策を取って来るかもしれない」
弥生は爛柯を見る。
「傘だったり、帽子だったり、な」
爛柯は事もなげに言った。
「まぁ、旗だったら、遠くの人間にも見れるだろう。傘だと後ろ側の人間には見えにくいかもしれない」
「確かに」
「ま、旗が無難だろうな」
爛柯に合格をもらえて、一同はほっとした。
「それにしても、またしばらくみんなで一緒だなんてね」
弥生は一同を見回した。
「さすがに、この状況では、親御さんのところに返すわけにもいかんだろう。みんなの家には
私から連絡を入れておいた。大会の間中、面倒を見ます、と」
「ありがとうございます、みお副店長!」
弥生はほっとした。
「とりあえず、男性陣はまおの部屋、女性陣は爛柯の部屋ということでよろしくな」
「爛柯ちゃんの部屋、楽しみ~!」
「そんな面白いものなど何もないぞ?」
「爛柯ちゃんといられるっていうことがいいんじゃないの~!」
女子一同は、きゃいきゃいと、爛柯の背中を押しながら部屋へ向かった。
「懐かしいな、この感覚。まるで囲碁部にいた頃みたいだな、まお」
「そうだな。部活をやめても、こういう形で囲碁を続けられるなんて思ってもいなかったよ」
「そうだな」
男性陣も、それなりにしみじみとしながら、部屋へと向かったのだった。
*****
「次の世界は、仙界風、とはね」
爛柯はあたりを見渡す。
「かなり、本当の仙界に近い景色だな。驚いた。本当の仙界かと思ってびっくりした。
さすが、仙界の関係者がいるわけだな」
「確かに、仙界そっくりだね」
爛柯もまおもあたりを見て驚く。
「まお、焦るなよ? 我々は一度でも負けられない」
「分かってる。まぁ、最初から父さんと戦うなんて思ってもいないから」
ぐっ、とまおは拳を握りしめた。震える手で、旗を落としてはいけない。
「さて、相手はどう出てくるかな」
「しかし、まお、爛柯……さすがに私、このアバターで解説するというのはどうなのかな。
三十路のおばさんがミニスカートアイドル風というのは。ボイスチェンジャーを使っている
とは言え、年齢ばれないかね?」
「ポイントには響かないので」
「だよねぇ~」
「心配するな。私なんて年齢は3000歳だ」
「いや、慰めにならないから、爛柯」
「とりあえず、お店の評判落とさないように努力するよ。魔法少女とかのアニメ見たの
何年以上前だろう」
みお副店長はひとまず居直る事にした。
「あ、相手がエントリーしたようだぞ」
爛柯は前を向く。そこには、仙人と仙女のような恰好をした老若男女5人が構えていた。
相手は、旗ではなく、槍にそれぞれリボンで色を明示しているようである。
「なるほど、考える事はみな同じ、か」
「考えられておいて良かったね」
「そうすると、視覚上は互角か」
一人、とてつもないボッキュッボンの美女がいた。
「ま、負けないんだからぁ!」
弥生は自分の胸を隠す。
「やーやー我こそは」
その中の首領らしい恰幅のいい男が前に出て来た。
「そこは、”よろしくお願いします”だろ」
爛柯は冷静に言う。
「言いたかっただけだよ。こほん……仕切り直して。やーやー我らこそは、チーム老若男女!」
「まんまやん」
一同はずるっとなる。
向こう側の解説者は老人のような恰好をした仙人だった。
「……ということで、よ・ろ・し・く・ね! てへぺろ☆彡」
声は、幼女だった。
「いや、そこはボイスチェンジャー使えよ」
「使わないといけないところでしょ」
「それがボイスチェンジャーだったら、許さない。僕が」
なぜかコウがワナワナと震えていた。
「いやー、安心したわ、私」
後ろから、みお副店長が堂々と胸を張って出てくる。
「こっちこそ、よ・ろ・し・くにゃん! 魔法少女みほにゃん解説がんばるにゃん!」
「味方から盛大なダメージを受けました」
「同じく」
「あ、でも敵もダメージ受けてる」
「ならいいっかなぁ~!」
一同は居直るしかなかった。
免疫がそれなりにあった一同は、相手よりも先に立ち上がった。
『それぞれ、位置についたようだな。私は、この大会を主催した、暗黒囲碁協会の会長である』
会場全体にアナウンスが流れて来た。
まおは、その声を聴いた途端、ドキッとした。
それは、思い出に残っている、あの声だった。
(やっぱり、父さんだ……どうして……)
あれこれといろいろ叫びたい衝動にかられたが、唇を噛みしめて堪えた。
『みなも気が付いているだろうが、世の中が大変な事態となってしまっている。
だが、安心してほしい。この大会に優勝した者は、碁石になる必要がない特権が与えられる。
人間のまま存在していけるのだ』
「え……?」
相手側のチームも、さすがに戸惑いを隠せないようだった。確かに、仙界の事情を知らない
者にとっては、情報がないに等しい。
「えーと、一つ聞きたい事がある!」
そのアナウンスに反応したのは爛柯であった。
「最終的に、人間のままとなったチームがあったとしても、シード戦で負ける仕組みになっていれば、
人間は残らないのではないか?」
(負けるのが、前提?)
まおは驚いて爛柯を見守った。
(おそらく、逆はったりだな)
(逆はったり? なんだそりゃ)
コウはそう視線でまおに伝えようとする。頷いたあたり、一応伝わったようだった。
『確かに、そうかもしれないね。だが、人間が、勝つことが万が一にも存在していれば、済むだろう。
ただし、その場合、仙界も下界も滅びる。我々は今、仙界も下界も人質に取っているようなものだからな』
「え?」
上空に、大きく二人の人間の映像が映し出された。
その声の持ち主の姿と、もう一人、知った顔の女性が捕らわれている事に気が付いた。
「西王母様!?!?」
爛柯とまおは驚く。それは、傷ついた西王母の姿であった。
「ごめんなさい、爛柯、まお……」
話すのもやっとのようであった。
『爛柯、お前も、いい加減、この繰り返され続ける世界から、解放されたいとは思わないか。
お前さえ、碁盤になってしまえばすぐにこの世界は終わるのだがな。
永遠に負けを繰り返され続ける方の立場にもなってみろ。それは地獄でしかない』
「なぜおまえが、この世界の仕組みを知っている」
『あの日、まおを預けた店に飾ってあった碁盤にお前が宿っている事に気が付いていた。
何度もあの出来事が繰り返されて来た事にも気が付いていた。私は、碁盤の読みが
得意だったからな。何手先でも読むことができたのと同様、世界の仕組みにも早くに気が付いた』
暗黒囲碁協会会長は、後を続ける。
『この世界が永遠に繰り返され続けるとするならば、この世界の内側から消滅させるしかない、と。
ただ、それだけの事』
「なるほど……私が身から招いた錆、でもあったわけか」
『お前が、すぐさま碁盤の姿に戻り、世界を終わらせるというのなら話が早いのだがな』
「すまないが、それは今は無理なようだ。あいにく、黒石のおかげで、仙女の力が衰えて
人間になってしまっているようでね」
『……なるほど、碁盤に戻りたくても仙女でなくては戻れないというわけか。ならば、
勝利を勝ち取って、我々と勝負するのだ!』
「……望むところだ」
爛柯はにやっとする。
満足したのだろうか、上空の映像は消え去っていった。
「爛柯、仙女じゃなくなってたのか」
「まぁ、ね。匂いとかやたら気にしてた事あったろ。あの頃から自覚はあった」
爛柯は頭をポリポリとかく。
「匂いって仙女から見たら新鮮だったからなぁ」
爛柯は遠い目をした。
「とりあえず、まぁ、私から黒石が解放されて無事に全部碁盤に戻れば、黒石の邪気の影響も
なくなると思うから、元の仙女に戻れると思うよ」
「それなら安心だ」
まおはほっとする。まぁ、人間のままとなった爛柯であっても、守っていきたいことに変わりはなかったが。
「とりあえず、決勝まで勝ち進めるしかないね」
「そう、だね」
「相手さんもぼーっとしたままだし。とりあえず勝てそうだよね?」
一同は、あらためて決意を固めるのであった。
案の定、相手チームはぼーっとしている事が多く、ポカミスも多かったため、こちらの中押し勝ちと
なってしまった。
「まさかの中押し勝ち」
「それならそれでいいのでは?」
本選一回目に勝つことができて、ほっとするのだった。
ともかくも、勝たねばならない。爛柯達はなんとか、決勝戦のシード戦まで進める事ができたのであった。
シード戦は次の日であった。それまでは、しばらくまた休憩を取れるのだが、
まおは一人、自分の部屋の窓辺で、考え事をしていた。
(あれは、本当に父さんなんだろうか……? あの優しかった父さんが、あんな事をするんだろうか……?)
もし、あれが、逆にAI囲碁に作られた人工的な破壊人格に操られたものだとしたら。
その可能性はないだろうか。
もし、その破壊人格を破壊する事ができれば。
「この世界が続くのか終わるかとかっていう事は、世界の内側の僕らの視点から見ればあまり
大きな出来事ではないのかもしれないけど。たぶん、自覚を持てない事なのだろうし」
いっそのこと、黒石となって人でなくなってしまえば、少しはいろいろな事が楽になるのかもしれない、
とさえ思ってしまう。
(たぶん、さ。白とか、黒とか、色をつけてしまうから、偏見が生まれてしまうんだろうな。
太陰太極図が分かりやすいと思うんだけど、白の中にも黒があって、黒の中にも白がある。
本当なら、五色碁にしないで一色碁にした方がいいんだろうけど。光の中に闇があって、闇の中に光が
ある。全ての物事にはそんな部分があるとしたら)
そもそも、勝敗、などという事すらも世の中には存在しないのかもしれない。
(持碁に持っていければ一番いいのかもしれないだろうけど、難しいだろうなぁ……)
持碁の場合は、勝敗がつくまで続けられるということだ。
「俺個人としては、囲碁が好きってだけになるんだけど。みんながみんなそうじゃないからなぁ」
(みんながみんな、そうじゃない)
それが難しいところだった。
人の数だけ、価値観がある。勝負がある。
「お互いが、お互い、笑って気持ちよく終えられる勝負になればいいんじゃないかな」
終わった後に、憎しみが残らなければ、それが一番いい。
まおは、そう願わずにはいられなかった。




