第16話 予選×囲碁!
「今日からいよいよ、予選開始かー」
弥生は店の中で背伸びをした。今まで、VRの世界に慣れようとHMDをつけていて目が疲れてしまった。
「うーむ、チュートリアル用のVRで、自分のアバターにも慣れて来たものだけど」
目のピントがあわなくなり、思わず頭を振る。
「まぁ、VR酔いに耐性はできないことが自分自身でも分かったから、気持ち悪くなったら
さしずめ、早めに吐いておいてしまうことだ」
爛柯も事もなげに言いながら、HMDを外した。
「まぁ、それがある意味一番の対策方法かもねぇ」
「まだVR技術自体も発展途上中だからね、こういうヘッドギアタイプのHMDから、眼鏡かコンタクトタイプに
なればいいんだけど、あと10年ぐらいかかるかもね」
コウも言う。最近は、VR技術に関する情報収集も怠らない。
「部屋の中から参加できる、っていうのはいいことだよね」
フルトラッキングでの動作もやっと慣れて来た。
「囲碁対局用のVRだからか、碁石もちゃんと指ではさめるの、ほんとありがたいよ」
「確かに。アバターも、なんでアバターにする必要があるのか分からないぐらい、高性能だしな」
まおは向こう側、での自分の姿を思い出した。
「だからと言って、なんで囲碁レンジャーなんだか」
遠い目をする。
「五色碁だから分かりやすいかなーと思ってイネッサに頼んだのよ。順番も覚えやすいでしょ?」
「相手と交互に打つから、逆に混乱しそうなんだけど」
まおはため息を吐く。
五色碁は、敵味方順々に、決まった色の順で交互に打っていく。
「とりあえず、おさらいしてみるか。パンフレットで読んだ時の内容から若干変更点が出たようだけど。
①対局は黒→白の順番で打っていく
②打った順番で、青(水)→赤(火)→黄(金)→緑(木)→水色(土)となる
③取石ポイント 青:+1点、赤:+2点、黄色:+3点、緑:+4点、水色:+5点
④連結ポイント 2連:+10点、3連:+15点、4連:+20点、
その後は、基本増えれば増えるほど5ポイントごと加算
⑤総合ポイントは最終的に総合判定に使用し、賞金への影響が出る
⑥ルール違反やマナー違反があった場合は、退場ならびに以後の試合は不可
⑦トーナメント制となる
⑧持碁になった場合は、どちらか勝つまで試合を続ける
だと」
まおは一通り説明を読み上げてみた。
「ようするに、携帯アプリパズルゲームと、囲碁が合体したような感覚ね。これで、
魔法攻撃とか艦隊戦もできるようになればすごいけど」
「仙女の碁盤に近い感覚か」
爛柯はかみ砕いて理解しようとする。
「それに、5つの属性が付与されたってことで場合によっては最終的に逆転されることも
ありえるっていうことか」
一色碁なら分かるのだが・・・と悶々とする。
「ただでさえ頭脳戦なのに頭痛くなりそう」
弥生も項垂れた。
「とりあえず、勝敗の方はコンピューターがさっくりと計算してくれるから楽らしい」
コウはシステム図を広げた。
「ん? システムの方はいいとして、各チームには、一人、解説者もエントリーさせることって
書いてあるが」
「あ、ほんとだ。見落とさなくて良かった」
「HMDの予備はあるからいいとするネ」
任せなさい! とイネッサは胸をはる。
「ただ、問題は、解説者になるかということだけど」
一同の視線は、一つに集まった。
「まぁ、一択しかないよねぇ・・・」
「ん? なんだ? 私が解説者か?」
みお副店長は、まさかの指名にふふん、と鼻を鳴らした。
「新しいアバター作るの間に合わないから、ありあわせのものになってしまうが、いいか?」
イネッサはジト目でみお副店長を見つめた。
「これ」
PCでアバターを表示してみる。
「まさかのそれかー」
「悪夢だ・・・」
「せめて、ボイスチェンジャー使って!!」
PCの画面には、<魔法美少女みおりん>なる表示が。
「いやー、この年になって魔法美少女になるとはー」
みお副店長は喜んでいる。一同は項垂れた。
「イネッサ、なんでそんなの作ってたの」
「いや……ギャップ萌えを極めようかと思ったネ……」
二人は自滅している。
「しかし、トーナメント制とは言え、その場で対戦者が誰だか分かり、分かると言っても
アバター・・・とはね? ある意味今時らしいと言えば今時らしいが」
みお副店長は自分のアバターのイラストをプリントアウトし、眺めたのだった。
「で。爛柯の方は大丈夫? 仙女の碁盤の方はうまく連動しそう?」
「大丈夫だろう。万が一、黒石が見つかった時、ネットワークを経由して回収できるようにしておいた。
コンピューターウイルスに対するセキュリティもしっかりと構築してある」
「でも、そのアプリに、そのまま対局している碁の画面が連動してくれるなんて便利よね」
「対局中での使い道はないがな」
「9路盤だから、それほど時間もかからないし、予選も一日で終わるのねぇ。
で、実践トーナメントの方は全20組。2組づつ戦うから初日は午前中に10組、午後に5組。
次の日に決戦までやってシード戦、と」
弥生は指折り数えながら確認した。
「シード戦?」
爛柯は聞きなれない言葉に首を傾げる。
「めちゃくちゃ強い棋士か有名人がサプライズで登場するようよ」
「それはそれは……」
「……」
まおもふと考え込んでいた。
「ま、真打が登場するなら、そこしかないだろう、まお」
みお副店長は、まおの肩にそっと手をやる。
「決勝まで、勝ち残ってみせるさ」
まおは決意する。それでしか、抗うすべは残されていない。
ひとまず、一同は、試合を開始するまでのセッティングは整った。
それぞれ、充電を完了し、HMDを装着する。
「いざ、参る!」
一同は、その世界へと、エントリーしたのだった。
*****
「チュートリアルでの世界とはかなり違うな。映像がすごくリアルだ。まるで現実みたいだな」
コウは自分のアバターとの連携の調子を再確認する。
「まさか、大宇宙の中で、囲碁を打てるとはねぇ」
まおも感心した。
「ええと、まおがレッド、コウがブルー、私がピンクでイネッサがイエロー、爛柯ちゃんがブラックか」
「せめてブルーにしてほしかったけど、どうしても黒が好きなんだと」
「すまない。白がなかったものでな」
もう、どうでもいいや、とまおは諦めた。
「で、だいたい、リアル感覚としては、1つの線との距離が1メートルぐらい。1手目だけは自分自身が
その場所に行き、後は当日参加している観覧者達が参加してくれて、各石になってくれるっていうことか。
まぁ、人間将棋ならぬ、”人間囲碁”っていうことだろうな」
「さすがに、人間囲碁はなかなかリアルでもやらないよねぇ……400人近くも集められないって
9路盤なら20人ぐらいづついればなんとかできるっていうことか」
「やれればそれはそれで面白そうだが。仙界ならやれそうだな」
爛柯は今度戻ったら、仙界でのイベント企画として提案してみようと考える。
「ところで、予選は何組と戦う事になるんだ?」
まおはコウに確認する。
「さっきネットで調べたけど、50組はいるみたいだな。予選だけで半数以上落とされるっていうことだ」
「なるほど」
相手がどういう強さなのかも分からない以上、作戦も立てづらい。その場その場で勝てるように
努力しなくてはならない。
一番最初の相手のチームがエントリーした。相手は、それぞれ武者のような甲冑で登場してきた。
『チーム Warrior』
「爛柯、黒石の反応は?」
「ない。しかし、相手は中国の武者の甲冑を意識ているようだが、時代設定がチーム内でめちゃめちゃだな。
おそらく、ろくに時代背景とかも調べず、ただ、かっこいいからとかいう認識であの衣裳を選んだのだろう。
本人達はそれが強さだと思っている」
「つまり?」
「ひねりつぶす」
容赦なく爛柯は言った。
「なるほど、アバターの見かけである程度、その選手がどういう人間なのか見極められるっていう事か!」
弥生は、それは気づかなかった、とはしゃぐ。
「相手は、小学生かもしれんが、正々堂々と勝つ」
「うーむむむ。正々堂々、とは」
まおはちょいと心が痛んだが、仕方あるまい。
「圧勝」
ものの5分も係らず最初の試合は終了した。
結果としては、黒2.5目の勝利に、2石の取り分9点と連結分35点、計44点加算、計46.5ポイントである。
「相手は全然、連結ポイントの稼ぎができなかったな」
「そうさせなかったくせに」
爛柯は鼻を鳴らす。
「うわーん、正義の味方にいじめられたーーーーーーー!!!!」
子ども達は、そう吐き捨てて? 去っていった。
「うーむ、解説するのも忍びなかったからなぁ。後でお店のサービス券でもメールしてあげよう」
みお副店長はやれやれと頭をかいた。
「逆に、予選ですったもんだしていては困るしな。
「正義の味方なのかほんとにこれ」
まおも疑問に思ったが、相手にも疑問にをたれようと、勝ち進まなくてはならない。
「予選は堂々と死守しよう」
「お、おう」
いささか、納得できないところもあったが、仕方あるまい。
爛柯と対局する事になった運に文句を言うしかあるまい。
予選も、あっという間に数時間で突破してしまった。
「まぁ、普通に碁盤で打つ囲碁とは違って、ビジュアルでも楽しめるのがいいのかもしれないな」
コウは、一息ついてジュースを飲みながら、動画をチェックしていた。
「あー、あいつらっ!」
さっそく、自分達がコテンパンにしていた様子をあの小学生達は動画にアップしていたらしい。
「やられたー~」
あちゃーと、頭を抱える。再生回数はものすごいことになっていた。
「これ、炎上かしらね……」
弥生も心配そうに覗き込む。
「あー、でも、あいつら、他にも同じような事やりまくってたみたいで、意外と低評価ついてる」
「あ、動画削除された」
「やれやれ」
てんやわんやであった。
「対局中は動画撮影禁止っていう説明書きもあったような」
コウはパンフレットを再確認したのだった。
「ということは、思う存分ひねりつぶせるということか」
「そういうことじゃないだろ」
鼻息の荒い爛柯をいなす。
「とりあえず、今日はこれで予選も終了か。うーん!」
弥生は椅子に座ったまま背伸びをした。
「参加してくれた観覧者達にも、お礼に後でサービス券メールしておこう」
みお副店長はさっそく、ログを頼りにメールの準備を進めた。
「しかし、予選では黒石の反応がなかったな」
爛柯はアプリの反応の確認をした。
「まぁ、この大会だけで全部回収できないかもしれないじゃないか」
「それはそうだが、何か嫌な予感もする……ん? ちょっとまて? なんだこれ?」
爛柯はアプリを食い入るように見つめた。
「黒石の数は181個のはずだ。それでも4個は回収できているはずだが、
回収できていない黒石の総数が、77億になっている!」
「77億!?」
一同も驚く。
「なぁ、まお、77億というのはなんの数字だ?」
「おそらく、地球の人間の数じゃないかと」
「世界が、黒石にのっとられたというのか!?」
「まさかな」
その時だった。
「ごめんくださーい。今日、お店はやっていますかー?」
「あ、お客さま、すみません。今日から数日、臨時休業なんですよ」
みお副店長は慌てて客の対応をしに行く。
「え……? お客さま?」
みお副店長が、パンフレットを手から落とした。
「どうしました? 私の顔に何かついています?」
「あ、す、すみません。そういうことではないんですが、今日はお休みですので、
これにてっ!」
慌てて扉を閉めると鍵をかけた。
「あはは……嫌なものを見ちまったよ……」
「どうしたんです?」
「開けない方が、いい」
みお副店長は、店から出ないように一同を制した。
「今の客……全身が黒い石になってた」
「え?」
「冗談だろ、これ……人間が、大きな黒い石になってる!」
「うそっ!」
弥生は、慌ててテレビをつけた。見ると、ニュースキャスターも、そこには大きな黒い石が
蠢いているようにしか見えなかった。
「でも、全人類が黒い石になってしまったというわけでは、なさそうだな」
ニュースを見ていると、暗黒囲碁協会の人間達は黒い石ではなく人間のままであった。
「どうやら、今回の大会に出場する予定の人達は、かろうじて人間のままのようだな」
一同はニュースや新聞をチェックすする。
「おそらく負ければ石になってしまうのだろう。ほら」
他の動画サイトに転載されていた先ほどの子ども達だけ、黒い石になって映像に映っていた。
「これ、今回の大会に勝たないと、人類全部が石になっちゃうという事よね……
そんなのあんまりだわ」
弥生が頭を抱える。
「黒石とか描くの難しいのにーーーーー!」
「冬イベントは黒石のコスプレかな・・・」
イネッサも普段の設定口調を忘れるほど項垂れていた。
「とりあえず、数日はこもれるように準備をしておいたから、食料とかの心配はないとして、だな」
みお副店長も頭を抱える。
「こうなったら、どうやっても勝つよ、お前達!」
「おーーーーーー!!!!」
一同は、あらためて決意を固めたのだった。




