第15話 旅×囲碁
「爛柯、荷物はかばん一つでいいのかい? 一応、1泊2日なんだが」
みお副店長は心配する。まおも自分も、リュックを背負っていた。
「まぁ、着替えはいらないようなものですし」
「そうかもしれないけど。……まぁ、おさがりっていうわけにもいかないか。
これだったらみんなにも協力してもらうんだったねぇ」
弥生やイネッサなら、爛柯に洒落た旅支度でもしてあげられたかもしれない。
「そもそも、風呂にも入らなくても大丈夫ですし」
「こらっ。女の子がそんな事言っちゃいけないよ」
みお副店長は頭を抱える。ある意味何も知らない子どもを連れ出すようなものだ。
「一応確認するが、そのかばんには何を入れてあるんだい」
「ええと、2日分のおやつ、ですかね」
「……遠足じゃないんだから」
「でも、着替えもいりませんし」
「仙女っていうのは便利なんだか不便なんだか」
「仙女が不便? そう考えた事はありませんでした」
「……やれやれ」
「爛柯が、それでいいっていうなんらいいじゃないか」
まおが助太刀する。
「まお……お前は、いつキスをするかしれない相手が、歯磨き一つも持っていなかったら
どう思う?」
「む……」
さすがにまおも複雑な表情をする。
「にんにく臭くなければ」
「……にんにく?」
爛柯は思わずびくっとして自分の体の匂いを嗅いだ。そしてなぜかほっとする。
「一応、気にはしているんだねぇ。ここ最近にんにくなんて食べてないじゃないか」
「そうでした」
「ひとまず、時間もないことだし、そろそろ駅に向かうよ」
「駅までは徒歩10分近く。電車は約1時間、後は場合によってバス、と」
「まぁ、旅行といっても、都内だからね。都内で開催される囲碁まつりだ。温泉ももちろんついてるっ」
「まさしく、囲碁三昧できる旅っていうわけか~」
「知らない場所で戦うっていうのも、いい経験になると思うからねぇ」
「たしかに、知らない相手と戦うのも面白いかもしれないな」
「ほんと、爛柯は囲碁三昧だな。囲碁以外でも、食べ物も楽しめるぞ。食べ物は特に、囲碁にちなんだ
デザインにしたお洒落なスイーツとかも扱っている。あと、そんなお店とかをめぐっていける
スタンプラリーとかな。囲碁のプロスタッフが歌を歌ったり演奏したりっていうライブイベントだってある」
「仙界でもそんなイベントはなかったなぁ。参考になる」
「歌を歌ったり……」
まおは、前の大参事を思い出して身構える。
「来年、みんなでそんなイベント企画側に参加してみるっていうのもいいかもな」
(……)
みんなで歌を歌って戦うのだけは勘弁してほしい、とまおは硬直した。
(それにしても、ほんと、爛柯は囲碁の事大好きなんだな……お、俺も負けてないがっ)
囲碁の事以外を考えていない爛柯は想像ができなかった。
(囲碁の化身、かぁ……)
まおはあらためて爛柯を見つめる。
もし、彼女が、仙女でなく、普通の人間の女の子として、この先もずっと過ごす事ができたとしたら。
本当は、そうだったらいいのに。
だが、あの棋譜からの逆転で、自分はとある可能性を考えていた。
もし、この先、この世界を自分が引き継ぐ事になるとしたら、その時何かできはしないか、と。
(まずは、強くならなくちゃ、だな)
爛柯が安心して任せてくれるような男にならなくてはならない。その覚悟も必要だった。
「これが、電車か……人がいっぱいだ。しかも、詰碁の本を読んでいるような人は一人もいない!
面白いっ! この人達、もしかして囲碁の事も知らなかったりするんじゃないか!?」
さすが、爛柯の視点はユニークだった。あくまでも、基準が囲碁なのである。
「なあ、あまり大声を出さないでくれよ、爛柯。恥ずかしいから」
「だってな。世の中に、こんなに囲碁の事が触れられていないなんて、まるで……まるで……」
爛柯はあらためて、あたりを見渡す。
目的地は囲碁三昧と言え、道中にはどこにも、囲碁の事を触れられていなかった。
「囲碁って存在していないんじゃないかって。忘れ去られるだけなんじゃないかって」
道路の真ん中で、立ちすくむ。
「爛柯っ!」
まおには、爛柯がまるでそこから消えてしまうのではないかという錯覚に陥った。
「人もいつかは地球から消え、囲碁の存在自体も宇宙から消え……」
「爛柯っ」
まおは、爛柯をそこから連れ出した。
「そのままぼーっとしていたら人にぶつかるよ」
「そう、だな……」
(……)
まおは、いいことを考える。
「そうだ、爛柯、みんなで本屋に行こう。そこになら囲碁の本だってあるし、囲碁の本を好きそうに
眺めている人だっているかもよ?」
「お、おい、まお!」
みお副店長も、慌てて二人の後を追う。
「えーと、本屋、本屋っと……」
まおは近場の本屋へ入り込むと、二人で囲碁コーナーを探し始めた。
「マップによれば、このあたりのはずなんだけどなぁ」
「たしか、ここのあたりよねぇ、囲碁のコーナー」
「……ん?」
反対側から、聞き覚えのある声がした。まおは、まさか、と前を見る。
「あれ?! 聞き覚えのある声がすると思ったら、爛柯ちゃんにまお君にみお副店長!?
どうしたんですか、みんな!?!?」
「弥生!?!? ……ということはまさか……」
「おーい、弥生ー、勝手に走り回るなよーーーー! 分からなくなるだろー!?」
「日本語いっぱい、目が回るネ……」
「や・っ・ぱ・り」
見ると、その場に、弥生とイネッサとコウがリュックを背中に汗だくになっていた。
「まさか、弥生達も囲碁まつりに行くんじゃなからろうな」
「え、3人も!?!? それなら言ってくれればいいのに、水くさいねぇ~」
「水くさい?」
爛柯は思わず反応してまた匂いを嗅いでしまう。気が付けば、イネッサも同様、であった。
「イネッサ、水くさい……オボエタ……」
「私も同じく」
お互い、同じ日本語レベル問題で反応していたようだった。
あらためて項垂れる。
「なんで、そっちは本屋に? コウ君がもう詰碁の本とか持ってるじゃないか」
こんなところで合流してしまった事を不服そうに言う。
「コウってば、詰碁の本が足りなくなるだろうから、別の本を買っておきたいって
言い出して」
「弥生だって、囲碁を勉強してる人がいなさすぎる、ってイラってしてたじゃないかー」
「そりゃそうだけど!」
どうやら、お互いに、囲碁人口が少なすぎる問題で頭を抱えていたようだった。
「やれやれ。向こうでもいろんなグッズとかあるだろうから、ほどほどにしておくんだよ?」
みお副店長は一同をたしなめる。
「囲碁グッズ!!!!」
弥生も爛柯も同じような目をしてわくわくしている。
「ちまたではあまり買えない囲碁グッズがわんさかと……!」
まるで、獲物を狩る獰猛な猛獣さながらであった。
見れば、次に乗る電車からは同じ時間だったという事が分かり、一同はその後、一緒に行く
事になったのだった。
「これも何かの縁かねぇ」
みお副店長は、さっきまでさみしそうにしていた爛柯が、ぱっと明るくなったのを見てほっとする。
たぶん、彼女にとって、このチームのメンバーはかけがえのない存在にもなっていたのだろう。
「着いたーーーーー! わーーーーー! 凄い! 駅前に『囲碁まつり』って大きい看板が立ってる!
受付も大きい! 人もたくさんならんでるーーーーーー!!!!」
「こらこら走るなーーー! まずは、スタンプラリーのカードとか入ったパンフレットセットを
もらってからだ。へぇ、思ったよりも、繁盛しているじゃないかい。こっちもいろいろと
勉強しておかなくちゃ、だな。どうした? まお」
「なんか、気のせいかもしれないけど、爛柯のやつ、重くなった気がした」
「こら、女の子になんてこと言うんだい」
「いや、爛柯の場合さ、今まで重さを感じなかったんだよ。雲のように軽いっていうかさ。
さっき手を引っ張っていった時、違和感があった」
「……まお」
「まさかじゃないけど、爛柯、もうすでに人間になっていたり、しないよな」
「碁盤に戻るよりはマシなんじゃないのかい? それならめでたい話だよ」
「だと、いいんだけど」
おかしい。爛柯は人間には戻らず、そのまま碁盤に戻ると言っていなかったか?
何かが起きていたりしないのか?
「まお、何か変だなと思ったら、すぐに言うんだよ。さっきみたいなことがあったら」
「うん」
爛柯の事は、俺が守るんだ。まおは思った。
「さ、まずはここのお店。なんと、隣の人と対局をしながら、囲碁プロのライブを聞いたり、囲碁にちなんだ
スイーツなんかを食べられたりする! ……って聞いてないなお前ら」
女子一同は、こぞってスタンプラリーを押していた。
「限定囲碁グッズ」
「限定囲碁グッズ」
呪文のように唱えていて近寄るのが怖いオーラが出ている。
「やれやれ」
お互いに囲碁をしながらわきあいあいと食事をし、ライブトークを楽しんだ。
「いずれ、うちの店もこんな風になっていきたいものだねぇ」
みお副店長もしみじみとしながら言う。
「ここは、とてもいいな。まるで仙界以上だ」
爛柯もしみじみと周りを見渡した。
「さっきまで不安だった気持ちがすっとんでいった。こんなにも囲碁が好きな人達はたくさんいたんだな。
普段隠れているようにしているのが残念だが」
「まぁ、うちの店になら、気楽に来てくれる人達はいるけどね。もっともっと、世界に囲碁が広まっていって
ほしいよね」
「そうなんだ。シンプルでいるようで奥が深い。対局の数だけ棋譜が残る。いっそのこと、囲碁で
いろいろな事が決まるような世界になってくれてもいいのだけどな」
「まおが喜びそうだね。進路を決めるにも、就職先を決めるにも、囲碁で対決して解決とか」
「世の中の戦争とか争いも、囲碁にしてしまえばいいだろうに」
「ほんとだねぇ。まおならそんな世界望みそうだけど」
「ありえるのが怖い」
「爛柯は……本当に、世界をまおに譲る気でいるのかい? 私は今のままでも十分楽しいと思うけどね」
「そうも、いかないんだ。ある意味、囲碁愛好家の数っていうのは、世界に対する平和指数みたいなものにも
なっていてな。万が一、囲碁すらできなくなってしまうような世界が訪れたら、それこそ地獄だ」
「確かに。見ているだけで平和だなぁとは思うけどね。戦っている本人同士には平和どころじゃないだろう
けど。楽しみあっていればいいよね」
「たぶん、AI囲碁達が黒石達の石だとしたら、それこそ、プロとかアマチュアという区別をなくした世界に
したいと思っていたりするんじゃないかな。VRの世界ではプロもアマチュアも関係なく、個人同士の戦いだ。
それは、彼らが望んでいる世界でもあるのだろう。おそらくは、彼らは、『アマチュア』という呼称を
やめてほしいと思っているのではないかな」
「なるほど、その可能性もあるというわけか。でも、アマチュアはアマチュアなりの楽しさっていうものが
あるけどねぇ」
「プロになれなかった、という悔しい思いは多くのアマチュアが持っているだろうな。それに、好き、だけで
囲碁をずっと続けている人間だって、それもある意味プロと言えないか? どんなに弱くても」
「確かにねぇ」
「いっそのこと、この世界の人間全てが、囲碁仙人になれたなら」
「……爛柯?」
「気にしないでくれ。私の事は」
もう、この場から立ち去るだけなのだから。
「爛柯、あらためて聞くけどさ、私達は今、対局をやっているだろう?」
「うむ」
「それならさ、爛柯だって必要なんだっていうことだよ。この世界でも」
「……」
爛柯は黙々と、食事を続けた。
(あれ……?)
みお副店長は目をごしごし、とこする。爛柯の姿が一瞬ぶれたように見えたのだ。
(えっと、今対局をしているこの子の名前はなんだったっけ?)
「えーと、君、まだ、対局が途中だよ? 食べるのは終わってからでも」
「君……?」
爛柯はみお副店長の方を不安そうに見る。
「あ、そ、そう、爛柯! 爛柯だ爛柯! 何私、ぼーっとしてたんだろう」
(……)
そうか。そろそろ、自分は世界を離れないといけないのか。
それまでは、少しの間だけ、人に戻るということか。
自分は碁盤にすぐに戻ると思っていたのだが。
(黒石に、逆に救われたのかもしれないな)
さっきから自分がマイナス思考でおかしくなっているのは気が付いていた。
たぶん、黒石の影響を受けているのだろう。
だが、それが、逆に、自分を『人』に変化させてくれているのかもしれない。
(まさか、こんなところで、救われるとはな)
人の邪心は、時には有効利用してなんぼである。
その後、一同は、いろいろな店を回った。いろんな企画があり、囲碁の自己出版をしているところや、
映画のロケ地、それに、対局場の鑑賞等、いろいろな催しがあり、すぐに半日と過ぎて行った。
あちこち歩きまわり、スタンプラリーも無事にコンプリートした。限定囲碁グッズは、
有名囲碁愛好家達のフォトカレンダーであった。
「うーん、堪能したぁ! 毎日が囲碁まつりならいいのに!」
弥生は片手を伸ばし、背伸びをした。足腰が筋肉痛である。
「これからホテルかー。まさか、宿泊先も一緒だなんてねー!」
「食事の会場も一緒だな。まるで本当の合宿みたいだな」
チェックインを済ませ、それぞれの部屋に荷物をおろす。
「コウも、あれぜったい、男子としての数に含まれていなさそうだな」
「まぁ、一人、折り畳み式のベッドに寝させられてそうだな」
「そういうのもいいんじゃないのか?」
「ま、落ち着いたようだから、さっき撮ってきた写真でも
みんなで見ようじゃないか」
みお副店長は、リュックからデジカメを取り出すと、写真を確認していく。
「あれ……? おかしいな?」
「どうしたんだよ」
「えっとな……爛柯、ちゃん、が……映っていないんだよ」
「え?」
まおも慌ててデジカメをひったくる。そして、写真を一枚一枚確認していった。
「ほんとだ。……なんで?」
「いやー、仙女って写真には写らないものだからさぁ」
「嘘だっ。今なら映るはずだろ!?」
まおは、爛柯の両肩を掴む。確かに、彼女の存在はそこに感じられた。
「写真に写ってないっていう事は、まだ時間があるって言う事だから。
たまに、映っている時があるかもしれないけど、それもいつかは全部」
「爛柯っ」
思わず、そこにいる爛柯の写真をその場で撮る。
確認すれば、その一枚には映っていた。
「そうか。人間化している時は写真に映るっていう事か」
「おそらく。私達が今まで集めていた黒石の悪影響のおかげか、
たまに人間になってしまう時があるみたいで。その、急にいなくなる
よりはまだましだから」
「まだましって……」
(……)
みお副店長は、そんな二人をじっと見つめると、やおら立ち上がった。
「ちょっと、食事前に温泉行ってくるわー」
「あ、私も行きたいぞっ!」
「爛柯ちゃんは着替え持ってきてないでしょーーーー」
「~~~~~っ そうだった……人間化していたら着替え、ないと……」
「たぶん、買いに行って来てくれてるんじゃないかな」
「あ、そういう事か」
「爛柯……まったく。なぁ、他に、俺達に隠している事は、ないだろうな?」
「ない、はず、だ……」
しどろもどろと視線をあちこちに動かす。
(碁盤に戻ってしまったら、二度と会えないとかなんて言えるわけないだろう……)
黙ったまま、視線を地面に落とした。
「俺はさ、もし爛柯に世界をゆだねられるっていうんならさ、次の世界は、
囲碁三昧な世界にしたいなと思っている。囲碁で戦ってなんでも決められる世界。
勝っても負けても、みんなが笑っていられる世界。囲碁のためなら死ねるとか
いう人々だらけの世界」
「ぷっ」
爛柯は噴き出す。
「いや、ちょっと待て。囲碁のために死んだら困る」
「俺もだよ、爛柯。もし爛柯がこの世界そのものならさ、俺の世界に爛柯を
招待して、爛柯もその世界の一員にする。碁盤になったとしても、碁盤を
木彫りにして人形にしてやるっ」
「いや、それはあかんだろ」
爛柯でさえもドン引きした。
「それならさ、逆に、AI囲碁の技術を譲ってもらってさ、爛柯の意思を継いでくれる
爛柯を再現したAI囲碁を作り上げる。……それならさ、いつでも帰ってこれるだろ?
それこそ、真の『仙女の碁盤』、だ」
「まお……」
「爛柯がさ、囲碁はタイムマシンだって言ったんじゃないか。それならさ、過去の爛柯ごと、
新しい世界にインストールすればいいんじゃないかな」
「なんか、言い方がコウみたいでいやだな」
「……自分でもそう思った」
「でも、ありがとう。なんだか、少し、みんなと一緒にいられる可能性が見えた気がする」
「俺、毎日必死で、ずっと爛柯と一緒にいられる方法を考えているからさ。
いや、爛柯とだけじゃない。この世界とも一緒にいられる方法を、さ」
「まお」
「世界は滅びたりしないし、人類は滅びたりしない。囲碁が存在している限り!」
いつの間にか、自分は、まおに背中を任せられるようになっていたんだな、と
しみじみと爛柯は思う。
「……そう言えば、そろそろ食事の時間じゃないか?」
「そう言えば、帰って来るの遅いな」
「まさか、まったく違う理由で出て行ったのではあるまいな」
「そんな気がしてきた」
ひとまず、まおは携帯へメッセージを送っておく。
「先に行っておくか」
案の定、食事の会場へ着くと、すでにみお副店長が席に座っていた。
「いや~~~~~のぼせた~~~~~~~~~~」
目の上に、蒸しタオルを乗せている。
「普通に温泉行っていただけかよ!}
「え? そうだが? どうした? 二人とも」
「なんでもないですっ!」
見れば、どやどやと、弥生達も会場にやって来たところだった。
「都会なのにリラックスできるなんてびっくりしたネ~! しかも、ゴージャスネ~!」
イネッサもカルチャーショックを受けまくりのようであった。
「うまいっ! これ、なんだ!? こんなうまいもの食べた事ないぞ!?!?」
「慌てないで、爛柯ちゃんっ! バイキングだからおかわりできるわよっ」
「こうして見ていると、弥生と同じぐらいの普通の女の子、なんだがな」
みお副店長がぼそっと言う。
「うちらが逆に、仙人になってみるというのも、本当に手なのかもしれないなぁ」
みお副店長も、それなりにいろいろと悩んでくれているようであった。
まおも、この光景が、ずっと続けばいいと願った。
その後は、まぐろの解体ショーや、なぜかハワイアンフラダンスショーなど、
リゾート気分のイベントが目白押しであった。
「まるで、極楽だな。仙界通り越して」
爛柯も満足したようである。
「良かった」
爛柯を除く一同も、それなりに全員爛柯を心配していたようで、お互いほっとして
顔を見合わせた。
「なぁ、弥生。実は私、下着や着替えを持ってきていないんだが、一緒に選んでくれないか?」
「え? そうだったの? どおりでリュックサック持ってないと思ってた」
「一応、アドバイスはされたんだが」
「たぶん、売店でちょっとしたものは売っているはずよ。こっちに来て?
男子達は荷物番ねー!」
「爛柯ちゃんの下着姿……」
「こら、コウ、鼻の下伸ばすな」
まおはコツっとコウの頭を叩く。
女子達が戻って来ると、一同はゆっくりと温泉に入ったのだった。
「すごい。都会なのに、星が見えるのね。びっくりした」
「私もだ。ビルの電灯かと思ったら、本物の星だった」
「星……かぁ」
「どうした? 弥生」
「さっき、イネッサとも話をしていたんだけどね」
イネッサは、のんきに温泉の中でクロールをしている。
「囲碁にも星ってあるじゃない? 天元もあったりするけど。
それってつまり、人もまた星なんだなーって」
「本当の星は、碁盤上の星の数以上だけれどな」
「そうよ。それなら、ね、何も、碁盤の星の数だけが本当の星や人の
数じゃない、可能性だけじゃないって思ったのよ」
「そんな話をしていたんだ」
「そう。だからね、碁盤は宇宙を司っているとかいう話、それもそれで
真実なんだろうけど、碁盤以上の可能性が、現実には無限に広がっているんだな
って思ったの」
「なるほどな」
一応、いいことを言っているように聞こえはする。
イネッサや弥生達の会話には、翻訳機が必要だった。
「なるほど、碁盤は確かに宇宙のすべてを表し切れていないところもあるかもしれないな。
あらためて言われると」
「だから、ね? 囲碁だけが世の中の全てじゃないし、全てであるのかもしれないし、
囲碁がもしなくなったり、できなくなったりしたとしても、きっと……
囲碁が好きっていう気持ちは消し去ることはできないと思うから」
「確かにな」
「私達は、本当の星を目指すべきなんじゃないかなっ!」
「スターっていう意味でのか」
爛柯はため息をついた。まぁ、悪い気はしないな、と思った。
確かに、この後、囲碁がなくなってしまう時が来るかもしれない。囲碁が違う形の何かに進化する時代が
来る事もあるかもしれない。囲碁という名称自体も変化してしまう時が来るのかもしれない。
だが、この世界のこの一瞬、この時代の中で、自分達が「囲碁が好き」という思いだけは、
揺らぐことがない真実なのだろう。
それはきっと、たとえ世界がなくなってしまったとしても、自分がどうなってしまったとしても、
自負できる”想い”だ。
(……そっか……それだけで、充分なんだ……)
だが、その囲碁をやる世界は、目の前にしか存在しない。
ならば。
(生きていかないと、好きな囲碁だってやれないんだ……)
囲碁に限らず、全てにおいて、そうなのだろう、とも思う。
「世界になんて負けない」
爛柯はそう思った。たぶん、敵は、己でもなんでもない。世界である。
世界が一瞬で、自分達の居場所をあっけなく滅ぼす事さえある。
ずっと昔から、敵は、”世界”でしかなかったのかもしれない。
(私達は、本当に、囲碁レンジャーなのかもしれないな)
爛柯は、それを思うと、あらためてくすっと笑ったのだった。




