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仙女の碁盤!  作者: あべもちけい
13/19

第13話 告白×囲碁

「やった! 勝てたっ!」

まおは、100回以上の攻防の末、やっと勝利を勝ち取れた。体感でどのぐらいの時が経ったのだろう。

もう、一週間ぐらいはずっと囲碁をやっていた感覚だった。

「囲碁をやっていたらものすごい時間が過ぎ去っていた、っていう感覚が分かったような気がするよ」

精神を研ぎ澄ましすぎて、自分自身が、まるで囲碁そのものになってしまったかのような

錯覚さえ覚えた。

自分自身が囲碁であるかのような。

「おかえり、まお」

振り返ると、爛柯がにこにこと笑って待っていてくれた。

「爛柯、来ていたんだ」

「気が付かないほど、熱中していたからなぁ」

「ありがとう!」

まおは思わず両手で爛柯を抱きしめる。

「え、お、おい!?」

「……爛柯、その……好き、だっ」

爛柯は、彼の告白を、母のようなまなざしで見つめた。

「まお、それは、囲碁が好きという気持ちなんだよ。私は囲碁の化身のようなものだ。

勘違いしてはいけない」

「勘違いなんかじゃないっ。俺は確かに囲碁も好きだけど、それってつまりは、爛柯を好きだって

事なんだ。俺にとってはっ」

「……」

「その、な……まお、私を好きになるっていうことは、この世界を好きになったという事と同意義なんだ」

わがままを言う子供をなだめるように、爛柯はまおの事を優しく撫でる。

「そうかもしれないけど、それでもっ。もし、俺の親父みたいに、恋をしたら人間に堕ちるという事だったら、

俺が、爛柯の事をずっと守っていくからっ」

「……ごめん」

爛柯は自分の運命を呪った。

「私の場合は、そうじゃないんだ。誰かが私の事を好きになってくれたら、人になるんじゃない。

それこそ……私は、碁盤に戻らないといけない」

「あっ……」

まおは、両手を離し、じっと爛柯を見つめた。

「だから、その好きは、もう少し、”友達”としての意味での好きでいてほしいかな、っていうか」

「爛柯……ずるい。なら、俺だって、もし仙人になって爛柯みたいに碁盤の管理ができるようになったら、

俺もまた恋をすれば碁盤になって消える事ができるのかな」

「そしたら、ずっと会えなくなるだけだ。宇宙を司る碁盤は、一つに一人しか管理ができない」

「……爛柯……分かった。それが、爛柯の望みだというのなら、俺、頑張るよ」

「ありが、とう。まお。それと、さっき気が付いたんだが、そのソフト、どうやらお前の父が開発した

ものだったようだな」

「うん、気がついたから買ったんだ。ここから何か手掛かりが見つかるかもしれない、って」

「そうか……気が付いていたのか。じゃあ、今回のAI囲碁の騒動についても」

「たぶん、関わっていると思う」

「だろうな。その、ソフトに描かれているキャラ、どうやらこの邪棋王というソフトに出てくるキャラ、

邪鬼というらしいじゃないか。もしかすると、このキャラを使って具現化したAI囲碁が、黒石を盗んで行ったの

かもしれないな」

そう考えれば、全てがつながって来る。なぜ、仙界に今邪鬼が現れるようになったのか。

「もしかすると、すでに、相手側に残り分の黒石があるという可能性もあるな。

それだと、手っ取り早いのだが」

「そう言えば、参加者人数枠、150人ぐらいだったっけ……」

「残りの石を我々が持っているとしたら、欲しがるだろうな」

「でもさ、何のために」

「宇宙を司る碁盤を手に入れる為、だろう。それをもし破壊されたとしたら」

「宇宙は破滅か」

「うむ」

「でもそれってつまりは、爛柯も、俺たちもっていう事だな」

「そういう事だろうな」

「だろうなって」

「碁盤の正当な継承者がすでに見つかっていれば、私が危機に陥ったとしても、保険にはなる」

「それって」

「まお、だけじゃない。私達のチームそのものが、継承者になってくれると嬉しい」

「でもさ、そのチームのメンバーに、爛柯もいるじゃないか」

「まぁな」

「これからも、5人で管理していけるような世界にしていこうよ」

「……継承者が現れれば、管理者は立ち去るのみなんだよ」

「……」

まおは、どうにかできないものか、と考え込んだ。何か、爛柯も救える手があるはずだ。

「ま、考えても解決できない問題なんて、この世には山のようにある。ただ、結果が分かっている事で

あっても、それまでは自分達で最高の選択をしていけばいいじゃないか。胸をはって、悔いのない人生を

送れました、とお互いに笑って立ち去れるような」

「爛柯……」

「さて、西王母様も心配している。そろそろ、戻ろう」

「そう、だね。でもさ、爛柯。下界……に戻ったらさ、本当に、うちの家族になれないものかな。

それまでの間でも、さ」

「ありがとう……」

3,000年という長い時の間をずっと仙界で過ごしていた自分にとって、下界に降りてからの時間は

至福の時間だった。それこそ、ここが天国なのではないかと思うぐらい。

「でも、そうなったら、私はまおの事をおにいちゃん、とでも呼ばないといけないのかな」

「お、おにい、ちゃんっ!」

まおは、げふげふとむせる。

「あのさ、爛柯……気が早いとか言われるかもしれないけどさ、二人の間でだけ、結婚っていう事に

しないか。せめて」

「いきなりだな。まだ、逢引とかもしてないだろう」

「でも、それなら、家族に違いない、だろ」

「むぅ……」

爛柯は考え込む。

「なぁ、まお、一つだけいいか? いろいろな書物を読んだりしてそれなりの知識はあるにはあるのだが、

その、恋愛感情……というものは、どういうものだ?」

「爛柯……」

とほほ、とまおは項垂れる。あれこれ、前途多難であった。

「いやさ、3,000年もぼっちやってたようなもんだからさ」

「おひとりさまのプロですか……」

「まぁ、そのようなものだな」

いわゆる、一人でも生きていけるキャリアウーマンのようなものか。

「分からないなら、勉強していけばいいと思うよ。爛柯は勉強熱心だから」

「なるほど、そういう勉強も、世の中にはあるのか」

「そうそう。……どうかな?」

まおは、あらためて、爛柯の瞳を覗き込みながら訪ねる。

「悪くは、ない」

なんとなく、爛柯の頬が赤らんでいるとまおは気が付いた。

(良かった……)

「ほら、今度こそ本当に戻るぞっ」

照れるように、歩き出す。まおは後に続いた。


「おかえりなさい、爛柯にまお。デートは楽しかった?」

戻ると、出口近くに西王母が若干顔をこわばらせながら立っていた。

「で、デート!?!?!?!?」

爛柯とまおはむせまくる。

「チューでもしました?」

「な、なにもしてもしてませんってばっ」

あたふたと爛柯は慌てる。

「一応、結婚したのなら、親には報告するものですよ、まお」

「!?!?!?!?」

まおも慌てて駆け回る。

「見てましたね、西王母様」

ジト目で爛柯はにらみつける。そうとしか思えない。

「まぁ、西王母ですからっ。仙界の監視は仕事のうちですし」

「~~~~~~」

爛柯は頭を抱える。

「祝杯でも、あげていきなさい。せっかくなのですから」

「あ~~~~~っっっっ」

爛柯とまおは、どこかに潜れる場所はないか探しまわったが、見つける事はできなかった。

「怒らないんですか、西王母様」

「怒るもなにも、私もやっちゃったことですし」

「……」

そうだった、そういう人だった。

「はい、ささやかながら、私からの贈り物ですよ」

気がつくと、二人はこの世界での婚礼の衣裳に着替えていた。

「さ、早くこちらへ」

侍女達に二人は案内される。もうすでに、宴の準備も整っていた。

「ここに、あの人がいてくれれば一番だったのですけど」

「……」

まおは周囲を見渡す。いつの日か、この世界に父と訪れる日は来るのだろうか、と思った。


宴は盛大に執り行われた。まおも爛柯も、お互いに衣裳を見ると照れながら盃を交わした。


「ありがたいものだな、まお。お母さんを大事にするんだぞ」

「うん。爛柯もだぞ。爛柯にとってもお母さんになるんだから」

「うっ……」

爛柯は思わず胃を抑える。

「そうだった、そこまで考えてなかった。職場の上司が母親になるのか……」

「爛柯にとっては、上司だったなぁ、そう言えば」

「食べ終わって入浴を済ませたらすぐに寝るっ。一人で寝るっ」

「ぇええええええ~~~~~~! 爛柯ーーーーー!」

下界に戻っても、部屋はそのまま別のままだろうな、とまおはため息を吐いた。


「へぇ、ここが、爛柯がいた部屋なんだ」

「うむ。この部屋に碁盤も置いて管理していた」

爛柯は一応、自分の部屋をまおに見せておいた。いずれ、ここはまおの部屋になるかもしれない、

と思いながら。

「ねぇ、爛柯。寝る前にさ、一局打ってくれないかな」

「うむ。それも楽しそうだな」

爛柯は考える。

(これは、チャンスかもしれない。まおに教えておく為の)

この世界を司っている棋譜を。

「あ、そうそう、対局なら、この碁盤がいいだろう」

「その碁盤は……」

まおには見覚えがあった。その碁盤は。たしか、自分の部屋に大事に置いてあるものだった。

「下界からちょっと召喚してきた。それとな、対局じゃなくて、まおに教えておきたいものがある」

「棋譜?」

「これは、私が、仙界に来る事になった原因でもある、この宇宙を表している棋譜だ。

私は、この棋譜の試合をしている最中に、毒針で刺されて……下界ではもう助かるすべがなくて、

『囲碁が好き』という想いだけで、西王母様に認められて仙界に来る事となったんだ。

まぁ、ある意味、下界では死んだと同義だ」

「爛柯……」

「この棋譜は、途中で終わっている。私は、投了をする時間もなく倒れてしまった。

その時の棋譜のまま、勝負は止まっている。まおに、この棋譜の続きを打ってもらいたい」

「爛柯……対局、って、そういう……」

ごくり、とまおは息を呑む。

「分かった。じゃあ、入浴がすんだら、よろしく」

「ありがとう。私は、この囲碁がずっと止まったままだった事だけが悔いなんだ。もともと、

私の勝ちの状況だったのだけど、おそらく、私に勝てる手が残っていたはずなんだ。

私はそれが知りたくてな」


爛柯が部屋から出て行った後、まおはそこに並べて行った棋譜を真剣に見つめていた。

ここから、爛柯に勝てるようにもっていかなければならない。

もともと、試合は爛柯の方が圧勝のようだった。

自分は、爛柯の手を越えなければならない。

(……)

すさまじい、細碁である。地の計算自体も大変だった。

(これ、本因坊レベルじゃないかよ……俺にそれに勝てと?)

爛柯が帰って来る時間も惜しいように、まおはずっと検討し続けた。

(たぶん、爛柯は、好きという気持ちだけじゃダメだって言う事も教えたいんだろうな)

いろんな意味で、であろう。

まおはそれを受け止めなくてはいけない。


(俺、勝つよ、爛柯……)


圧巻される読みあいの攻防戦、一つでも手を間違えたら、それだけで勝敗は終わりを告げる。


「よろしくお願いします!」

「……よろしく、お願いします」


爛柯とまおは、宇宙の続きをかけて、対局を開始したのだった。

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