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仙女の碁盤!  作者: あべもちけい
12/19

第12話 覚醒✕囲碁!

「ここは……?」

まおは、周囲を見渡した。この中に入って来た瞬間は、目の前は真っ暗闇であった。

だが、徐々に目が慣れていくと、気がつけば、まおは、父親に手を握られて祭りの中を歩いていた。


「まおは、大きくなったら、何になりたい?」

遠くで、花火の音が響く。二人とも、甚平を着ていた。

「うーん、プロ棋士かなぁ。でも、囲碁がずっとやれればそれでいいや!」

「そうか。でもな。囲碁界では、プロ棋士以上になる事はできないんだよ。それも、毎年少ない人数しか

院生から上がれない」

「院生?」

「ま、プロの予備軍みたいなものだな。まおの場合は、そうだなぁ。毎回戦うたびに棋力が違う事を

なんとかしないとな。それはそれで面白い棋風なのだが、プロにはなれんよ」

「そうなの? 遊びのプロじゃ、だめなの?」

「遊びのプロか。まおは面白い発想をするな。ま、確かに子どもは、遊びのプロに違いない」

「……パパ?」

「今の世の中で、アマチュアとして生きていく事は難しい事だ。私のように、実力があっても

もうプロになる事はできない。年齢制限もあるからな」

「そうなんだ。パパはプロになれないんだ。あんなに強いのに」

食べかけていたリンゴ飴を口にくわえる。難しい話は良く分からない。

「だがな、世の中は、コンピューターの囲碁開発をすれば、プロだって打ち負かせる可能性がでてきた。

まおは、そういう道には興味はないのか?」

「僕は、パパと囲碁ができればそれでいいんだけどな」

「……そうか。まおは、本当に、囲碁が好きなんだな」

「あ、射的があるよ、パパ!」

まおは、思わずその射的に飾られていた碁盤に、目を輝かせる。

コンビニや駅の売店で見かけるような携帯式の碁盤ではない。板状のしっかりとした本格的な碁盤だった。

「珍しいものが商品になってるものだな」

「ねぇ、パパ! あの碁盤あてたい!! 射的、やろうよ!」

「1等賞は旅行券のようだが、5等賞でいいのか? 逆に難しいかもしれないな」

「あの碁盤だったら、持ち帰ったらすぐパパと勝負できるもの!」

「ははは、まおにはかなわないなぁ。じゃあ、父さんとお前で1回づつ、だぞ」

「うん、がんばるっ!」

「……」

父は、その碁盤が一瞬、光ったような気がした。

(あれは、もしかして仙界由来のものか?)

仙界で作られたものがたまに下界に紛れる事がある。珍しい事になると、そのアイテム自体が、

仙人の化身等だったりする事もあった。

「……私への、挑戦ということかもしれないな」

元仙界出身者としては、その碁盤をあてないと気が済まなかった。

「まお、父さんと、勝負だ」

「え、ほんと?!」

「碁石はたまに剣や銃になったりもする。その修行にもなろう」

二人の真剣勝負が始まった。

「へぇー。君達、あの5等の囲碁がほしいのかい。1等じゃなくて?」

嬉しそうに、出店の店長は微笑んだ。見れば、同じぐらいの年齢の女性だった。

なかなか男勝りな雰囲気がある。

「そっちこそ、こんな祭りの出店の景品に囲碁だなんて、珍しいじゃないか」

「まぁ、酔狂なもんでね。碁会所なんて運営しているものだよ。いずれは独立して店を持ちたいところだ」

「なるほど、意欲的なんだな」

「囲碁だから、5等! そこ、気がついた?」

きょとん、とまおと顔を見合わせた。

「ますますほしいよおばさんっ!」

「そう来なくっちゃ!」

「やれやれ……あたるまで帰れなくなりそうだな」

たまたま、旅の途中でこの町にふらりとやって来ただけであった。

二人で、どこか定住できる場所を探している最中だった。

「がんばれよー、少年!」

「俺には言ってくれないのかい」

「いい大人がさ。私はそういうの、嫌いじゃない」

(……)

父は、息子の事をちらっと見る。もしかすると、この婦人に、任せる事ができるかもしれない。

さすがに二人分はきつかろうが。


「やったー! 取れたーーーーーー!!!!」

「やったな、まお!!!!」

結局、有り金を全部使い果たして、二人で5回づつ打ち合い、なんとかゲットする事ができたのだった。

「良かったね、ぼうや」

「まったくだ……まお」

そして、父は、その店の店長に向かって、深々と頭を下げた。

「いきなりの相談で申し訳ない。私達親子は、実はどこにも行くあてがないんだ。いろいろと事情があってな、

母親もいない状態で……もし、もしよければ、一晩でもいいから、あなたの家に、泊めてもらいたい。

……頼む!」

「ちょ、ちょっと、やめてくれよ、こんな人ごみの中で恥ずかしいっ。あんた、私の手に指輪がないからって

独身だと思ったんだろ。確かに独身だよあたしゃ。でもさ、二人も養うなんて、とてもとても」

「それならば、まお一人でもいいっ」

「パパ……?」

「まおの今までの記憶は消していくから。せめてまおだけでも、幸せになって生きていてほしい」

「パパ……?」

まおは、父におでこへ手をあてられると気を失った。

その場に、景品の囲碁とリンゴ飴が落ちたのだった。

それは、状態の悪い泥道のような路上の上だった。

(……っ!)

父には一瞬、碁盤が泣いたように見えた。気のせいか、そこに、誰かが立っているような気がした。

(囲碁の仙女か……なるほど。下界を碁盤を通して視察していたわけか)

囲碁の仙女には、何度か対局で面識があった。かなり強く、一度も勝ったためしはない。

(あなたは、この状況を見て、泣いてくださるのか……)

それだけが、父にとって、救いだった。

たとえ、この先、自分が人間として落ちぶれようとも、まおには仙女の加護があるのかもしれない。

「あのさ、それなら、こっちも提案なんだけどさ。あんたが私が作ろうとしてる店を手伝ってくれるって

いうなら、給料も落とせるし、二人とも暮らせるかと思う。どうだい?」

「そこまでの恩義は……」

「私だって、囲碁が好きな息子ができれば、幸せっていうもんだ。……だろ?」

「恩に着る」

「その碁盤、大事にするよ。きっといつか、役に立つ日が来るかもしれないから」

「そうだな。まおの宝物だ」

すべての始まりがこの日の出来事だった。

そして、次の日からしばらく父親が行方不明になるまで、幸せな日々は続いた。

ある日、まおによく似た顔立ちの女性が、店を訪れた時に、父親はたった一つ、あの時の甚平だけを残して

いなくなってしまったのだった。

最後に、3人で撮った写真を残して。


「……あの碁盤の中にも爛柯はいたのか」

リンゴ飴を落としたのは、爛柯ではなく、自分だった。

今になると、リンゴ飴を大事そうにしていてくれた爛柯の事がいとおしくなる。

「ありがとう、見守っていてくれて。爛柯」

そうか。爛柯は、あらゆる碁盤を通して世界を見る事もできるのか。


(では? あの勝負の時も?)


どうだったろう? 画面がパソコンである場合でも爛柯は傍にいてくれたのだろうか。


(あれ……? 今度は俺が碁盤……?)


ここは、囲碁部の部室だった。おそらく自分は今、壁に飾ってある大きな検討用の碁盤になってしまっている。


(あれは、俺か……?)


パソコンの前に座り、アプリを立ち上げようとしていた。


見れば、みんなもそれぞれ同じAI囲碁のアプリを立ち上げている。


「なぁ、このAI囲碁ってすごく強いんだろ? まだ試験段階らしいんだけどさ。

もし勝ったりしたら何か起きるのかな」

「そんな都市伝説でもないこと言うなよ。まさかAIの中に取り込まれるとか?」

「どうせ、強すぎて、みんなそんなありもしない事を噂にしているだけだろう」

自分は、コウと冗談まじりに話しあっていた。

「……?」

何かが心にひっかかった気がしたが、ソフトを立ち上げる。

「へぇ。このAI、アバターがついて読み上げたりするんだ。アバターもリアルじゃん?」

さながら、見える敵と戦うような気分である。

「このアバター、かわいくないよな。なんか邪鬼っぽくねぇ? どうせなら、萌え萌え~な

キャラにしてほしいのに。仙女みたいな、さ」

コウが、落書きでノートにイラストを描いてみた。

(ぶっ……爛柯っ!?)

思えば、爛柯にそっくりな萌えキャラであった。爛柯に見せたら蹴り上げられるに違いない。

(なるほどねぇ……さすがは囲碁の仙女って言うわけか)


二人の勝負が進むのを、客観的に見つめていた。

が。まおはおかしな事に気がつく。

二人の周りに、黒い闇のようなものが現れ始めたのだ。

(あれ? こんなの、気がつかなかったぞ……?)

闇は、二人を包んで何かを盗んでいったかのように蠢いた後、パソコンの中へと消えて行った。

その後の二人は、生気を抜かれたかのように、虚ろであった。

(あ……)

見ると、爛柯のイラストの腕の一つに、黒い闇で出来たような針が刺さっていた。

(爛柯、守ってくれたんだ……ほんとは、両腕やられていたかもしれなかったのか……)

まおはそれを思うとぞっとする。

気を失った二人は、弥生と教師達に介抱されていった。

(弥生もありがとな)

まおはそれを見届ける。

(なるほど、そういう、事か。勝負の相手というのは)

まおは、途中で投了となったままの画面を見つめる。

見れば、投了のはずが、まだ試合終了にはされていなかった。

(え……? じゃあ、あの時の続きをやってみろっていう事……?)

まおは、碁盤から抜け出すと、自分の試合が行われていたパソコンの前に座る。

「なるほど、これに勝ってみせろ、っていうことか。分かったよ、爛柯」

ここからが、自分の勝負だ。

自分は、ここから超える必要がある。それだけは分かっていた。


(俺は、囲碁仙人にも向いてないかもしれないけど、俺なりに囲碁が好きという

思いを糧に、勝負に挑みたい! 何はともあれ、あの頃の自分に、勝ちたい!)


自分の中で、止まっていたままだった時間が動き出す。


「待っていろよ、爛柯!!!!)


まおにはもう、迷いがなかった。

全身全霊、囲碁にかけるしか、なかった。


(……)

西王母は、その様子をこっそりと遠くからまおに気がつかれないように見守っていた。

(血は争えないものですね、あなた)

西王母はそっと目を閉じる。

(あなたの力が消えてしまった日に、もう一度だけあなたに会いたかっただけなのに。

因果なものです。あなたは、今、下界のどこに、いるのです……?)

最近、爛柯達の言う、いわゆる『邪鬼』なる存在達が騒めいているのも気になっていた。

おそらく、やつらは仙界・下界ともども、乗っ取る気なのであろう。

(まさか、あなたの仕業じゃないですよね……あなたの、囲碁に対する無念さが引き起こしたのだと

したら……悲しい、ことです)

せめて、世界に助力はしよう。それが世界に対する自分の責任だ。


「それにしても。こっちの惨状は、まおに見せられないですね、爛柯。二人を離しておいて正解でした」

西王母は爛柯の方を見る。

「まさか、VRでの囲碁試合をするというのに、VR酔いがひどいだなんて、仙女として失格ですよ、爛柯」

爛柯は、長いひもに縛られて、宇宙飛行士も真っ青になるほどの、空中浮遊大回転を何回もさせられている。

「さっき食べたばかりの饅頭がぁあああああ……喉元にまであがってくるぅううううううーーーーーー!!!!」

「やれやれ。これは、まおに頼るしかないかもしれませんね」

せっかく実力があっても、本番で発揮できなかったら水の泡である。

「アプリの改良の方はとっくに終わっているというのに、情けない。私はゆっくりと、

まおの新しい衣裳でも作ってることにしますよ」

西王母は、自分の部屋へと戻るのであった。


(……)

爛柯は、西王母がいなくなるのを見届けると、こっそりと意識だけまおの様子を見に行くことにした。

(なるほど、順調にいっているようだな)

爛柯は、集中しているまおの様子を確認するとほっとした。

ついでに、部屋の中の自分に似たイラストにも気がつく。

(これは、コウか? 弥生か? ま、コウだろうな……それにしても、この時に刺さった針が

あの時の試合に表出していたとはな)

下界と仙界……いや、宇宙の全ては爛柯につながっていく。

(私は、君を、守ってやれていた、というわけか)

それにしても、気になる。まお達が使っていたというアプリ。

「AI囲碁名は……邪棋王か……これはまたすごいネーミングセンスだな」

弥生が好きそうだ。

なんとなく、暗黒囲碁協会、と通じるセンスを感じる。

(まさかねぇ。みんなも気にしてたけど、やはりこのソフトを母体にしているのかな。

えーと、パッケージはあるかな?)

捜してみると、すぐ後ろのテーブルの上にあった。

「開発者名でも分からないものかな。……何々? 開発者……天元ハザマ……ん?

天元? 天元、だと!?」

天元という名前自体、珍しい。おそらく、下界に降りる時に自らつけたものなのかもしれない。

(そうなると、まお……君は、父親が開発したソフトに打ち負かされた、という事か)

なるほどなるほど、と納得する。すべてがつながって来るわけだ。

しかし、まおも、開発者名ぐらいは確認しておくべきだ、と飽きれる。

作った父まであきれると思うぞ。

まぁ、本人は、試合で負けて、確認し直す余裕もなかったのかもしれないが。


爛柯は、西王母に見つかるまで、真央を見守る事にした。

もし、また、何かまおに危機が訪れたとしても、すぐに助ける事ができるだろう。


(あれ? あの碁盤は……?)


爛柯は、まおの近くに立てかけられた碁盤に気がついた。


(これは、覚えがある……まさか、あの時の?)


あの時、自分はこの碁盤に宿り、世の中を視察していた。そうだ。そこで、あの事件があったのだ。


(大事にしてくれていたのか。ありがとう……)


もしかすると、守られていたのは自分の方かもしれない。


(そう言えば。下界に来てからあまり視察の力は使っていなかったな。それに、あのVR酔い……

もしかして、自分の力も弱まって来ている?)


黒石がない分、力が出せにくいというのもあるのだろう。


(私、ここの世界で、人間になってしまうんだろうか……いや、人間になれるならまだいい)


爛柯は、ふと、部屋の中に書けるものがないか探した。そして、おもむろに、自分の名前を裏面に書く。


(これで、よし、と)


いつか、まおが、碁盤の裏の文字に気がついてくれれば、それでいい、と思うのだった。


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