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仙女の碁盤!  作者: あべもちけい
11/19

第11話 仙界✕囲碁

「みお副店長、しばらく、まおを借りていてもいいですか?」

爛柯は、まおのえりを掴みながらずるずるとみお副店長の前に連れて来た。

「へぇ? デートかい?」

「違いますっ!!!!」

爛柯は盛大に否定する。

「一応、仙女の碁盤をVR対応できるように改良したいのと、まおにも

少しは囲碁の修行をさせて来ようかと」

「うーむ、やはり、世界への挑戦は遠いかね」

「やはりとか言わないでくれよ……」

まおは項垂れる。

「せめて、全員みお副店長に勝てるぐらいには底上げをしたいところだが、時間も

あまりないだろう」

「そうだねぇ。予選は来月からだし、少なくとも二週間ぐらいしかないかもね」

「まず、予選も通らない事には」

「確かに」

実戦経験がないチーム、というのもネックだ。

「まずは、私を倒せるようになってから、だねぇ。目標としては」

「そうなって来る」

そこからスタートだ。それすらできなければ、世界を守るとかなどは言えまい。

「何日ぐらい?」

「そうだな。こちらの世界での、一週間といったところか」

「むこうだとどのぐらいになるんだい?」

「とりあえず、時間間隔はないに等しい。基本、体感時間が主流だからなぁ。不老不死が基本のような世界だし」

「さすが仙人のおわす世界だねぇ。でもさ、まお達に聞いた分には、爛柯ちゃんが直接この世界に

干渉はできないのかい?」

「”棋譜並べ”の棋譜に干渉できない事と同じ事です」

「あー、確かに……検討はできても、っていうところか」

「一度対局した棋譜の配置は、永遠に変える事ができない。他の碁盤で違う棋譜を生み出せたとしても、

それはもやは、新しい棋譜だ」

「それはそうだねぇ」

「だが、棋譜並べは、やる度に違う感想を持つ事ができる。視点の変化や、自分自身の進歩とかで」

「確かにねぇ」

「ということで、その間は、みんなの実力アップを頼みたいんだが」

「任せときな。確かに、大勢で押しかけたら、爛柯ちゃん自身が面倒見るのも大変だろうて」

「まおは、おそらく、将来的には仙人になれる素質を秘めている。まぁ、囲碁専門の、だがな」

「囲碁仙人、ねぇ……せめて、専任、じゃないかねぇ」

「たぶん、私の助手ぐらいにはなれるのではないかな」

「ちなみに、囲碁仙人って今はどのぐらいいるんだい?」

「私の把握している限りでは……私のような碁盤管理者を除けば、せいぜい10人程だろう」

「プロ以上に難関だねぇ」

「自分の実力もさることながら、囲碁に対する姿勢とか、それから、世の中がどう評価するか、も

関わって来るからな」

「仙人ってそんな感じだねぇ」

「ここ1000年ぐらいは、仙人になれたっていう囲碁の棋士はあまり聞かないからな」

「現実世界じゃ、将来の就職先、囲碁仙人って書けないのがおしいねぇ」

「そうだな。ある意味仙人は、金銭も不要となって来るからな」

「うらやましい限りだ。そんな世界で暮らせるものなら暮らしてみたい、っていう輩はいっぱいいるだろうにねぇ」

「その代わり、自分自身が囲碁に興味なくなったとか、悪い事をするようになった、となったら、

途端に仙人の地位も剥奪だ」

「爛柯ちゃんが剥奪されないでいてくれて良かったよ」

「ありがとう、ございます」

「まお、しっかりと勉強して来るんだよ? 一日でへたれるんじゃないからねっ」

「……へいへい。行ってきます」

「行ってらっしゃい」


みお副店長は、爛柯とまおがその場からいなくなったのを見届けると、部屋の隅に飾ってある、

まおの両親の写真を見つめた。

「これも、因果かねぇ。あの子が、仙界に戻るってよ」

なんと、まおの母親は、西王母とそっくりであった。

「まさか、父親も、元仙人だ、なんて言えるわけがないよね」

それも、仙人の地位を剥奪されて、人間となった。

「爛柯ちゃんが、まおの顔を見て何も言わなかったという事は、面識はなさそうだけど、

母親には何か言われそうだねぇ」

万が一には、店を畳む決心もしなければならない。

あの子が仙界に選ばれるとしたなら。

(ま、あの二人、お似合いだからねぇ)

みお副店長は、少し寂し気に微笑む。かれこれ、10年ぐらいはまおの面倒を見て来た身だ。

「いっそのこと、爛柯ちゃん並みに強い、ハイパー仙人になって帰って来てほしいね」

みお副店長は、しみじみと、上を見上げるのだった。


「そうですか。思い出されましたか。爛柯様」

仙界に戻ると、驚く事に西王母が両手を地面に着き、深々と座礼をした。

「え、ちょ、やめてくださいよ、西王母様」

「いえ。こちらこそ、今まで部下としてこき使ってしまい、申し訳ございませんでした」

「……いや、こき使われてはいましたけど。上司である事は変わらないでしょーに」

「でも、この世界の理である事は否定できません」

「まぁ、たぶん、私の方が、年齢はいってるのかもしれないけどさぁ」

見かけとしては、西王母の方が年上に見える。

「いえいえ、それほどでも♪」

「いやいやいやいや」

なぜか火花が飛び交うのが、まおには見えた。

「あのー、俺はどうすれば」

「そうだった。西王母様に紹介したいんだが、下界で、囲碁好きな若者達に出会って、

黒石の回収もそれに向けてパワーアップさせていく事になった。世の中も、携帯アプリでは

対応できないという事も分かったんだ。それで、アプリをアップデートしたいと思っている」

「下界的に説明すると、アプロを携帯だけじゃなくて、VRやPCにも対応できるようにしたいっていう事だな」

まおが、分かりやすく説明し直してみる。

「なる……ほど?」

その説明ですら、西王母には難しいようだった。

「ようするに、この世界の中で囲碁を打っているような感じにしてほしいんだが」

「それなら、すぐにでもできそうですね」

「できるのか?」

「最近、仙界には、人間以外の存在も現れ始めています。おそらくは、下界で言う所の、

AI囲碁というものなのでしょうが、そちら達の方が、ある意味人間よりも先に

仙界入りしようという勢いですね」

「そのAI囲碁達に、人になりそうな可能性ってあります?」

「うっすらと、そのような可能性は生まれて来ています」

「……もしかして、黒石を奪っていった邪鬼が、そのAI囲碁達だとしたら」

爛柯は、可能性を考えた。

「その、アバターとかだったか? それになったAI囲碁そのものが、黒幕という可能性もあるな」

「確かに、AIは疑似性格のようなものを持つようにもなって来ていますね。もし、AI囲碁に

人格が生まれたとしたら、それこそ大変だ。もしかすると、人類はそいつらに支配される可能性だってある」

まおは、以前戦ったAIの強さを思い出して震えた。

「なるほど。それらに打ち勝ちたいということですね、あなたは。名を、なんと言いますか?」

「天元まお、です」

「まお……」

西王母はまおをじっと見つめた。二人して名付けた名前を、忘れるわけがなかった。

「まお、と言う名前は、弘法大師の俗名に由来します。彼のように立派な人間になってほしいという

願いをこめて、名前を授けました」

「え……?」

まおはきょとんとした。なぜ、自分の名前の由来を、この人は知っているんだろうか、と疑問に思った。

「確かに亡くなる間際、弟子達に、囲碁を禁止したりしたようですが、囲碁をたしなむ人でもあったようです」

「……なぜ、それを」

まおは絶句する。幼い頃の記憶はもう、おぼろげであった。

「あなたもまた、仙界の血を引く人間なのですよ、まお」

「え……? え?!?!」

まおは、爛柯と西王母を交互に見つめる。

「じゃあ、親父……は?」

「もともと、この世界で仙人を務める者でした。ですが、仙人としての地位を剥奪され、人間界へと

堕ちます。本来、仙人と仙女はお互いその務めるものをまっとうする為、恋愛沙汰は禁止となっておりました。

ですが、対局中に、二人は恋に落ちてしまった。本来は、私も剥奪される立場だったのですが、

さすがに西王母という立場はなかなか地位を剥奪できないものだったのでしょう。

下界に、5年ほどいたに留まりました。あの人の行方は、私も分からないまま」

「……じゃあ、みお副店長は」

「その時にお世話になった方です。あの方は、身寄りのない私達の面倒を見てくださいました」

「……じゃあ、俺は……」

そう言えば、あの小さい頃の夏祭り以降の両親との思い出が、なかった。

「父さんはずっと、行方不明のままなんだ。その……その話が、本当だとしたら、仙界にも

父は戻っていないんですね」

「他人行儀な言い方はしなくていいですよ、まお」

「いや、でも、仙界の偉い人みたいですし」

あわわわわ、とまおは慌てた。自分の母親だと言われると、真向かって見つめるのが恥ずかしい。

「じゃあ、まおは、生粋の仙人だったというわけか。それは驚いたな。それなら、いろいろと段取りが省ける」

「え、爛柯は知らなかったの?」

「まぁ、私も、世界の全てを把握できている訳ではないからな。私の知らない事があふれている可能性だって

これまでにもたくさんあった訳だが」

「確かになぁ……」

「何か、爛柯様が粗相をされたようですね。……爛柯様?」

「その、爛柯様、って言い方やめてください。今までどおり、爛柯でお願いします。鳥肌が立ちますんで」

「では、それぞれ、爛柯、とまお、と呼びますね?」

「私は今までどおり、西王母様、で」

「俺は……」

いきなり、母親と言うとしても実感が全然湧かなかった。何かきっかけがあるといいのだが。

「……時間かかってもいいですか? もう一人、俺には母親がいるんで。まだ、母さんって呼べないけど」

「そうですね。ゆっくり焦らず、でいいですよ。仙界の時間はありあまるほどですから」

「はい、ありがとうございます。それに、もしかすると、今回の黒石回収で、父さんの手がかりも掴める

かもしれませんし」

「なるほど、父親探しもできる、か。お互いに、手伝えるな」

「ありがとう、爛柯」

「でもって、こちらの世界で具体的に俺はどうしろって言うんです?」

「これから、お前が負かされたという囲碁の実力と同じぐらいの実力のある相手達と、置き石なしで

戦ってもらう。ある意味その相手達はお前にとって過酷な相手になるかもしれないが、その囲碁に

勝てるまで、そこからは出る事ができない。もしかすると、1000局戦う事になるかもしれないし、

一億局戦う事にもなるかもしれないな」

「あの座禅がかわいく思える程か。ネットでよくある、〇〇をしないと出られない部屋、みたいだな」

まさか、自分がその立場になろうとは。世の中、何が起きるか分からない。

「でもさ、そのぐらい突破できないと、石や回収しきれないのかもしれないしな」

まおは、覚悟を決める。

「よし、行ってこい、まお! 私は私で、アプリのアップデートの方に着手する」

「行ってこいって……へっ?!」

まおの足元に、いきなり黒い落とし穴が現れた。まおはその穴に落ちて行ったのだった。

「あなたも酷な事をしますね、あいかわらずです。囲碁の事になると容赦ない」

「まおは、もしかすると、私の後を継いでくれるかも、しれませんし」

「爛柯……あなた……まさか、この世界自体も……」

「下界に少々、足をつっこみすぎました。囲碁以外にも楽しい事があると知ってしまっては。

ま、今の所、私の場合、友情レベルではありますが」

「爛柯……」

「ま、囲碁と並行して楽しめますが」

西王母はずるっとなる。心配して損をしたのか? ただ、爛柯の事が気がかりだった。

「名局は、いつまでも残りますけど、そうでない棋譜は、忘れ去られる事や、記録に残らないものになってしまう

事も多くあります。本来なら、人が打った数だけ、棋譜は保管しておきたいものですが」

爛柯は、その場に碁盤を出現させた。

「天元、そう。まおは、ぜひ、次の新しい宇宙の、天元になってほしいものですね。私と違って、常に進歩し続ける

棋譜になってもらいたいところです」

「爛柯……あなたは、それを望んでるのですか? なんなら、まおと二人で世界を進歩させることも可能かも

しれませんよ?」

「……この世界に、下界のものが進出して来てしまうとしたら、もしかすると、仙界の終わる日も

近いのかもしれません」

「あの、AI囲碁達の進出ですか?」

「人が、人でないものにとってかわられてしまったとしたら、それこそ、新しい宇宙自体も無理かもしれない」

「爛柯……」

「せめて、この世界で、楽しく囲碁が打てる人々が増えてくれれば、それだけで充分なくらいです。

本当は」

「爛柯……」

たぶん、自分は、下界に残る事も許されないかもしれない。おそらく、世界が移されれば、自分は、

この世界から消え去るのみ、であろう。


この世界ごと。


何度もその瞬間を繰り返して来た。そろそろ、自分も、引退してもいいのでは。

ゆっくり、休んでもいいのでは、と。

囲碁を好きなままでいられるなら、それでいいのでは、と。


(まおやみお副店長に言ったら、怒られそうだな。……すまない)


「爛柯、可能性はないのですか? 神達に取り入って、あなたを神にする事だって……」

「そもそも、私、神界堕ちなんでしょう」

「爛柯……気がついてましたか」

「弥生達に、それこそ、仙女じゃなくて神じゃない? と言われた時に、気がつきました」

「爛柯……」

「私、囲碁と、それ以外の事も、掛け合わせるのが好きみたいです。弥生じゃないですけど」

「確かに、下界では、”コラボ”なる文化が流行っているようですしねぇ」

「コラボ仙人なんて概念まだありませんし」

爛柯は自嘲した。

「まだ、歴史は浅いのかもしれませんが、この先可能性はあるのでは」

「下界には、仙人すら通り過ぎて、すでに下界にいながら神と呼ばれるもの達が闊歩しているような

世の中です。今更仙人なんて、時代遅れですよ」

「あなたが、それも変えればいいじゃないですか」

「……」

爛柯には、いまだ、その方法が見いだせなかった。自分すら分からないのに、どうしろと。

まおに、託すしかなかった。


「せめて、次の世界が、いい世の中でありますよう」


爛柯は祈らずにいられなかった。何に祈るのかは分からなかったが。


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