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仙女の碁盤!  作者: あべもちけい
10/19

第10話 修行✕囲碁⁉

「ぶいあ~るとはなんぞ」

爛柯は首を傾げる。携帯自体やっと使いこなせるだけでもやっとなのだが、

VRと急に言われてもきょとんとするしかなかった。

「それなら、明日にでも持って来てあげるネ! 最新のHMD持ってるから持って来てあげる!」

「えいちえむでぃー? それもやはり英語圏の言葉か?」

「HMD、すなわち、ヘッドマウントディスプレイ! 最近は、フルトラッキングとか使えるようになったり

するものもあるから、体験して損はないよ?」

「なんだか、イネッサの家はすごい金持ちなんじゃないかって思えて来た。というか学生社長か」

「なんだったら、ゲーミングPCも持って来てあげるネ! もし長期で必要になるようだったら、

貸してあげる!」

「うわー、すごい! ゲーミングPC、使ってみたかったんだ~♪」

弥生も目を輝かせていた。

「それに、囲碁喫茶なら、インターネット囲碁対局だってやれるはずじゃ?」

イネッサはあらためてあたりを見渡してみる。

「あ、すまんね。うちの店、アナログが主流だから、パソコンはせいぜい数年前に買ったノートPC2台

ぐらいしかなくてね。だいたい、店の伝票作成とかで使ってる事が多いんだ」

みお副店長は頭をポリポリと掻いた。

「設置スペースもそれほどなさそうネ……」

あらためて、店の広さを眺めて確認する。テーブルが4つほど置いてあるだけで、所狭しな感じだ。

「どこかで、部屋を借りるしかないか。どうせならホテルの一室でも買い取りたいところだけど」

「まぁ、VRの方は、参加条件になってるから考えないといけない事としても、それよりももっと

大事なことがないかい?」

「なんだろー?」

弥生は首を傾げる。頭に鳥が浮かんでいるのが見えるようだった。

「修行だよ、修行! 囲碁の方は各々鍛えるからいいとして、あんた達、世界の強豪と戦いあえる

メンタルはある!?」

「ある。ひとまずメンタルの意味も分からなかったりするが」

「爛柯ちゃんはある意味チートだから置いておくとして。夏休み中で伸びきった脳みそを

シャンとする必要もあると思うんだが」

みお副店長は一同を見回した。

「まさか、イネッサの家で合宿とか!? 一度行ってみたかったのよねー、ロシア!」

「海外まで行けるお金がどこにある!」

「日本が会場で良かったな」

爛柯はさりげなく突っ込んだ。

「でも、修行って、囲碁の修行ならこのお店の中でもできるよ~!」

どんな修行か思いつかない弥生は、駄々をこねる。

「近場に、いい修行場所があるじゃないかっ」

ででんっ! とみお副店長は、店の壁に貼ってあったポスターを片手で押さえつけた。

「……座禅、修行……? 囲碁とますます関係ないよ~」

「座禅をしながら呼吸を数える事により、雑念をなくす。そうすると、集中力も高まる。

そして、囲碁の事しか考えなくてよくなる」

「囲碁で掛け算とかしてちゃダメなんですよね……」

「地の計算なら使えるが?」

お互い話が食い違っている。気がつかない方が身のためかもしれない。

「とにかく、世界の強豪と戦えるようなメンタルを整えないと、まず予選落ちってところだろうな」

「まぁ、一理あるな」

まおは納得した。確かに必要かもしれない。

「それにな、結構視聴者は、対局の時の姿勢だって見てるものだぞ。テレビ画面で盤面が隠れるような

感じじゃ視聴者はもや~っとしてしまうだろうな」

「いわゆる、インナーマッスルも鍛えるってことネ!」

「そう。それもある。ま、分かりやすく言えば、マインドフルネスとインナーマッスルの修行って事だ」

「私、雑念しかないんだけど、今から自信ない」

「それなら、雑念に集中するという手もあるにはあるが。どうなんだろうな? それは?」

まぁ、一人一人が、納得できるようなメンタルを手にいられれば良しとしよう、とみお副店長は諦めた。

「それに、メンバー全員で同じことをする事によって、チームワークも鍛えられるかもしれんしな」

「チームワーク、ねぇ」

まおは爛柯をジトっと見つめた。

「おい、なんだそれは。チームワークぐらいなら意味は分かるぞ?」

「先が思いやられる……」

まおは肩で溜息を吐く。一人で暴走しがちな爛柯を誰か止める人間も必要だなと思った。

自分が対応できるかどうかまではともかく。

まぁ、どうやら自分が暴走した時に爛柯が止めにかかってくれたようだから、

恩は返したい所ではある。どうやって止めてくれたのかは覚えていなかったし、みんな教えてくれないのが

謎であったが。


「とりあえず、予約が取れたら行くことにしよう。みんなの用事がない時がいい」

みお副店長はさっそく寺へ電話をかけてみた。

「え? 空いてる? 今日? えーと、あ、はい。まだ10時前だから間に合う?」

「これからかよっ」

まおはのけぞった。まぁ、予定がなかったからいいとして。

今は9時30分。着替える時間もない。

「んー今からかぁ」

「善は急げ、だ。はいはいっ!」

「座禅の間、詰碁の本は読めないじゃないかー」

コウまでぶーたれている。

「そもそも、これから囲碁で忙しくなるんだから、詰碁どころじゃなくなるだろう?」

「そ、それは早まったかもな、僕っ」

そんなコウをみお副店長はずるずると連れて行く。

「団体戦やペア碁だってこなさなくちゃならなくなるかもしれないんだぞっ」

「ぺ、ペア碁……?! 僕、女子とはっ」

「ほらほら、あーだこーだ言っているようじゃ、世界のレベルまで行けないぞっ。

正義の味方の諸君っ」

「そうだった……」

まさか、こんな事になるとは。そこまで考えていなかったのだった。


「修行ねぇ……今更修行も何もないが」

爛柯も何故か乗り気ではなかった。

「まぁ、みんなと同じ事をやってみるというのは悪くないかもな。

そういう体験は仙界ではあまりないしな」

「爛柯も、異文化体験だとでも思って楽しむといいよ。異文化体験とは

言え、私はやった事あるけどネ!」

ある意味イネッサの方が仙女っぽくないか? と思ってしまう。

確かに、現代の世界は、物質も豊だし、いろんな技術も発展し、

人々がやりたい事も増えていった。

「確かに、今の世の中は、たくさんいろいろと楽しい事が増えた。

その、ぶいあーる、とかいうのもその一つだろう。

でも、囲碁は文明がいくら発展してもなくならないのだなと嬉しかった。

あれこれルール変更とかはあるみたいだが」

「でも、不思議ですよねー。囲碁の歴史は2000年ほど、仏教にいたっては2500年ほど。

なのに爛柯ちゃんは3000年と」

コウは、修行場に行くまでの時間も惜しいと、詰碁の本を片手に歩きながら話している。

「まぁ、仏教が始まる前から仏も仙人もそれなりいたからな」

「それに、中国や韓国にも棋士はたくさんいるのになんで日本?」

「さあ、なぁ?」

そう言えば、前に思い出しかけた景色は、なぜか日本だとも感じていた。

「リンゴ飴自体も、そうそう、歴史が浅いのだよな?」

爛柯もそのあたり分からない。3000年も昔に、リンゴ飴があったとも思えない。

(うーむ)

なぜか、自分は日本の文化の方がしっくり来るような気がした。肌があうというか。

「まぁ、修行で何か分かるといいな」

爛柯は自分と向き合う事で、何か思い出すかもしれない、と期待した。

「さ、修行場についたぞ、みんな」

みお副店長は受付を済ませると、やがてやって来た僧侶に案内され、一同は寺の中に入った。

「目指すは、無の境地、か。分かりやすい」

呼吸とともに、数を数えて行き、邪念が浮かんだらやり直し。その繰り返しである。

「邪念、と言えば、邪鬼か……なぜ、人の世は、邪念が多いのだろうな。

囲碁だけやって暮らせればいいのに」

「囲碁をやるにも、今の世の中はお金がかかるよ、爛柯。いろんな対局場に行ったりしなくちゃ

ならないし、勉強する本を買うにもお金は必要だし、碁盤だってそうだ。携帯だってお金がかかる」

まおは、爛柯が暴走しださないように、助言をする。

「そうか。仙界ようにはいかない仕組みだからか。難儀な事だ」

「でもま、囲碁ができる世の中は、平和って事だろうね」

「確かに、そうかも、な」

「爛柯、自分と向き合うのが、怖かったりする?」

まおは、さっきからそわそわしている爛柯が気になった。

「3000年も生きてるからそれなりには、な」

「……」

まおは、もしかして、爛柯にとって、「3000年」という時間そのものがコンプレックスだったり

するのかな、と思ってしまった。

「ま、気楽にがんばろう」

「そうだね」

そんな自分も人の事は言えない。父と母の事。いろいろと分からない事だらけだ。

「すぅ……」

一同は、深呼吸をして、修行を開始した。


(? ここは?)

爛柯は、しばらく時間が経った後、真っ暗な空間に放り出された事に気がついた。

(暗闇?)

まるで、それは、黒い石のような黒さであった。

目が見えなくなってしまったのでは、と疑いそうになる。

地面はあるようだが、どこまで行っても闇しか続いていなかった。

爛柯はひたすら歩きだした。


「ここは、なんなんだろう。あれ? コウ、まお、イネッサもいる?」

「どうやら、謎空間に入り込んでしまったようネ! これが無の境地?」

「違うと思う。なんか変……」

弥生は人数確認をする。みお副店長はもともと参加していなかった。

「爛柯ちゃんがいないよ?!」

「何!?」

「爛柯ちゃーん、どこーーーーー? っていうかそもそもここはどこーーーーーー?!」

「まさか、”無”の境地だったりして」

「まお、こんな時に真顔で冗談はやめてよ。せいぜい、異界転生がいいんだけどっ」

「まるで、碁石の黒い色だけの世界だな」

まおは立ち止まる。爛柯がいないか周囲を見まわした。

「あれ? 地面の下、歩いているの、爛柯ちゃんじゃない? 下っていうか地面の中????」

「あ、ほんとだ」

「水中でもないのに、不思議だな。爛柯ちゃん、聞こえるー!? こっち見える!?!?」

一同の掛け声に気がつく雰囲気はなかった。

「え」

その時、一同は不思議な光景を見る。

爛柯が、その場で一つの碁盤に変化したのだった。

「何これ、どういう事?」

そして、その碁盤から、さらに不思議な変化が起きる。

なんと、碁盤の上に一つの宇宙が誕生したのだ。

「宇宙?」

「宇宙、だよね、これ……」

「これは、つまり、爛柯さん=碁盤=宇宙、ということなのでは?」

「え?!」

そのうちに、その地球が真っ黒な闇に覆われていき消えた。

そしてまた、碁盤は爛柯へと戻る。

また、爛柯は歩き出すと、その変化を何度も何度も繰り返していた。

「爛柯ちゃんを止めてあげないと! 彼女、泣いてるよ!?」

「ほんとだっ」

「でも、ここからはあっちに行けないっ」

まおは考える。

「もしさ、ここが本当に”無の境地”ならさ、そこを超えるには……」

「やっぱ、それしかない?」

「それしかないんじゃないか?」

どうやら、考えた事は、一つのようである。


「俺達は、囲碁が好きーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

その瞬間、堺がなくなり、一同はいつの間にか闇が溶けた光の中へ、落下した。

「爛柯ちゃん、大丈夫!?」

「え、みんな!? どうしてここに?!」

爛柯は驚いて前を向く。

「爛柯ちゃん、助けに来たよっ。ずっと、碁盤と宇宙と爛柯ちゃんの繰り返しだったから

不安になっちゃったっ!」

「なるほど、やはり」

「やはりって言うと……」

「この世界としての宇宙は一つの碁盤であり、その一つの碁盤とは、私なんだ」

「それってつまり、爛柯ちゃんは仙女じゃなくてそれこそこの世界の神様って事にならない?」

「いや、そうでもない。私はおそらく、生まれながらに仙女なのだろう。

私は、自分の年齢が3000年と言っていたが、おそらくは、もっと年齢はある気がする。

何度も再生されていたからな」

「それってつまりどういうこと?」

「みんなだって、棋譜並べをしたりするだろう? 勉強のためとは言え、何度も何度も。

そのたびに、その棋譜の中の心象世界は繰り返されていく。なんども世界を再体験しているのだよ、

君達も」

「確かに、棋譜並べだけじゃなくて、詰碁にもそういう感覚はあるかもしれないな」

コウは頷いた。

「私の場合は別として、みんなにも似たり寄ったりの能力はある、という事だ」

「まさしくそれが、VRの感覚ネ!」

イネッサは興奮しながら言う。

「なるほど、こういう感覚なのか……なら、仙女の碁盤を、HMD用にアップデートするのも手だな」

「あ、爛柯、学習能力高すぎ」

「私は、たぶん、囲碁で戦う為に、この世界の事をいろいろと知らなくてはならないかもな。

そしておそらく、あのリンゴ飴の記憶は、何度も繰り返し追体験した『今』なんだと思う」

「なるほど。俺達は、まさしく、爛柯の打ちだす一手の一つの石なんだな」

「なら、私達も、爛柯ちゃんを守る為に、世界を守る為に、ますます囲碁力つけないとだね!」

「相手がどんな作戦で挑んで来ようとも」

「爛柯ちゃんから、世界の真実を知ったからには、頑張らないと!」

「不甲斐ない管理人ですまない」

「どうせなら、この世界を、爛柯ちゃん色に染めちゃうぐらいの勢いで!」

「囲碁でしか人生を決められない世界にするとか?」

「それはそれでありだな」

コウは鼻息を荒くした。

「チームワーク、というのはこういう感じでいいのか?」

爛柯はみんなを見渡す。

「合格、じゃないかな」

「うん、私達もそう思う」

「意義ないネ!」

「じゃ、そろそろ『今』に戻ろう」

「うん!」

一同は、修行終了の合図とともに目を覚ます。

「足がしびれてる~!」

「僕なんか、立ち上がれないですっ」

「爛柯、大丈夫か?」

「問題なさそうだ」

「まさに異文化交流だったネ!!」

それぞれ、立ち上がった。

「おや、あんた達、いい顔してるじゃないかい。なんかあったのかい?」

みお副店長は、自分が思ってもいなかったぐらい、彼らの表情が晴れ晴れとしている事に驚いた。

「とりあえず、俺達はみんな、『囲碁が好き』っていう境地に辿り着けたようだから」

「なるほどね。ま、それが、一番だろうね。私も参加すれば良かったかなぁ」

一同を、羨ましそうに見つめた。

「みお副店長、これから、私達一同、イネッサのホテルに行って、VR囲碁の特訓をする事にします。

爛柯もやりたいって言うし」

「いいじゃないか。やる気があるうちにがんばって来な。こっちの方は参加の申し込みをしておくから。

それと」

みお副店長は、一同を両腕で抱きしめた。

「あんた達、最高のチームになったみたいだから、副店長、お昼おごってあげちゃう!

カツつけよう、カツ!!」

「やったぁー!」

一同は、喜び合うのだった。

(私は、この世界に対して、責任を持たなくちゃならないな。みんなを守らなくちゃいけない)

この「業」から、いつしか抜け出す事はできるのか、と爛柯は思う。

ただ、その「業」が、「囲碁が好き」という想いで作られた世界だとしたら……

因果なものだ、と思う。

たぶん、自分は、囲碁を嫌いになる事なんてできやしないだろう、と。

一度、西王母と話しあう必要があるな、と思ったのだった。



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