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プロローグ
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辺りは、むせかえるような芳しさに満ちていた。
夜。
生命が眠りにつく夜。深い静寂が帳を下ろす場所である。
ぐるりと囲むのは、真っ直ぐにそそり立つ針葉樹の群生。
天空の闇にぽっかりと穿たれた穴。
そこから覗く銀と青の月が、ひっそりと魔が刻の光を落とす。
紅。
血のような紅。
そこを埋め尽くすのは、見事に非の打ち所のないまったき紅だった。
月光に浮かび上がる、どこまでも深い紅が、闇をも侵食し、木の影を覆う。
少年は、その中に一人立っていた。
指先ひとつ動かすことなく。紅の繚乱のみを瞳に映し。
少年は、影のように、ただそこに立っていた。
静かな、静かな、刻が流れる――――
光すら沈黙する世界。
闇の獣をも退け、蠢くものなど何もない。
何もない、はずなのに――――
確かに、少年は感じていた。
血と肉に飢えた気配を。