第一話 アカネと朱羅
人の住む地上の遥か上を龍は飛んでいた。
1人の少女を乗せて。
少女は鮮やかな赤い髪に黒曜石のような真っ黒の瞳を持った綺麗な顔をした少女だった。
「朱羅…私たちは、今どこに向かっているんだ。」
「さあな…。お前はどこに行きたい、アカネ。」
少女の名はアカネといった。
龍の朱羅と共に旅をする、うら若い少女であった。
長らく2人で暮らしていた洞 穴を離れ、旅を始めてまだ何ヶ月も経っていない。
ただ2人で遥か上空をゆったりと漂い、どこに行こうかと話しているだけに時間を費やしていた。
ふと、朱羅が呟いた。
「あそこはどうだ。城壁の高い、中々堅 牢そうな都だ。」
「…ああ、それならもう降りた方がいいだろう。朱羅の姿が見られては、追い返されるだろうから。」
アカネの声に「もっともだな。」といい、朱羅は地上へと降り立った。
アカネが朱羅から降りると、朱羅の姿が幻影のように歪み暫くするとそこには人間の青年が立っていた。
アカネ同様鮮やかな赤髪で、その瞳も炎のような綺麗な朱色をしていた。
まあつまりこの青年が朱羅の人間の姿なわけだが、実に鮮やかな変化の術である。
目当の都まで歩きながら2人は上空にいるのと変わらず、のんびりと話していた。
これからどうするのか、都で何を食べようか…など
珍しいものを見るように辺りを見渡していたアカネだったが、
「ところで朱羅、私は人間の言葉は苦手だぞ。」
思い出したようにそういった。
朱羅はアカネの頭を撫でながら、なんでもないように言った。
「アカネは話さなくていい。俺が話をする。」
朱羅自身、しばらくぶりに話す人間の言葉に緊張しているのだが、アカネには悟られぬようにあくまで平然として見せるのだった。
そうこうしているうちに都の門の前にたどり着いた2人は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
アカネにとっては初めて、朱羅にとっては久しぶりの人間の都だからだ。
入るのに躊躇い、顔を見合わせてどうしたものか、と悩んでいると
『おふたりさん、旅の方かい?』
話しかけられたことに若干安堵しながら、朱羅が口を開いた。
『ああ、そうだ。入りたいんだが、いいだろうか。』
『おお!もちろんだよ。身分証はあるかい?』
『…実は、どこかに紛失してしまってな、どうするべきだろうか。』
無表情を貫き通す朱羅だったが、内心はものすごく焦っている。
身分証の存在を全くもって忘れていたのだ。
朱羅が焦っていることには気が付かず、門番は朗らかに言った。
『無いのか。それじゃあ、入国料は5ゼドだ。…ん?そっちもチビ助のも合わせんなら、10ゼドだな。』
『…ゼド。』
そして朱羅は再び気がついた。
それもかなり重大なことに…。
「金など、持っていないぞ…。」
あいかわず真顔でそう呟いた。
黙った朱羅を見て門番は不思議そうに首を傾げた。
表情は変わらないが、どうやってか焦っているのを感じ取ったアカネが、ジャラジャラ鳴る袋をどこからか取り出して、朱羅に手渡した。
そして、
「朱羅、必要なのはこれだろう。貢 物の中に入っていた。」
「よくやった。中に入ったらなんでも好きな物を食わせてやろう。」
「さすが朱羅、分かってる。」
門番に分からないように龍語で早口で話しながら、入国料を支払う。
『おふたりさん、身分証ならギルドで発行できる。色んなギルドがあるから、見て回ってみるといい!』
手を大きく振りながらそう言ってくる門番に軽く手を振り返しながら2人は都へと足を踏み入れた。