電話の向こうへ 【2】
二つに割れ、地面に落ちる扉。
二つに割れたかと思ったのと同時に強風が教室全体を包み埃が舞う。正直、この舞う埃が嫌いだからあまり使いたくないという気持ちは、恐らく少しは存在していると思う。
「これが学園事件を生き残った能力……恐ろしいな」
男は地面に落ちた扉を眺めて呆気な状態で呟く。それもそのはず。遠隔で扉を切断できるということは今自分のことも切断できるからだ。
実際に私のこの能力は、男のことを今すぐにでも切断することは可能だ。しかし、それをしないのはさっき男が提示していた私が欲している使い方の提供だ。
提供内容が思っていたより私の意志に沿っていなかったりすれば即座に足先を切断して捕獲する。痛々しいがそこは我慢してもらうしかない。だって逃げるかもしれないから。
「私の異能は見せたぞ、次はお前の番だ」
私は硬直をしていた男に対して催促を掛ける。異変というモノの可能性があると言っていたからには早く帰りたいものだからな。
「わかっている。しかし、俺が話し終えた途端に攻撃してこないように先に仕掛けさせてもらう」
「先に仕掛ける?」
「別に危害を加えるわけではない。少し待っていて欲しい」
男はポケットから指輪を取り出し右手の人差し指にはめた。その指輪は黄金色に輝いたトパーズに見える宝石が印象的だった。
男は指輪をはめるとニヤッと笑っている。男が指を付けてニヤニヤしているのは正直気色悪い。それも、この状況でしているから尚更気色悪く感じた。
男は右手を地面に付けると、床は激しく振動し揺れ始めた。
バランスを保とうと近くに置いてあった机にもたれかかるように押さえつける。危害は加えないと言っていたが、その地震を発生させたことによって校舎が崩れたり、蛍光灯が落ちてきたらどうするつもりなのか。
男の方を睨みつけようと見ると、地面から天井まで茶色の壁に覆われていた。
そして数秒後地震は止み、男の声が壁の向こう側から聞こえてくる。
「長く待たせてすまなかったな」
「準備はもう出来たようだな」
「あぁ、では欲している使い方を説明しよう」
私は固唾を飲み込んで男の次の言葉を待つ。私が欲している使い方が今から教えると言われると嫌でも緊張してしまう。
しかし、男から飛んできた言葉は十二個の数字だけだった。
その番号は特に思い当たる規則性はなく、何の数字か見当も付かない。しかし私が求めている使い方ではないことに少し突っ込みたくなりつつも、その数字の解説は無いのかと男の続ける言葉に耳を傾ける。
「この番号に黒電話で電話を掛けろ。そうすればわかる」
「その番号に掛けても私の求めている結果にならなかったら?」
「……臆病だなお前。肝心なところで臆病になる癖があるな。だからこそ生き残れたのか」
自分でも今の自分が臆病なことぐらいわかっている。声が震えそうになるのを抑えながら震える肩を押さえつけるように話している。
壁で男がこちらの事を視認できないこと、少しの音なら聞こえないことをいいことに深呼吸をさっきから何度もしてしまっている。その深呼吸によって吐き出される息も震えている。落ち着けよ本当に。
私は右手で拳を作り強く強く握り、無理やり全ての震えを止め話す。
「臆病さ私は。重要な所でいつも一人では決断して来れない、そんな人間だ。でも生き残ったからにはみんなの分も生きなければならないんだ」
「まぁ、勝手にやっててくれ。別に望まぬ結果にはならない、今のお前の様子を見ているとな」
「待ってくれ!」
声を投げつけたが返事はない、男はどこかに去ってしまったようだ。
私は独り教室で取り残される。
私の様子を見ていると望む結果になる……? 今のこの臆病な私の状況を見てか? 学園事件で臆病ながら生き残ったこの私の状況を見て、望む結果。
男の言葉ばかりを考え考察していたが、冷静に今置かれている状況を思い返すと忘れていた。この学校には三番を回収しに来たのだったのだ。
踵を返し教室から出ると、私は思い立ったかのようにある場所へ向かった。校長室だ。
偏見かもしれないが校長室には黒電話、いや単なる黒色の電話だろうが黒色のモノを置いているイメージがある。私の支部長室の電話が黒いからきっとある。いやないか。
そうこうしているうちに校長室の前に到着していた。ドアがあったはずだがドアは外されており、中の様子が筒抜けである。別に使用してはいなかっただろうが。
そしてここ特有の机だと私が思っている木製の机の上に黒電話が置いてあった。その黒電話は昔に使用されていた黒電話のイメージ通りで通常の使い方も恐らく同じだろう。
私は黒電話のダイヤルを回す。回して掛ける相手はわからないが、私が今打っている番号はさっき男が言っていた十二個の数字。
その数字を打ち終えると受話器を取り耳に当てる。
ジリリリリとベルの音が耳元で微かに聞こえ何度か反復した後ベルの音は止み、数秒空白の時間を経て、少し幼い男の子の声が耳に入った。
「……もしもし?」
その声には聞き覚えがあった。
かつて私が裏切った相手、そして私を救ってくれた相手。
ーーそして私を学園事件で唯一の生き残りとしてくれた相手だ。