電話の向こうへ 【1】
ーー目から涙を永し流している少年がいた。
その少年の腕の中には一人の幼い少女。まだ十歳という若さで目を開けることはこれからない。
終わらせたのだ、私が。私が一人の少女の人生を終わらせたのだ。決意していたことだ。しかし、気持ちが揺らぐ。本当にこれでよかったのか? 間違っていないのか? と。
でも何度、何度問いただしても、もう帰ってこない。傷はどれだけ癒えようが、魂だけは帰ってこない。だから私は、これが正しいと何度も心に言い聞かせた。そして、少年が悪だと思い込ませた。
少年は顔をぐしゃぐしゃにしながらまだ涙を流している。少女の頬に涙が何度も降り注ぎ、嗚咽が漏れる。
「……どうして、ですか?」
弱々しい、消えてしまいそうな小さな声で、少年は問いを声に出した。
「どうして」
次は嗚咽の中でなんとか大きな声を出して、少年は問いを声に出した。
「どうして!!」
最後に誰しもが聞こえるぐらい特大な声で、少年は問いを声に出した。
その声を合図に私達は少年に向かって走り出し、襲い掛かったのだ。
学園事件、それは十年前に発生した突如として全生徒が消滅した事件である。この事件は五校が被害を受けており、一七六二人の死者を出した最悪の事件である。
死者を出したかまだ確定ではないが、恐らく確定なのだろう。私が通っていた高校の事件で止まったから故の考えだった。
第五校目に被害があった高校、美重高校。特にこれといった校則がない自由な学校。金髪やら赤髪、様々な色で髪を染めている子が多かったイメージがある。その高校、廃校になったこの学校で三番が存在するらしい。
通っていた学校であることと、部隊を送ったらしいが全員戻ってこなかった事から私が選ばれたらしい。日本支部を任せられたから、それほど日時は経っていないがもう上は使い捨ての感覚で私を使ってくるようだった。代わりはいるということだろう。
校門の前に立ち、溜息を吐いた。十年も経った癖に何も変わっていない。外から見える校舎の風景も特に変わっていない。
過去の記憶が私の事を縛り付けるように絡みついてきて体が重くなる。あの時の光景、感覚が、今にも鮮明に思い出され体が震える。
「でも、仕事だから行くしかないか」
震える体にやらきゃ終わらないと言い聞かせ、私は校門に手を掛けゆっくりと開いていく。校門は重く、鈍い音を立てていた。
私は校門を開け終えると、校内に入り、三番を捜し始めた。どんな内容のモノかは不明だが、恐らく、誰だろうが攻撃的な対応をしてくるモノであることは覚悟して慎重に足を進める。校舎内に入り教室に入ると、各机の中を確認して回る。
ーーガチャ。
その時、教室の前方のドアの鍵が掛かった音がしたのはきっと聞き間違いではないだろう。そして、廊下を歩く音も聞こえていることも……。そしてーー
「誰だ」
後方のドアが開いた音が聞こえたのと同時に、私はすぐに行動の出来る姿勢で身構えた。攻撃、防御、回避、逃走、そして声を上げる。その全てが一秒でも出来るように警戒する。
ドアの方向を見ると、そこには一人の人間が立っていた。背の高い、鋭い目をしている男だ。
「そんなに言わないでくれよ、急に反応してくるからびっくりしたじゃねぇか」
「それはすまない。それで君は誰だ、部隊の者ではないように見えるが?」
「そういうお前も部隊の人間じゃねぇな?単独で、どこか慣れている……。そうかお前、あの事件の生き残りか?」
あの事件とは恐らく学園事件の事を言っているのだろう。しかし、生き残りがいるという発表はどこにも流れていない情報だ。どこで知った?
いや、それより向こうも単独で閉鎖空間を作り出そうとしていることは、腕に覚えがある者。それか異能を持っている人間か?わからないが、兎に角間違いなく危険な状況ということは体が教えてくれる。
「……だんまりか。まぁいい目的は果たした、しかしもし生き残りとしたら興味深い。少し異能力を見せてもらおうか」
「……異能力を見せることによるこちらにメリットは?」
慎重に答えを誤らないように、男に対して刺激を与えないように考えながら会話する。少しの沈黙を演出の一つとして。
すると、男は何か考えるような素振りをしてから、人差し指を立てながらゆっくりと口を開いた。
「では、君たちが探しているモノの能力とアナタが欲している使い方を一つ。それでどうかね?」
ふむ、悪くない話だ。
犠牲者は言わずもがな、何が起こるかわからないモノの特性を怯えながら実験する手間まで省ける。
それに私が欲している使い方、という部分も気になる。本当に私が欲している者がそこにあるのならば、確実に手に入れたい。だが確証がないためこの部分は、元からないとして支部長として考える。
考えること数十秒。
その間、緊迫とした空気感が流れ、息も次第に煩く、鬱陶しく感じてくる。
支部長としての考えなら迷わずに見せるべきだ。しかし如何せん何者かわからない人間に、こちらの手の内を見せるわけにはいかない。
ふと掌に風が当たったような感覚が起こり、それを見つめる。掌には、十年経っても忘れられない忌々しい記憶が詰まっていた。
「わかった、異能力を見せよう」
掌を拳に変え、男に告げる。
「しかし、こちらが望む答えじゃない場合、直ぐにお前を消す!」
「あぁ、分かった。まずはこちらから君達が求めているモノの説明をしよう。それは」
ーー黒電話。
ダイヤル式電話機で、ダイヤルを回して発信する機器だ。見た目に特に異常はなく新品のように磨きかかった黒が印象的だ。
その黒電話で誰かしらに電話を掛け、応答しなかった場合には特に何も起こらないが、応答した場合に能力が発動する。
応答した相手と一時間会話を強制的に行わされる。だが、その会話は実際には起こってない。
実際にはすぐに悪戯電話だと確信し電話を切る。しかし、一時間後に会話をした記憶が突如として蘇ってくる。蘇った記憶とその一時間に行っていたことは同時にこなしていたと認知している。
電話を掛けた側は、そのまま一時間話し続けることになる。強制的に電話を切ると気絶して、電話に相手が応答してから一時間ピッタリで目が覚める。
最後に俺の体感的な意見を言わせてもらうと、相手の脳内で会話してるみたいな感覚だった。
「これが能力だ」
「……理解した。つまり応答側だけ電話しながら生活する。それだけか?」
「そうだ、それだけだ。俺はまず答えたぞ、では次は君の番だ」
「……わかった」
私は前方のドアに構えた。
そして手刀の形を作り、ドアに向かって振りかぶると。
ドアが二つに割れてゆっくりと地面に倒れたのだった。