増える被写体 【2】
私は救急車を呼び、ここの職員に軽く事情を説明して後を任せ、二番の実験を任せていたのを思い出し部屋に向かう。
二番の実験は、別に池上さんが傷を負うことはないだろうと思っていたので、その場を任せてしまっていたが、冷静に考えると、同じ職員でもない人に頼んでしまって支部長としては失格だ。それに安心だと決めつけて慢心して部下たちに怪我を負わせてしまった。本当に失格だ。
私は責任を感じ、申し訳ない気持ちで足取りが重くなるのを感じた。早く移動して池上さんにお礼を言って、実験を犠牲者なく終わらせたい。しかしなんだ? 池上さんのいる二番の部屋に近づくと嫌な予感がしてそこに行くのを阻止してくる。
「あぁ、もうじれったい!」
私は足取りが重く感じることに苛立ちを覚え、声に出す。そして声に出したと同時に二番の部屋に向かって走り出す。
そうだ、一度走ってしまえばもう止まらない。一度、踏み間違えてしまったら、もう、止まらない。 二番の部屋までは走り出してみると案外一瞬だった。すぐに二番の部屋の前にいる筈の池上さんの姿を確認しようと目が動くが、二番の部屋の前には誰も立っていない。きっとトイレでも行ったのだろう。
私はそう信じ、二番の部屋の様子を覗き込むと、そこにはーー。
--二人の池上さんが倒れていた。
どうして二人も池上さんがいるのかは最早問題じゃない。どうして池上さんが中に入っているのか、ただ、その点が謎だった。
「池上さん! 私の声が聞こえますか!?」
中にいる池上さんに対して声を掛けるが返事はない。そして何かしら動いてサインも出してこない。二人いる池上さんのどちらも同じ状況だった。
ただ一つ何か動いているのは、ガラスに張り付いているさっきの彼だった。彼は外に出たそうにガラスを叩きながら何か声を出している。しかし、彼はヘッドセットを付けていないので、何を言っているか聞き取れずわからない。
池上さんが危ないし何言ってるか確かめるために、中に入るか。
私は既に空いていた扉から中に入り彼の方を見る。すると何も言わずに椅子を持ってこちらに向かって投げ、走ってくる。彼の様子は飢えている様に見え、今私の事を食べようとしているように感じた。
「やはり、何かしてくると思ったよ!」
右腕を振り、その反動を殺さずにジャンプし、左足で椅子を蹴る。すると椅子は大きな音を立てながら壁に当たった。
既視感があったからといって真似たことを少し後悔した。後片付けが必要になったからだ。
池上さんは殴打によって病院に運ばれてから数時間で息を引き取った。
彼が持っていたメモ帳を頼りに今、部下と共に二番の特異性の解明に勤しんでいる。病院で。
「休暇を取っていいと言ってたのに結局、ここでも仕事をすることになるんですね」
「そう言わないでくれ安藤。私一人じゃ正解かどうかわからない、だから君達と考えることによって確実な物にしたいのだよ」
私は目を瞑って、二番の事について考える。二番の実験は最終的に一回しか行っておらず、それのせいか情報が明らかに少ない。それは一番の実験を終わらせるために、多数の犠牲者を出してしまったからである。その点に関しては少し反省した。
数分沈黙の中、考察を脳内で巡らせるが、これといってハッキリしない答えだけが浮かび上がる。それらしい答えに辿り着いたと思うと、どこか納得できない。
「黒川支部長、携帯、さっきから鳴ってますよ」
「え、あぁ。すまない。少しだけ電話に出てくる」
自分が思っていたよりも集中していたようで、ポケットに入っていた携帯電話の着信に気が付いていなかった。それを安藤が、私の事を軽く揺らしながら報告してくれたのだ。
私は病室から廊下へ出ると、携帯電話を見る。そこには相変わらず『上』としかわからない者からの着信。しかし、少し着信から時間が経ちすぎてしまったのか着信は途絶え、メールが届いていた。
探索者によって三番の位置が判明した。場所は『学園事件』の五校目、つまり、君の通っていた高校だ。その場所はもしかしたら『異変』が発生している恐れがある。くれぐれも三番の異能、特異性が判明する前に壊さぬよう留意して回収しておけ。
「私が通っていた高校……また、あの場所に行かなければならないのか」
嫌でも思いだされる記憶が脳内に響き、辛い記憶の部分が私の目から涙を流させた。特に意識などはしていなかったが、その涙を拭いて深呼吸する。勝手に深呼吸した自分自身の行動に決意を思いだし、息を吐き病室に戻る。
ーーこの学校自体、別の空間……いや別の次元、とかだったりするかもしれねぇな。
私が覚えてる限り、あの事件の中で最初に信じてた者の考察だ。その者の言葉が今、鮮明に思い出される中、二番の事と私は重なって見えた。
「もしかしたら二番は、別の次元を認知させるカメラかもしれない」
「別の次元ってどういうことなんですか黒川支部長」
彼は最初にレンズを覗きシャッターを切った。その時に一瞬移るブラックアウトの影、それが特異性を起こしているのであろう。シャッターを切った時に映る影を見た者は別次元の世界、いや、我々がいる世界に酷似しているが、微妙にズレている次元の世界と今自分がいる世界を同時に視認することになる。
まず、彼は現実世界のリンゴか別次元のリンゴかは不明だが、それを食べ消費した。それによって方世界しかリンゴが存在しないことになる。それは理なのかわからないが許されないことなのだろう。だから周囲にいた者によって方世界のリンゴを消費させようとした。その時、周囲にいたのが彼と池上さんだ。その結果二番の部屋に入り、彼によって殺害させられた。その後、部屋から脱走しようと試みたが、別次元の扉から出ようとして失敗。これが私の考察だ。
「で、どうだ?君達の意見も聞かせてほしい」
「信じにくい話だけど、ありえますね」
「その考察が一番可能性として高そうですね」
「では、この線で上に報告しておく。次の仕事の依頼はまだ届いていないから、ゆっくりと休暇を取っていたまえ」
手を振りながら部屋から出ると会社に向かって歩き出す。その足は駆け足で直ぐに会社に到着し、上へと報告書を作成、提出した。
収容何度『一』危険度『二十』とさっきの内容と共に送ると、名前を付けなければいけないことを思い出し、考察を振り返る。いや、考察なんて重い考えじゃなくてもいい。もっと簡単に私は名前を思いついた。もしかしたらあのカメラで撮影したことによって次元が増えたかもしれない、だからこそ『増える被写体』と私は名付けた。
私は時計を見た。時間は十五時を指している。まだまだ昼時、三番を今から取りに行くことを上に伝え、私は会社を後にしたのだった。