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異能管理職  作者: 秋
3/9

増える被写体 【1】

 複製されたように、一番と同じ様に部屋の中央に置かれている机と、部屋の隅に作業用で設置された机と椅子。そして中央の机の上に一台のデジタルカメラが置いてある。この部屋と一番の部屋を比べると酷似しているが、一つ違うとしたら強化ガラスによって外から中を見ることが出来る点だ。それが二番の部屋だった。

 私は二番の実験をするべく『上』が提案してきた自由に使っていいモノ。政府に連絡して裏から根回しするぐらいのモノ。それは恐らくーー


「黒川さん、連れてきました」

「お疲れ様です池上さん。そして敬語は止めてくださいよ」

「いやぁ君も、今じゃ日本支部の支部長だろう?仕事の初対面ぐらいちゃんと敬語を使わんとな。切り替えがちゃんと出来る男はモテるらしいしな」


 池上さんは何も残っていなかった私を、仕事に就くまで支援してくれた恩人だ。今は『上』の部下になったらしい。

 池上さんと軽い挨拶をしていると、後ろから一人の男性がトボトボと、重い足を引きずるように歩いてきた。その男性はこちらを少しの間見つめると、池上さんの隣に立ち、地面を見つめている。その男性の目には光が見えなかった。


「正直、君はこの手をこんなに早く使うとは思っていなかったんだがな」

「本当に守りたいモノを守るには、何かを切り捨てなければならない。それはとても残酷なことだけど。あの時、一人の男の子が教えてくれたことです」

「得るためじゃなく?」

「本当に得たいモノは守りたいモノだよ。守りたいモノこそ得たいモノだ」

「それは仕方ないな、じゃあさっさと終わらせちゃおうか」


 私はカバンからヘッドセットとリンゴを取り出し、名も知らない彼に渡す。彼はそれを受け取ると中に入り、カメラの前で止まる。恐らく指示を待っているのだろう。

 あのヘッドセットは、私が今持っているスピーカーに繋がっていてヘッドセットに付属してあるマイクに話すと聞こえる仕組みになっている。勿論、こちらが用意してあるマイクを通じてヘッドセットに音声が聞こえる仕組みになっている。

 そして私は彼に指示をした。

 そのカメラでリンゴを撮影しろ、と。

 彼はリンゴを机の上に置いてカメラを持ち上げてレンズを覗く。しかし、デジタル式のカメラを使用したことがないのか、少し扱い方に数秒試行錯誤したかに思うと、使い方を理解したようでレンズを再び覗いた。

 ーーカシャっとシャッターの切る音が、スピーカー越しでも確認できた。

 ガラスから見たところ、特に変化らしい変化は外から見てもわからない。仕方なく、中にいる彼に質問を投げる。


「どうだ?なにか変化はあるか?」

「リンゴが、二つに見える」

「だが実際に我々の目からはリンゴは一つだと視認しているが?」


 横から池上さんが勝手に質問する。

 確かにどうやって見てもリンゴは一つだ。渡したのも勿論一つ。これが二番の異能、特異性なのか?

 そして彼はこちらを見ると何か驚きの声を出し、指をこちらに指しながら少し言葉を詰まらせながら話した。


「いや、リンゴだけじゃない。お前らもだ。お前らも二人、いる、ように俺は見える」

「池上さんと私で二人ということか?」

「いや、お前らそれぞれ二人いるぞ! 声も二重で聞こえる!」


 彼は段々冷静を取り戻したかと思うと、次は突然怯え、声を荒げだした。そして腰が抜けたように尻餅を付き、息も荒げる。


「こっちを見ないでくれ! なぜ見るんだ! 早く向こうを向いていてくれよ!」

「で、どうするんだい? 黒川支部長さん」

「まだ観察ですね。まだ発見されてない異能、特異性がありそうですし」

「だそうだ。もう少し見つめられることになると思うからリンゴでも見ていろ」


 数分経過しただろうか、特にこれと言って変化はなく、彼がずっと座りながらリンゴを見つめているだけだった。その彼を観察しながら私はメモに軽く内容を記入し、池上さんは退屈そうに見ていた。

 そして記入し終え彼のことを観察すること数秒、どこからか駆け足でこちらに向かって走ってくる音がする。実験が終わった安藤か、この施設の者が何か用かのどちらかだろうと予測し、目を離さずに耳を立てていた。


「黒川支部長!」


 叫びながら来る安藤の声。安藤が来るなら実験終了の報告だと思っていたのだが、その声は何か予期していないことが起きて私に指示を仰ぐ、そんな声に聞こえ咄嗟に振り返る。

 簡潔に事情を聞き出そうと安藤を見てみると、顔は少し青ざめていて少し怯えているようにも見えた。そんな安藤に状況を聞こうと質問するが、案の定、状況は答えてくれなかったが、安藤が何やらマズイらしい。恐らくコインの、別の能力が発動したためだろう。

 池上さんに現場を任せ、私と安藤は、階段を駆け上がった。




「俺一人になっちゃったよ、寂しいもんだなぁ。まぁ、面白そうな玩具と人形があるだけまだいいかぁ」


 俺は黒川が無意識的に、ミュートにしたマイクのミュートを解除し、人形に向かって話す。


「二つあるリンゴの一つを持ち上げられるか?」

「あ、あぁ。今からやってみる」


 人形はゆっくりと立ち上がって、机を持って息を整え、やっとリンゴを持ち上げた。たく、人形なんだからさっさとしろよこのノロマが。

 俺は、持ち上げた人形に向かって指示を出し、妄想を膨らませる。リンゴを食えとな。二つあるリンゴの内一つが食べ、無くなったらもう一つはどうなるのか。もし、もう一つが存在していたら尚面白い。それを持ち上げる時リンゴはこちらから視認できていないリンゴを持ち上がるのか、そしてそれを食べることはできるのか、食べたら二個分のリンゴが体内から発見されるのか。考えれば考えるほど楽しみだ。

 人形はリンゴを少しかじると、ゆっくりと咀嚼し、また少しかじるを繰り返す。遅い。本当にこの人形は俺が今楽しんでいるというのにノロノロとして、イライラさせてくる。


「おい、さっさと食えよ! お前は三人も殺してんだろ? それなのにこんなことでヘタるのかよ」

「……これが、今の俺の限界です」

「そうかよ!」


 呆れた、残念だ。

 こいつの事を二番の特異性と言ってぶん殴ってやりたい。でも、黒川に迷惑が掛かるからそれだけは出来ない。なんて中途半端な立ち位置なんだ俺は。

 思うようにやりたくても、黒川だけは守ってやりたい。それが俺の意志だ。それを途中で曲げるわけにはいかない。

 何分かけただろうか? 数えるのも億劫になるぐらい時間を掛けてやっと完食した。こんなにゆっくりだと黒川が帰ってきそうだな、と俺は茫然と考えていた。


「では、もう一個のリンゴも食べられるか?」

「あぁ、次は速く食べることを意識するよ」


 そんなことを言って人形は食べ始めた。始めるまでもそうだったが、先程と同じようにゆっくりゆっくりで溜息が永遠と漏れる。

 いや、待ておかしいぞ。なぜ二つ目のリンゴを食べているのがこちらにも映っているのだ。わからない。しかし、何かしらの特異性が発生しているのは明白なことだった。

 メモを取るのは苦手なんだが、仕方ねぇ。黒川のためにメモを取って報告書の足しにしてもらうか。

 俺は胸ポケットから手帳を取り出し、ペンでメモを記入していく。重要なことは後で見ても全ての内容が理解できるように書いているかだ。字の綺麗さや見やすさはどうでもいい。

 二番の特異性はまだ完全にはわかっていないが、恐らくカメラで撮ると起こるのは既にご存じだと思う。しかし、リンゴを一つ食べ終え、もう一つ食べ始める時、見えていなかった二つ目のリンゴが自分にも視認できた。

 この現象は食べている様子を見ている者だけなのか、撮影を見た者なのか。ただ、一つ判っているのは、二つ目のリンゴはーー。

 消さなければならないことだった。

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