幸か、不幸か 【2】
三日目、『幸か、不幸か』の実験は今日も続く。今日は表裏を出した場合を調べる。私の推測では相殺されて何も起こらないと思っている。しかし、何が起こるかわからないので用心する必要は大いにある。
今日から実験の成功率を上げるために、私が最初に一番を投げて表を出しその後実験をする。裏が出た場合は付与されたであろう運勢を取り払うために、当たり十個に外れ五個の抽選球を入れた回転抽選器を回す。
当たりが出た際は菓子を貰えると、頭に入れた状態で実験する。実際に用意された菓子は個人的に好物の煎餅などの和菓子である。
「黒川支部長、何回裏を出すのですか?」
「まだ七回だ。これぐらい、特異性でも能力でもない。終わるまでこの資料でも読んでおけ」
七回、抽選器で運勢は標準に戻している筈が表が全く出ない。抽選器で外れが二、三回出た後、当たりが出てくるので運勢は標準になっている筈なんだが。
隠された特異性があるのではと考察しながら、化粧品会社に勤めている設定の資料をカバンから取り出し中島に渡す。しかしホッチキスで止めてあったその資料は、突然ホッチキスが外れバラバラになっていく。恐らく一番を使用した後、抽選器を使用しなかったためだろう。
だがこれで、運勢がリセットされたはずだ。
私はコインを上に投げ、それを観察する。コインはゆっくりと回転しながら上がり、そして落ちてゆく。地面を五回跳ねると、コインはカラカラと音を立て、地面と密着し停止する。結果は表だった。
「黒川支部長よかったですね」
「資料はそのままにしておいてくれ。まずは中島、コインを投げてくれ」
「わかりました」
資料を拾うと、その工程の最中に幸運を使ってしまいそうだからな。まずは中島にコインを投げさせ、確実に実験を成功させないと。
中島はコインを投げ表、その次に裏を出した。
単に運が良くて一発で成功した可能性もあるが、一番で運勢を良くしてもらったからだと私は思っている。そう思ってないとこの後余分な幸運が出てきたら困ってしまうから。
「安藤君、それでは頼めるかしら?」
「はい! 俺だけ何もしてないなんて嫌ですから!」
今日も安藤の突き指は治っていない。しかし、安藤自ら報告書を書く仕事は自分がやる! と提案してきたのだ。特異性によっての怪我なので別に休暇を取ってもらっても構わないのだが、安藤は変な所で真面目なようだ。今日はずっとノートパソコンに実験の内容、観察記録を部屋の端で書いていたのだ。
個人的には裏が出る度に、タイピングの音が聞こえてくるので少し恥ずかしかった。
「では、私は今日は早めに失礼させていただきます。明日もよろしくお願いします、黒川支部長」
「あぁ、よろしく頼むよ」
資料を片付け終えると報告書を作らなくていいことから、中島は早期退社する。普段は安藤が先に帰っているので少し新鮮な気分だ。そんな安藤は今、キーボードをカタカタと鳴らしながら報告書を作成している。
私も報告書を書き、書き終えると携帯電話が震えながら音を出す。携帯の画面を見るが、名前は何も書かれていなかったが、恐らくあの人だろうと私は電話に出る。
「はいもしもし、黒川ですけど」
電話に出てみると予想通り、聞き覚えのある『上』としかわからない者のメッセージだった。
「明日からそちらに二番を送る。それは探索者によって見つけられたモノだ。どんな異能があるかわからん。政府には先に連絡しているから自由に使ってくれ」
「わかりました」
了解の返事をしている最中に電話を切られ、少しイラつく心を落ち着かせて明日からの事を考える。一番の実験がまだ済んでいないのに、もう二番が届く。一番の実験は運勢という曖昧な物故に、時間を掛けて慎重に実験をしなければならない。
しかし、明日から送られてくる二番の実験……いや、簡潔な調査は先に済ませといた方がいいだろう。もし、自発的に特異性を発生させる事があれば、犠牲者を出しただけで原因が分からないことになるかもしれない。その時、私が死んでしまったら責任はだれが取る? そう考えると、簡潔な調査だけはしておきたいのだ。
「黒川支部長、これでいいですか?」
一人で考え込んでいると、安藤が報告書を仕上げたようで最終の確認を私に求めてくる。内容はーー少しお粗末な部分もあったが、そこは私が個人で訂正すれば何とかなる程度なので、特に問題はなかった。
問題がないことを安藤に伝えると、安藤は嬉しそうに『ありがとうございます!』と答え、帰りの支度をして帰っていった。その後ろ姿は、初日のコイントスをして帰ったあの日より嬉しそうに見えた。
「さて、一番と二番の実験を併用して行わなければらないと考えると、時間を延ばして二つの実験をするべきかそれとも……」
二つの実験を一日に同時にすることは別に容易な事かもしれない。しかし、二番の危険性が分からない以上何も判断できないのだ。
仕方ない。明日にならなければわからないか。
私は、支部長室に入り、鍵を昨日と同様にフックに対して投げてみた。自分でも分かっていたことだが、案の定フックには掛からずに、フックを掛けてある壁に当たり床に落ちた。やはり昨日は一番による幸運による結果ということだ。
一番の特異性により実験が上手くいったことで、既に運勢は標準だったのだろう。変な所で幸運を使わなくてよかった。
中島は特にこれといって特に変化はなく、帰りの自販機も当たらなかったそうだ。
この事から表で得られる運勢を一とすると、裏でも得られるのは一で、相殺されるということである。
「後、実験するとすれば、運の最大値と回転を途中で止めた時のペナルティの有無、か」
そんなことをぼやいて、報告書を上に送る準備をした。
「今日の実験は二人でコインを投げて、地面で停止し、面が確定する前に意図的に止めると何が起こるかをしてもらう」
「わかりました!」
思わず大きな声で返事してしまった。普段はこんなに大きい声は出さないのだが、黒川支部長が二人で任せてくれている仕事だと思うと嫌でも気分が良くなる。入社四日目で任されるということは、かなり信用してもらえてると私は思った。
私は早速一番の部屋に少し早歩きで向かった。安藤君を置いて。
安藤君は今日も記録係で実験自体には、参加できる場面は参加するが、主にすることは記録となっている。今回は別に一人でもいい実験なので、安藤君には記録係に専念してもらうように、部屋に着いたら言う予定だ。
「待って! 中島さん!」
後ろから足音と共に安藤君がノートパソコン片手に走って来ていた。持っている手の指には突き指をした指に、包帯を雑に巻いていた。
こんなので本当に治るのかと私は毎日思っているが、黒川支部長が何も触れていないことから、私も触れないでいた。他にも色々触れたいところがあるのだが、真剣に取り組んでいる黒川支部長の姿を見ると聞くに聞けないでいた。
「待った所でどうせ一番の部屋で会うのだから別にいいじゃない」
「そういう問題じゃないっすよ! 実験について会話しながら移動することでそっちの方が効率よくないっすか?」
確かに一理ある。しかし、その話し方は効率的とは思えないのだが、それも触れないでおこう。はぁ全く、ここに来てから何についても触れられていない気がする。
しかし結局、一番の部屋に来るまでに特に役に立ちそうな会話はなく、ただ単に到着までの時間が掛かっただけだった。何が効率的なのか、安藤君に課題を出したいところである。
「じゃ、一番を投げてキャッチした場合を実験した後に、地面に一回接触してからキャッチする実験をするわね」
コインを上に投げる。その後、落下してきた一番をキャッチしようと掌を上に向けてタイミングよく閉じてみたが、結果は裏だった。
いや、え? 何が起こったかわからない。コインを上に投げて、途中でキャッチしようとした。すると、結果は裏だった? 途中で確実にキャッチした筈なのに?
私は酷く混乱した。これほど混乱した事は人生で初めてで頭を抱えた。
そんな様子を安藤君が心配そうに見ていたのは覚えている。
「中島さん、大丈夫ですか? そんなに座標がズレてキャッチ出来なかったことが嫌だったんすか?」
「……座標が、ズレた?」
「はい、そうっすよ? 若干っすけど」
ズレた。ズレが生じたなら仕方ない。
「ふふ、それじゃ。もう一回やるわね」
コインを投げ、その様子を観察。いや、眺めて見惚れていた。
そして中島は、一番を空中で止めたくなる欲求に駆られ、実験の意志は関係なく掴もうと努力する。右手の掌。その下に左手の掌。確実に掴みたい努力と欲求。
ーー結果は裏だった。
あれ? またズレた? コインが落ちてる。投げないと。
空中に浮く一番。
次はその一番を両手でタイミングよく掴もうと努力する。だが、その努力は報われない。また、少し座標がズレて掴めない。
ーー結果は裏だった。
アフフッフフ……またズレた。ズレたズレたズレた。投げないと。
「待ってください! 中島さんストップですッ!!」
途中から何も報告なしに投げ続ける中島に対して、止めに安藤が止めに入る。それは裏が三回出ている時点で、止めなければいけないのは明らかな事だったからだ。それに様子がどう見てもおかしい。
しかし、安藤がいくら声を掛けても返事どころか反応すらなく、コインをもう一度空中に投げた。空中に投げ出されたコインは黒く光って見えた。
今度は体ごと下に入って『幸か、不幸か』を受け止める努力をする。しかし実らない。また、少し横にズレていて、掴むことが出来ない。
ーー結果は裏だった。
「またズレたズレたズレた……」
何度も何度も『ズレた』と呟き続け、よろよろと動きながら『幸か、不幸か』を拾おうと動く。
「マズイ!」
俺は、中島さんを押し飛ばし、コインを拾う。拾って掌の中に確実に掴んだことを確認すると、黒川支部長のいる二番の実験室、地下へと向かう。
地下への階段を数段飛ばしに下り、廊下を走り、部屋の前に辿り着く。その部屋の前には黒川支部長と見知らぬ人が立って中の様子を覗いていた。見知らぬ人の前で慌ててる姿を晒すのはみっともないとか、その時の俺はそんなのお構いなしだった。
「黒川支部長!」
「どうしたんだ。そんなに慌てて、何か別の特異性でも発生したのか?」
「中島が、中島がおかしいんです」
「とにかく、中島の元へ連れて行ってくれ。池上さん、実験後、異常が見つかれば頼みます」
「了解した。早く行ってやんな」
俺は全力で階段を駆け上がり、一階のフロアを見渡す。しかし一階にはいない。まだ一番の部屋にいるのか?
「私は外から見ておく。安藤は一番の部屋に行って、いなかった場合もいても窓際に来てサインしてくれ」
「わかりました! これを、黒川支部長持っていてください」
「一番? 理由は後で聞かせてもらうから行ってこい!」
黒川支部長はいつもより大きな声を出し走っていった。俺も、二階の一番の部屋に向かって走った。
二階の一番の部屋に着いてみると、中島の姿はそこにはなく、どこかに向かっているようだった。あの様子だとあまり遠くに行っていない筈だ。まずは黒川支部長に連絡をしなければ!
俺は窓際に向かって走った。
するとそこには中島がいて、ふらふらと窓を開けて頭から落ちて行く様子が見えた。
「中島!!」
俺は叫びながら窓から下を眺めた。
その時、異常なほどの強風が吹いた。その強風により窓枠に頭をぶつけ、激痛が走ったことから先は覚えていない。
「気分はどうだ二人とも、って言ってもいいとは言い難いと思うが」
私は部下二人に向かって話しかける。二人ともベッドにいるが私の言葉に少し、ふふっと笑ってくれたので一安心だった。
安藤は気絶しただけで、中島も背中を強く打ったことによる気絶だった。しかし、二人ともかすり傷はしていた。
何が起こったかの事情聴取を簡潔に済ませ、私は部屋を後にしてあることを決意する。決意を表明するためにそれを使い実験を私は行った。
結果、一番は使えば使うほど幸運が上がり、不幸になることが判明した。一二回で軽傷、三四回で重傷、それ以上は死者が出るという結果に終わった。そして幸運は五回以上は千分の一をも当てることのできることが判明した。
そして一番を途中で意図的に止めた場合、第二の特異性が発生し、止めようと試みた者をすり抜けたと錯覚させ、欲求に駆られることが判明した。その欲求は一番を投げたいや、掴みたいなど多種多様であった。
ーー最終的に、負傷者六名、死者二名の結果に終わった。
これまでの事を踏まえ、収容何度『一』危険度『十』という結果に終わった。