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第9話 気難しい少女

前回のあらすじ

 ヘチナ村にたどり着いたラームと幹二。

 二人はそれぞれの依頼をこなすためにザナス丘陵へと登る。

 幹二はザナス草という薬草を摘むために登りそしてようやく発見するも、姿を消す謎の獣に食われかける。

 そこに現れた謎の少女に助けられた幹二はそのまま意識を失う。


 ラームはザナス丘陵の奥地にそびえるザナス山に来ていた。高い場所であるためか草木はほとんど生えておらず、登る者を拒絶するに険しい岩肌が広がっている。だが彼は全く物ともせずに山を登っていく。

 しばらくして目的の物を見つけたラームは気配を殺して様子を見る。

 彼の眼前にあったのは枝や羽毛などで固められたお椀状の物体。形は鳥の巣のようだが、巣にしてはとても巨大なものだった。中心には五、六個の大きな卵が置かれている。

 これこそがラームの依頼された物だ。


 ラームの視線は卵に注がれる。だが彼はすぐに飛びつくような真似はしない。なぜならこの卵を守る守護者が存在することを知っているからだ。

 一瞬、ラームのいる場所が暗くなる。彼の頭上を巨大な影が横切ったのだ。影は巣の中心で止まると、やがて羽ばたき音を響かせながら巣へと降り立つ。


 立っていたのは雪のように白い純白の翼と体、そして頭には目立つ赤いトサカを持つ巨鳥。一見すると優雅な白鳥のように佇んでいる。

 だが目とクチバシは鷹のように鋭く、見るものを威圧する。

 地面を踏みしめる足には触れる者全てを引き裂きそうな強靭な爪が生えており、この鳥が凄まじい力を持つことを示していた。

 ラームはこの鳥の名を知っている。名はトサカワシ。

 ここザナス丘陵でほとんどの時期、頂点に立つ強力な獣。


 「ゴクリ……」


 まじまじと、かの巨鳥を目にして生唾を飲むラーム。彼の表情は硬く、死を覚悟したような表情だ。無理もない。彼が故郷を滅ぼしたあの魔獣以外で初めて死を意識したのがこの獣だったからだ。

 それ以外にもここまで慎重になるのも理由がある。


 まず、一つ目にここザナス丘陵の高層部は遮蔽物が少ないのだ。

 こちらは隠れる場所が少ないのに彼ら空からいつでも強襲できる。あの爪に掴まれて持ち上げられたら最期、死しかない。

 次にトサカワシの排除が難しいことだ。歴戦の狩人の弓でも撃ち落とすことは難しいらしい。遠距離を攻撃できる武器を持たないラームではなおさらに難しい話だ。

 最後に一度卵を盗むのを失敗すれば、数週間、トサカワシは重点的に巣の見回りを行い盗む隙がなくなってしまうのだ。こうなってしまえばもうその巣からは盗めない。


 ラームに求められるのは気づかれないよう巣に忍び込んで、卵を盗み、村まで帰還するという難行だ。何度か成功させているとはいえ、楽な仕事ではない。

 彼が緊張しながら静観していると、トサカワシは休息を行うようで卵を守るように座り込むとそのまま眠りについた。

 空を見れば赤みがかかっており、夜が近づきつつあるようだ。

 夜になれば昼行性のトサカワシは動かない。その上、クチデカなど厄介な獣が出てくる。

 今日は無理と判断したラームは大きな音をたてないように山を下っていく。


 「はぁ……」


 夕暮れ時にヘチナ村へと帰ってきたラームを待っていたのは気絶した幹二であった。村の薬師によればクチデカに襲われているところを、たまたま山を登っていた村人に助けられたらしい。


 「幹二さんの容体はどうなんですか?」

 「ん〜特に怪我はないよ。舌に捕まっただけだからね〜」

 「良かった……」

 「何、この人が死んだら困るの?」

 「命の恩人なんです。彼のためと思ってこの仕事を紹介したんですが、まさかこんなことになるとは」

 「なるほどね〜。まぁ次からはどういった危険があるかぐらい教えておくべきね」


 金髪のエルフの薬師は飄々と不安そうなラームに告げる。彼女の言った通り、彼は粘液でベタベタになっているのを除けば大丈夫そうだ。

 彼女の忠告にラームは頷く。

 エルフは幹二のポケットから彼が取ってきた薬草を回収する。


 「ひい、ふう、みぃ、全部で十五個ね。まぁそれなりね」


 一通り数えて満足した様子で言うと彼女は貨幣が入った袋をラームに渡す。

 何故か自分に渡されたことに戸惑うラームに女性は言った。


 「依頼の報酬よ。あなたは盗むなんてことしないと思ったから渡しておく。あと言伝。その異世界人くんが目覚めたら言っておいて、マタギに感謝しなってね」

 「ええ、わかりました」

 「わかったらさっさと持って行って、仕事の邪魔」


 追い出される形でラームは幹二を背負って外に出てきた。

 外はすっかり暗くなり、夏を示す赤色の月が顔を出し辺りをほのかに照らしている。

 宿に戻る途中のラームだったがふと立ち止まって、後ろを振り向いて薬師の家を見つめる。


 「いつ、幹二さんが異世界人であることを言ったかな?……まぁいいか」


 疑念がよぎったラームだったが、気のせいだと考えたようでそのまま宿へと戻るのであった。


 目覚めた幹二を出迎えたのはふかふかの暖かい布団だった。遅刻したときのようにガバリと勢い良く起き上がった彼は真っ暗になった外を見てあんぐりと顎を開いた。


 「きゅ、丘陵にいたはずなのに俺はいつの間に宿に……そうだ、あの子は!」

 「状況を追って説明しますから落ち着いてください」

 「あ、あぁ……」


 ラームは幹二にこうなった状況を自分がわかる範囲で教える。とは言っても彼が知っていたのは薬草摘みの最中に獣に襲われたことと、たまたま来ていた村人が助けたこと、そして依頼は完遂されて報酬も支払われたことだ。

 ことの全てを知った幹二は申し訳なさそうに頭をかく。


 「助けられたか。ここに来てからはずっと人に助けられっぱなしだ」

 「仕方がありません。中腹部の獣のことについて教えていなかった僕にも責任があります。本当にすいません」

 「ラームさんは何にも悪くないよ。全部俺の不注意が招いたことだ。それよりも明日、助けてくれた人にお礼を言いに行かないとな」

 「依頼人の薬師が言っていましたが、マタギという人物があなたを助けてくれたそうです」

 「マタギ? どっかで聞いたことのある言葉だな……」


 その言葉を聞いた幹二は頭をひねるものの、答えが出なかったのか癇癪を起こした子供みたいにうなりだした。


 「あー! 思い出せない! なんの意味だっけ?」

 「その言葉がどういう意味を表すのか知りませんが、僕はもう寝ます。まだ僕は依頼されたものを入手できていないので明日早く出ます」

 「あぁ、悪いラームさん。おやすみ」

 「? 良い眠りを……」


 おやすみという言葉が理解できなかったのか一瞬キョトンとした顔をするラームだったが、すぐに目を瞑る。程なくして静かな寝息が聞こえて来る。


 「俺も寝るか」

 

 考えるのを諦めた幹二も布団に入ると灯を息で吹き消し、天井を見上げる。

 しばらく暗闇を覗いていた幹二だったが彼もすぐに眠りに落ちた。


 ──


 そして翌日、朝日を浴びて眠りから覚めた幹二は立ち上がる。隣の布団にはすでにラームの姿はなく、彼はもう出かけてしまったということがわかった。

 幹二は宿を出ると次の目的を果たしに行く。獣から助けてくれたあの少女にお礼を言いに行くことだ。

 昨日で作業もひと段落したようで村人たちは思い思い日々の作業している。話は聞きやすそうであった。

 幹二はたまたま近くで休憩していた中年の男性に話しかける。


 「あの〜すいません。マタギって言う人の家知りませんか。昨日その人に助けられてお礼を言いたいだが……」

 「マタギちゃんの家か? あの子の家なら村を出て丘陵の麓の林にある」

 「OK。ありがとう」

 「でも、行かない方がいい。あの子はちょっと……な」

 「そうだとしても、お礼くらいは言っておきたいんでね」


  男性に教えられた通りに歩くと、村を外れていき村と丘陵を仕切る柵からも出て丘陵地帯の麓の林に入った。先日の中腹部とは違い鳥のさえずりが聞こえる。


 透き通った泉を見つけた幹二は立ち止まる。マタギのものと思わしい平屋の家があったのだ。しかし、木材で簡単に組まれたそれは小さく家というよりは小屋と言ったほうが正しいように見える。

 屋根から突き出している煙突からは白煙が上がっており、中に誰かいることを示していた。

 小屋の扉の前に立つと幹二は緊張からノックを一瞬躊躇うものの、意を決して戸を叩く。小気味良い木の音色が林の中に響いた。

 

 「ごめんください! マタギさんはいますか?」

 「入って」


 透き通るような美しい声が家の中から聞こえてくる。その声に従って幹二は扉をゆっくりと開く。

 彼を迎えたのは鋭い山刀の刀身だ。


 「うわ!」


 突然現れた凶器に幹二は尻餅をついて転ぶ。無様な彼を見下ろすように青白い銀色の髪の少女が家から出てくる。

 正面から見た少女は可愛らしく、幹二が見ていたアニメのキャラクターに匹敵するほどであった。真正面から見た幹二はあらためて気づく彼女の耳が尖っていることに。

 彼女の海のように青い目は警戒心を露わにしながら幹二を睨んでいる。


 「何の用」

 

 彼女の短く事務的な言葉に幹二は答えた。


 「昨日、あなたに助けられた幹二という者だ。礼を言いにきたんだ」

 「そう……礼の言葉なんていらない。帰って」

 「え、ストップ、ストップ! ならせめてお礼のお金でも!」

 「いらない」

 

 戸を閉めようとする少女に幹二は戸を握りしめて抵抗する。しかし、力が及ばないのか戸は次第に閉じられようとしている。幹二は慌てて、足も差し込んで戸を閉じられないようにした。

 抵抗する幹二にイラついた彼女は山刀をチラつかせる。

 

 「その手と足を離せ、さもないと刺す」

 「わ、わかった」


 凶器持ち出されたため幹二は手と足を離さざるを得なくなってしまった。解放された戸は速攻で閉められてしまった。再びノックをするものの応答はなく話をする気はないといった様子だ。ため息をついて幹二は村へととぼとぼ戻るのであった。


 「あら、その様子だとマタギちゃんとまともに取り合ってもらえなかったみたいね〜」


 村へ戻ってきた幹二をあざ笑うように薬師の女性が立っていた。幹二は苦笑いしつつ答えた。


 「お礼もいらないって言われましたね。困ったもんです。えっと……」

 「ニコールよ。異世界人の幹二さん少し話をしていかない?」


 異世界人という言葉に幹二は顔を強張らせる。彼女、ニコールは彼の様子を見て微笑む。


 「安心して私いえ、この村の人々は異世界人に対して悪い感情は抱いていないから」


動植物メモ


クチデカ

 前話で幹二を襲った魚種の獣

 サンショウウオの姿をしているが列記とした魚である。

 攻撃方法は舌で獲物をからめ取り飲み込むこと。

 ピンク色の派手な体表はカメレオンのように姿を隠す機能がある。

 この擬態効果は獲物を追跡するときや、天敵であるトサカワシなどから逃れるために使われる。

 擬態している本人でも見えないのか攻撃時には擬態を解いて、攻撃する習性がある。


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