第7話 仕事探し
前回のあらすじ
カルラ森林で再会したラームと幹二。
二人は仕事を探すためにベイリアへと向かうのであった。
「ここがベイリアの町か〜でっけぇな!」
朝、目覚めたラームと幹二の二人はカルラ森林を出てベイリアの町へとたどり着いた。
白い漆喰と黒い瓦できた建物が多く立ちならぶこの町は活気にあふれており、様々な人が往来している。
長い耳を持つエルフ。二足歩行した獣といった様子の獣人。ひげを蓄え小柄ながらもがっしりとした肉体を持つドワーフ。
行き交う人々の特徴を見て、ますます幹二は鼻息を荒くしていく。
「エルフに……ドワーフ、それに獣人もいるのか。ますますファンタジーらしくなってきたな」
「そこまで珍しいことなんですか?」
「あぁ、俺の世界にはこんな人はいないし、架空の存在とされていたからな!」
「幹二さんの世界がどうなっているのか。ある意味、気になりますね」
はしゃぎ回る幹二の姿を目にして、ラームは呆れた様子で感想を口にする。
突然、幹二は動きを止めると不審げな表情である一点を凝視し始めた。
「どうかしました?」
「あれは……なんだ?」
幹二が目につけたのは売店に座っていた小柄な人。だがその様相は凄まじいものだった。
緑色の皮膚に禿げた頭。頭の側面には異様に長いとんがった耳が生えて、ギョロつく目付きの悪い目は見るものに嫌悪感を抱かせる。
その生物は堂々と売店で商売を行っていた。
既視感を感じた幹二はその名前をつぶやく。
「あれ、ゴブリンか?」
「よくわかりましたね。あれを最初に見た人は大抵化け物とか言いますよ」
「魔物を町に入れて大丈夫なのか?」
「いえ、魔物じゃなくてれっきとした人です」
ラームと幹二の話し声が聞こえたのか、少し不機嫌そうにゴブリンは睨んでくるや否や、言葉を発した。
「やい。お前ら人を魔物だの化け物だの失礼なこと言いやがるな」
「普通に人の言葉を喋ってやがる……」
文句を言っていたゴブリンだったが突然黙り込むと幹二の服装と反応を観察し始める。睨まれた幹二はその目にビビって動けなくなってしまった。
しばらくしてゴブリンは納得したように言う。
「そこのお前、異世界人か」
「え、よくわかったな」
「ここで商売を始めて十年、いろんな人間を見てきた。お前の服装と反応を見れば簡単に推測できる」
「すげぇ……」
「褒めても何も出ないぞ。それより、お前ら腹減っているだろ? 串焼き食べていかないか」
そう言ってゴブリンは品揃えが書かれた立て札を示す。立て札を見た幹二は難色を示していた。不満そうな彼にゴブリンは文句を言った。
「なんだい。何か不満でもあるのか?」
「ごめん。これ何て書いてあんの?」
「あぁ、なるほど」
文字が読めない様子の幹二は困り果ててしまった。率先してラームは立て札の内容を翻訳していく。
「肉、野菜、魚……えっと、どれを食べたいですか?」
「肉で」
「肉はソウチョウとマルウサギがありますね……タレと塩がありますけど何をつけますか」
「んーそれじゃマルウサギのタレで頼む」
「僕はソウチョウのソルト草巻きで」
「あいよ。二人合わせて銅貨八枚だ」
「あ……」
お金を出そうとしたところでラームが止まる。彼は失念していたのだ。鎧を買い換えたために無一文であることを。彼の様子を見た幹二は袋から八枚銅貨を取り出して店主のゴブリンに差し出した。
「毎度あり〜」
「すいません……」
「いいってことよ。何なら俺の方があんたに助けられてるからな」
ゴブリンが肉を焼き始めると、香ばしい匂いが辺りに漂う。
その匂いに触発されて二人の腹がなる。
しばらくして焼きあがったソウチョウの肉に、ゴブリンは豪快に木の棒を突き刺して先に炙っていたソルト草を丁寧に巻く。
そしてラームに渡す。渡されたラームはいの一番に食べ始める
次にマルウサギの肉を赤褐色のタレにつけた後、幹二に渡した。
「ありがとう」
「仕事をしただけだ。商売の邪魔だ。どいたどいた」
ゴブリンの売店から離れた二人は串焼きを堪能しながら、ベイリアの酒場へと向かう。
酒場に入ると、朝なのにも関わらず多くの客がたむろしており、全員、ルビイの酒を味わいながら思い思い好きな食事を堪能し、仲間あるいは他人と馬鹿騒ぎをしていた。
店内の雰囲気を無視して一直線に二人は掲示板の前にきた。
掲示板には線のような文字が書かれた紙がいくつも貼られており。
「ほへへ、はんへほほへひはんは?」
「食べ終わってから話してください。何言っているかわかりません」
未だに串焼きを味わっている幹二の言葉にラームは苦言を漏らす。
ちなみにラームは酒場にたどり着く前に串焼きを完食済みだ。
幹二はタレが滴る肉にがっついて頬張る。
急いで食べようとしたためか、苦しそうに胸を抑える。飲み込めたようでぜぇぜぇと荒い息で呼吸を整えるとラームに視線を合わせた。
「それでなんでここに来たんだ?」
「依頼を受けに来たんですよ。ほらあそこ」
彼の指差す先には掲示板があって紙が張り出されていた。時折、人が立ち寄れば紙を凝視した後、再び離れていく。幹二が掲示板の紙を睨みつけた後、言った。
「なんて書いてあるのかわからん」
「でしょうね……」
「ラームさん読んでくれないか? 俺はこの線文字をちっとも理解できない」
「はいはい。わかりましたよ」
ラームが読み上げていく。
依頼内容が読まれるごとに幹二の表情が次々と変わっていく。
護衛や駆除の依頼を読めば、無理だなと言わんばかりにため息を吐く。次に農作業や工事の手伝いと言えば、力がないと言って困ったような表情を浮かべる。
こんな様子の幹二を見てラームは呆れた顔をするしかなかった。
「じゃぁ、こういうのは? このお店で皿洗い」
「傭兵ってそういうのもやるの」
「まぁ、酒場の掲示板はとにかく人手が欲しいという案件によく使われますからね。傭兵以外の人も結構受けますよ」
「そうか、とりあえず言ってくるよ」
意気揚々と幹二は店主に話しかけにいった。ラームは自分が受ける依頼を物色し始める。
そしてある依頼が目に止まった。
「報酬は銀貨百枚……破格だな。場所はザナス丘陵か。夏も近づいているのもあって少し危険だけど行くしかないな。内容は……」
内容を見たラームは難しそうに顔を曇らせた。だが、えり好みできる状態ではない。すぐさまラームは依頼人であるこの店の店長に依頼を受注する旨を伝える。
二つ返事で店長は依頼の受注を許可してくれた。
次に拠点とする村を探す。地図で調べてみると丘陵の麓にヘチナ村という村が存在していた。そこはラームの向かう丘陵にも近く泊まる場所としてはうってつけだった。
そのまま、向かおうとするラームだったが突然肩を掴まれた。
振り向くと幹二が立っている。彼の顔は先ほどよりも暗い。何があったのかたやすくラームは理解する。
「ダメでしたか幹二さん」
「あぁ……汚らわしい異世界人め。神聖な厨房に入ってくるなと言われたね」
「そう、でしたか。次行ってみましょうか」
「おう……」
彼は次にできそうな依頼を読み上げていき、幹二はその場所へ向かって仕事を受けに行った。だが、どの依頼主も幹二が異世界人であることが分かった途端に受注を断ってきたのだ。
「ありがとう。ラームさんもういいよ」
断られる回数が十回頃になると彼は自暴自棄になってその場に座る。心なしか彼の目は泣きはらしたかのように赤くなっていた。
ラームは自分の見通しが甘かったと言わんばかりに表情を歪める。
彼の想像以上に異世界人を嫌悪する風潮がこのベイリアの町では蔓延していたのだ。この町で異世界人である幹二が依頼を受けることはできないだろう。
すっかり打ちひしがれてしまった幹二を見て、ラームは気の毒に思う。このまま彼を放っておくことは彼にはできなかった。
ラームは再び自分が受けようとしている依頼を確認する。銀貨百枚半分に分けても五十枚。破格の報酬でこれを達成すれば数週間は暮らせるだろう。しかし、ラームはこの依頼を紹介する気にはなれなかった。
何度もこの依頼を達成しているラームは危険性をよく知っていたのだ。失敗すればどちらかもしくは二人とも死ぬことを。
もしも彼を連れてもおそらく何もできないことも理解していた。恐らくだが本人もそれをわかっていて言っても断るであろうことも。
万策つきたと下をうつむいた瞬間、ラームの目にある依頼文が目に止まる。
「銀貨三枚と銅貨五十枚に依頼人はヘチナ村……仕事内容は薬草摘み」
ヘチナ村と言えば、ラームの依頼先と同じ場所。
最後に書かれていた一文にラームは目を見開き、そして嬉しそうに読み上げる。
「獣人でも異世界人でも誰でもふるって受注してください!」
「そんな都合の良い依頼ないだろう」
「あったんですよ!!」
自分のことのように喜ぶラームはしきりに幹二へその依頼文を見せつける。しかし、幹二は依頼文の文字が読めないので困惑するばかりだ。やがて落ち着いたラームは冷静に話し始める。
「依頼内容は薬草摘みです。この薬草は丘陵の低い場所に生えていますから、幹二さんでもできると思いますよ」
「それはいいんだが、本当に断られないよな?」
「依頼内容をみる限りではそのようですよ。だから大丈夫です」
「本当かな〜」
「とりあえず、向かってみましょうよ」
幹二はラームに引きずられるように酒場を後にする。
そして二人は次の依頼場所であるヘチナ村へと向かうのだった。
人種メモ
ゴブリン
漢字で小人族と書く。
子供のような可愛らしい姿をしたゴブリンとこの話に出てきた醜い姿のゴブリンの二つの人種が存在する。
どちらも背が低いことと手先が器用なのは共通しており、手工業などで活躍をしている。人の次にこの世界ではよく見かけられる種族である。
余談だが、ゴブリン族では醜い姿の方がイケメンとされる。