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第4話 若き魔獣との死闘

前回のあらすじ

 依頼先の村へと入ったラームと幹二。

 被害にあった畑を見たラームは獣害の犯人を獣カルロウと断定する。

 断定したところで数匹のカルロウが襲撃し、ラームは軽々と退けた。

 生き残りカルロウを追った二人はカルラ森林で獣害の元凶、魔獣オサ・カルロウと多くのカルロウの群れと遭遇する。

 幹二を守りながら戦えないと判断したラームは幹二を逃がして、一人で群れに立ち向かうのであった。



 両手で剣を持ったラームはカルロウの群れと対峙する。

 緊張からか彼の手や額から汗が滲み出るが、拭うことはできない。

 一度でも隙をさらせば、爪牙が一斉に襲いかかってくるのは想像に難くなかったからだ。

 剣の切っ先をカルロウたちに向けながら、鋭い目でオサ・カルロウを見据える。

 対するカルロウ達も、牙を剥いて敵意を表しているがラームの周辺を回りながら様子を見ているに止めている。

 リーダーであるオサ・カルロウはその場を動かずにラームを睨みながら動かない。

 にらみ合いが続く状況で先に動いたのはラームだった。


 彼はカルロウたちに目もくれずにオサ・カルロウへと駆け出す。

 この魔獣を倒せば、群れは瓦解すると考えての行動だった。

 だが、そう簡単に取り巻きがやらせてくれるはずもない。

 三匹がかりでカルロウ達はそれぞれ違う方向から牙を突き立てようとする。

 一目でカルロウの意図を理解したラームは彼の周辺を薙ぎはらうように剣を振り回した。

 ラームの膂力と遠心力が乗った刀身は暴風と化して、噛み付こうとしたカルロウの命を奪った。

 三匹倒したラームは再び、オサ・カルロウに視線を戻す。


 未だに魔獣は動く気はないようで、こちらを見ながら「バウ」と吠えてさらにカルロウをけしかけていく。

 その数はさきほどよりも多い十匹。

 様々な方向から襲い来るカルロウの群れを見据えるラーム。

 そして彼は瞬時に殺到する群れの隙間を見極めて、オサ・カルロウに近づくのに最適な道筋を見つける。


 数歩前へ駆け出す。

 同時に咬みつこうとした二匹の牙を擦りつつも避けると、続いて走ってきた一匹の胴体に両手剣を突き刺す。

 カルロウが刺さったままの両手剣をそのまま持ち上げて、飛びかかってくる三匹に向けて剣を力一杯振るった。

 本来であれば両手剣の長さでも届かない距離であったが、今はカルロウが突き刺さっており、それがリーチを伸ばしていた。

 即席のハンマーとかした剣に三匹はなすすべもなく叩き伏せられる。

 後ろから迫り来る二匹とさきほどすれ違った二匹が追いすがって来る。

 剣をぶん回して、剣に突き刺さったカルロウを彼らに向けて投げ飛ばす。

 剣から抜けて飛ばされたカルロウの遺骸に四匹は避けきれず、吹き飛ばされ小さい悲鳴を上げて倒れる。

 最後に飛びかかってきた二匹を振り向きざまに切り捨てて、ラームはオサ・カルロウを見据えた。

 この状況が良くないと考えたのか、魔獣は重い腰を上げてようやく動き出す。

 

 「……」

 「グルル……」


 ラームは血の滴り落ちる剣の切っ先を向けて、オサ・カルロウは低い唸り声を上げながら、お互いに視線をそらさずににらみ合う。

 戦いが本格的に始まろうとしていた。


───


 一方その頃、逃げ出した幹二はラームの言う通りに来た道を戻っていた。

 久々の運動で疲れた体を引きずって、走っていた彼は木々が開けた場所から注がれる光に目を細める。


 「はぁはぁ……戻ってこれたのか?」


 眩しさに慣れて、目を開くとそこはカルロウと戦ったあの畑だった。

 戻ってこれたことにホッと息をなでおろす幹二。

 そして近くに村長と村人がいるのを見つけ、彼は急いで話す。


 「おや、あなたはもう片方の傭兵殿。どうかされましたか」

 「ラームさんが大変なんだ。今なんか馬鹿でかい狼……カルロウと戦っている! あとラームさんは魔獣がなんとか言っていた」

 「……魔獣だって!?」


 魔獣という言葉を聞いた村人たちは皆一様に青ざめる。

 幹二が事態を飲み込めないまま、村人は(はや)し立てるように相談を始める。

 

 「誰かカルラスに言って狩人か、戦闘ができる魔法使いを呼んでくるんだ!」         

 「囮となる傭兵も雇わないと!」

 「馬はあったよな!? 誰か乗馬のできる人は!?」

 「乗馬できるやつは見張りで死んじまったよ!!」


 一様に慌て出す村人に幹二はついていけない。

 そんな中、頭を抱えて青ざめている村長に話しかける。


 「こ、これってヤバいことなのか?」

 「えぇ、放っておけば、私たちの村は滅びるかもしれません」

 「えっ……どういうことなんだよ!? 魔獣ってそんなヤバい奴なのか!?」

 「魔獣は本当に強い、一匹で私たちのような村はおろか町をも崩壊させられる魔獣もいると聞きます。恐ろしい存在です……」

 「そ、そんな奴とラームさんは一人で戦っているのか」

 「あの傭兵殿は死ぬでしょう……一人では到底敵わない……」

 「そ、そんな……」 


 村長の見開いた目を見て、幹二は愕然と佇む。

 手を握りしめて、苦々しい表情で彼はうつむいた。

 そして、幹二の目から涙が溢れ出す。


 「うっ……うぅぅ……あの人はそうまでして俺なんかを助けてくれたのか……俺はここでも何もできないのか……」


 泣きながら幹二は膝をついた。

 悔しさから手で地面を叩く。

 その衝撃で彼のポケットから何かが出てくる。

 出てきたのは唯一獣害の被害を免れた野菜レウムだった。

 柑橘系の匂いが彼の鼻を透き通ったためか、なぜか彼の涙は止まった。


 「たしかラームさんは言っていた……鼻がきくからこの野菜は苦手……」

 

 レウムの野菜を覗き込み、ラームから持たされた鉈で割ってみる。

 割ると、さらに濃厚な柑橘系の匂いが幹二の鼻に充満した。

 何か思いついたのか幹二は立ち上がると、村長の元に向かう。


 「村長さん。あなたに頼みがある」

 「はぁ……頼みとは?」

 「カルロウに掘り起こされたものでいい。何個かこの実をくれないか」

 「別に構いませんが……どうするおつもりで?」

 「簡単だよ。ラームさんを助けに行くのさ」


───


 「ガァァル!!」

 「……」

 

 ラームとオサ・カルロウのにらみ合いは未だに続いていた。

 オサ・カルロウは部下のカルロウとともにたった一人の敵を睨み、唸り声を上げ続けていた。

 対してラームは、緊張しながらも隙を見せないように周辺のカルロウを警戒しながら、魔獣を見据えていた。

 膠着した状態から最初に動いたのはオサ・カルロウだ。

 魔獣は発達した前足で押し潰そうと飛びかかった。

 ラームは迂闊に迎撃せずにその場から一歩後ろへステップを踏み、これを回避する。

 回避された攻撃は地面にあった朽ち木を粉砕し、オサ・カルロウの攻撃の危険性を嫌という程にラームに伝えてくる。

 魔獣の攻撃の凄まじさに冷や汗を流すラームだったが、それに臆することなく彼は剣を魔獣の肉体へ振るった。

 彼の斬撃は命中する。

 だが、彼の目が見開かれる。

 斬りつけた傷は思いの外浅く、毛皮を少し傷つけるにとどまっていた。


 「ガァウ!」


 傷をつけられたオサ・カルロウは興奮し凶悪な牙で噛みつこうと突進してくる。

 前転し魔獣の股下をくぐる形で避けるラーム。

 無理に回避したためか片膝をついてしまう。

 対する攻撃をかわされたオサ・カルロウは顎を閉じて瞬時に旋回すると、再びラームを見据える。

 そして、口を開き咆哮を上げた。


 「ガアアァァ!!」

 「バウ!」「ガウ!」


 すると今まで様子を見ているだけだったカルロウたちが再び、ラームに襲いかかってくる。

 カルロウが迫ってくるのを見たラームは剣を杖代わりにして体を無理やり立ち上がらせると、剣をカルロウに向ける。

 襲いかかるカルロウに剣を大きく振るう。

 しかし、先ほどの立ち回りで見切られたのか、攻撃しようとしていたカルロウは攻撃をやめてかわす。

 ガラ空きとなったラームの背中に別のカルロウが飛びつき肩に噛み付く。

 

 「くっ!」


 肩の痛みに顔を歪めながらもラームはつぎに飛びかかってきたカルロウを見据えて、横に斬り払う。

 今度は命中し、カルロウは倒れる。

 怖気付いたのかカルロウたちは一旦引いていく。

 勢いが止まったのを見たラームは剣の柄で未だに肩に噛み付いているカルロウに殴打しようとした。

 しかし、途端にカルロウは噛み付くのをやめて逃げる。

 自由になった体で再び動こうとした次の瞬間。


 「ガアアァァ!!」


 オサ・カルロウの咆哮とともにラームの体は吹き飛ばされていた。

 突如起きた強烈な突風が彼の体を吹き飛ばしたのだ。

 飛ばされたラームは背中から木に叩きつけられる。

 

 「ゲホッ! ゲホッ! クッ……」


 木を背にして咳き込むラームだったが、それでも剣を離さず敵から視線を外さない。

 態勢が崩れたと彼を見て、カルロウたちが一斉に迫ってきていた。

 突進してきたカルロウに切っ先を差し出し、相手の勢いを使って刺し殺す。

 だが続け様に迫ってきたカルロウに顔を引っ掻かれ、足なども噛まれる。


 「クッ……邪魔なんだよ!」


 噛み付かれたラームは苛立ちまぎれに剣を振り回して、カルロウたちを追い払う。

 振り回される剣に怯んだカルロウは引いていく。

 少し余裕のできた彼はオサ・カルロウの姿を探す。

 カルロウの群れの奥にそれは立っていた。


 「グルル……グガァァ!!」


 オサ・カルロウは唸り声を上げた後、咆哮する。

 すると同時に、彼の周囲に小さな竜巻のようなものが生成される。

 竜巻は瞬時に風の刃となって、ラームを襲う。

 攻撃を見たラームは悠長にしていられず這ってその場から離れる。

 彼のいた場所にあった木に風の刃が飛来してくる。

 刃が木に当たると、太い幹が斬撃を食らったかのように切断される。

 ラームは息を荒くして苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

 彼は理解していたのだ。

 自分を吹き飛ばした突風、木を切断した斬撃、これらは全て魔獣オサ・カルロウが行使した魔法の仕業であることを。


 魔法。

 この世界に存在する物質、精霊を体内にとりこみ行使する奇跡の御技。

 炎、水、風、土の四種類存在するそれは人々の営みに欠かせないものだ。

 だがこの御技は人間だけのものではない。

 獣も使えるのだ。

 だが、獣の場合は使えるものはほんの一握りだ。

 その一握りである存在、魔獣は強靭な肉体を持ち強力な魔法を行使することから、人々に恐れられているのだ。


 オサ・カルロウの周囲にはまだいくつかの小型竜巻が舞っている。

 どうやらこの魔獣の魔法の属性は風のようだ。

 そして木を切り倒したあの風の刃はまだ健在。

 注意深く竜巻の様子を見つつ、再びラームは剣を握り直し、両足で地面を踏みしめ、オサ・カルロウへと走りだす。


 「ガウ!」「バウ!!」

 「ガアアァァ!!」


 群れの長を守るためにカルロウたちが前に出る。

 彼らを盾にしながら、オサ・カルロウは咆哮すると竜巻は風の刃に変じラームに躍りかかる。


 「邪魔だ!」


 立ちふさがるカルロウを前にして、ラームは剣を振り回して彼らの陣形を崩して無理やり道を切り開く。

 次に四つの風の刃が飛来してくる。

 先ほどの木の惨状を目撃し、この刃に防御は意味を成さないことを理解しているラームはかわすことに集中する。


 最初に前方から飛来してくる刃は走りながらも身をかがめることで回避する。

 次に両足を踏みしめて跳躍することで足元を狙ってきた刃をかわす。

 最後は二つの刃がラームの首と胴体を狩り取ろうと同時に迫ってくる。

 屈んでもジャンプでも避けきれないその攻撃にラームは、


 「はっ!!」


 二つの刃の間をくぐり抜けるように飛んだ。

 掠った髪と外套が刃で散っていき、ラームの耳につんざくような風切り音が鳴り響く。

 風の刃を避け切った彼の前にはカルロウの群れもなくオサ・カルロウだけしかいない。

 剣を上げると、全力で魔獣の顔に振り下ろした。

 

「キャイン!!」


 顔を傷つけられたオサ・カルロウは痛みで悲鳴を上げてひるむ。

 ガラ空きとなった胴体に続けさまに斬撃を与えていく。

 両手剣が体を裂く度に鮮血が噴き出してくる。

 やがて体力が尽きたのかオサ・カルロウの体勢が崩れる。

 

 「死ね! 死ね!」


 標的が倒れたのにもかかわらず、憎しみのままにラームは何度も魔獣を突き刺す。

 それが裏目となった。

 背後から近づいてくる存在に気づくことができなかったのだ。


 「ガァルル!!」

 「ッ!?」


 カルロウの接近を許したラームは腕を噛み付かれて身動きを取れなくさせられた。

 カルロウの顎を外そうと、自由な手を動かす。

 しかし、そこにも別のカルロウが噛み付いてきて邪魔をする。

 

 「クソッ、邪魔だ!!」


 必死に振り払おうとするラーム。

 しっかりと食い込んだ牙はやすやすと離してはくれなかった。

 ラームが暴れている間に体勢を整えたオサ・カルロウが彼に突進する。

 巨体から来る衝撃をもろに受けたラームは吹き飛ばされた。

 だが、先ほどまで切りつけられたオサ・カルロウも先ほどの傷が響くのか自分では動かずに、カルロウたちにラームの止めをさすように吠える。

 命令を受けたカルロウたちは少しずつラームへ近寄っていく。


 「はぁ……はぁ……お前らには負けられないんだよ……」


 つぶやいてラームは立ち上がる。

 起き上がったことにカルロウたちは怯えて、彼から離れる。

 ラームは頭から血を流して、息も絶え絶えな状態だ。

 足取りはふらつき執念で立っている有様だが、彼は剣をカルロウたちに向けて握りしめる。


「僕がやらなきゃ、村の人たちはもっと苦しむ。お前らに人々の営みはこれ以上奪わせない……!!」


 オサ・カルロウへと歩みを進めるラーム。

 だが体力の限界か、膝をついて動けなくなってしまう。

 額からは脂汗を滲ませて、傷まみれになった彼の顔はとても苦しそうだ。

 絶好の機会を前にしたカルロウがゆっくりと近づき、ラームにのしかかる。

 ラームが付けていた革鎧が牙と爪によって引き裂かれていく。

 あらわになった首にカルロウが噛みつこうとした。

 次の瞬間。


 ラームに噛みつこうとしていたカルロウに何かの物体がぶつけられる。

 物体は何かの実のようで、実にはばっくりと刃物で割られたような跡がある。

 痛みをこらえながら見上げたラームは疑問を投げかける。


 「レウム……? 村で作られていた野菜がなんでこんなところに?」


 そして割られたレウムの実から、柑橘類のような心地の良い香りが広がる。

 人間にとっては心地の良い香りだが、人よりも優れた嗅覚を持つカルロウとなると話は変わる。


 「キャイン! キュウ!!」


 レウムの匂いに全てのカルロウたちが手で鼻をおさえる。

 優れた嗅覚が過敏に反応し、彼らを苦しめたのだ。

 ラームにのしかかっていたカルロウも、もがくように逃げ回る。

 突然の光景に呆気に取られているラーム。


 「せ、成功した……よかったぁ」 


 小さく成功を喜ぶ声とともに人影が降り立つ。

 降り立ったのは逃したはずの幹二であった。

 彼は鉈を持っていない手でラームに差し伸べる。


 「立てるか?」

 「な、なぜあなたが!? 早く逃げてください!」

 「それはできない」

 「どうして! 命が惜しくはないのですか!?」

 「命か、()()()()()()()()()()だしな。惜しくもなんともない」


 命が惜しくないという言葉にラームは目を見開く。

 信じられないといった様子の彼を見て、幹二は苦笑しつつはにかんだ。


 「ま、まぁ……今のは言葉の綾ってやつだ。俺もあんたの役に立ちたいんだ」

 「どうしてそんなことを……」

 「あんたには四回も助けられてるからな。一度くらいは恩を返したいのさ」

 「ですが……」

 「あんたを援護するための策を用意してきた。これさ」

 

 誇らしげに幹二は後方に置いた木箱を示す。

 箱の中からは黄色いレウムの実が上から顔を覗かせていた。


 「村からもらってきたこいつで取り巻きの奴らの動きを止める」

 「あまり気は進みませんが、やるしかないようですね」


 二人の視線の先には、のたうちまわるカルロウと未だに戦意衰えないオサ・カルロウが佇んでいた。

 彼が「グルル」と不機嫌そうに唸り声を上げると一筋の風がカルロウたちに吹き抜ける。

 魔法によって生み出された風によって投げたレウムの実は少し離れた場所に飛ばされてしまい、続く形で柑橘類の香りも消えていく。

 匂いが消え苦しむ要因のなくなったカルロウたちが、再び二人に威嚇するように吠える。

 

 手負いにもかかわらずラームは手馴れた様子で両手剣を握りしめて構える。

 幹二は箱の元へ向かい、レウムの実を取り出す

 

 「ラームさん。とにかく援護する」

 「……わかりました。頼みます」

 「任せてくれ!」


 取り出した実を鉈で割っていく。

 割った実をカルロウたちに投げつける。

 もろに食らったカルロウは匂いのせいでのたうちまわって攻撃どころではなくなる。

 攻撃できないカルロウを無視してラームはオサ・カルロウへと駆け出す。

 下がるオサ・カルロウだが、遅く足を少しだけ切ってしまう。

 続けてラームは斬撃を浴びせていく。


 「ギャイン!?」


顔に斬撃を受けたオサ・カルロウは怯み、大きく後退する。

追撃を仕掛けようとラームはさらに懐に潜り込む。

相手も不利であることを理解していたようですぐさま、

 

 「グルルァア!!」


 咆哮を上げて、魔法を行使する。

 オサ・カルロウの口から空気の塊が放たれる。

 先ほどラームを吹き飛ばした攻撃だ。

 見切っていた彼は横にかわすことで難を逃れるも、オサ・カルロウとの距離ができてしまった。


 「ガウ! ガウ!」


 余裕のできたオサ・カルロウは身動きの取れるカルロウに命令する。

 命令を受けたカルロウは二つに分かれていく。

 一つはラームを囲むように、もう一つは幹二の方へと走っていく。


 「幹二! そちらに何匹か行きました! 気をつけてください!!」

 「ッマジか! こっちくんな!」


 彼の警告通り三匹のカルロウが迫ってきていた。

 レウムの実を投げつけて二匹は命中させて、追い払うものの最後の一匹に実の入った箱をこかされてしまう。


 「あぁ、クソ!」


 転がっていくレウムの実を拾いに走る幹二。

 彼を心配しながらもラームは襲い来るカルロウたちの対処をしていた。

 だがある事に気付くや否や、目を見開き冷や汗を流す。

 ほんの一瞬、目を離していたその間にオサ・カルロウの姿が消えていたのだ。


 「よし……取った! これをあいつらに投げつけてまた撹乱すれば……」

 「幹二! 危ない!!」


 転がっていた実を拾った瞬間、危機を告げるラームの声が木霊する。

 幹二の目の前に強靭な前足が姿を表していた。

 そう彼の前にオサ・カルロウが立っていたのだ。

 狙いは自分であることを幹二は本能的に理解し、踵を返して逃げ出そうとする。

 だが、しかし。


 「ぐあぁあぁぁぁ!!」


  逃げ切れずにレウムの実を持っている左腕を噛み付かれてしまった。

 Tシャツは牙に引き裂かれて、腕からは鮮血が溢れ出てくる。

 せっかく取ったレウムの実も取り落としてしまう。

 幸いなことか、鉈を持っている右手は握ったままだ。


 「幹二さん!」

 「グルル……」

 「ぐあああ!」


 ラームがカルロウの群れを突破して、幹二の元へ向かおうとすると、オサ・カルロウは彼を睨みつける。

 噛む力を強めたのか、幹二が痛みの声を上げる。

 ミシミシと筋肉や骨が悲鳴を上げる。

 幹二を人質にされたラームは黙って見るしかできない。

 苦しげに呻く幹二だが、突然笑みを浮かべる。 


 「はぁはぁ……ハハハ……」

 「グル?」

 「幹二さん……?」

 「ハハ……死ににきたってのに、いざ直面すると死にたくねぇな」

 「そんな事、当然でしょう!」


 脂汗を流しながらも苦笑する幹二。

 幹二の言動に突っ込みを入れるラーム。

 彼の言葉に嘆息しつつ、幹二はラームを見た。 


 「なぁ、ラームさん。こんな時に聞くのもなんだが、これが終わったら何かいいことあるのかな?」

 「今、そんなこと言っている場合ですか!?」

 「教えてくれラームさん」

 「ありますよ。きっと!」

 「そうかい。なら足掻かないとな」


 ラームの言葉を聞いて笑みを浮かべる幹二。

 彼の右手に力が入っていく。

 突然、幹二はオサ・カルロウへと向き直る。

 彼は鉈を握りしめて、


 「こいつを喰らいな!!」


 鉈の刃をオサ・カルロウの顔へと叩きつける。

 刃は目に深々と突き刺さった。


 「キャイン!? キャイン!?」

 

 いきなり目を突かれたオサ・カルロウは前足で目を抑えて、大きくのけぞる。

 その拍子に幹二を離してしまった。


 「ラームさん! 今だ!!」

 「はい!」


 絶好の攻撃チャンスにラームは駆け出す。

 ひるみから立ち直ったオサ・カルロウも黙ってやられるつもりはないようだ。


 「グガァアァ!!」

 

 咆哮をあげると二つ風の刃を生成し撃ち出す。

 刃は前から交差するようにラームへと襲いかかる。

 だが、彼は刃が直撃する寸前に地面を強く踏み、前へと飛んだ。

 刃が少しだけかすり、血が噴き出すが彼は回避に成功する。

 オサ・カルロウへと近づいたラームは大きく開いた口に勢い良く両手剣の切っ先を突き刺した。


 「ガ……!? グ……!」


 口を経由して喉を刺されたオサ・カルロウは痙攣しながらも呻き声を上げる。

 最後の抵抗とばかりに前足でラームを引っ掻く。

 攻撃にひるまず彼は言う。


 「終わりだ」


 そのままラームは両手剣を握る手に力を込めてねじ込んでいく。

 剣をねじ込まれたオサ・カルロウはさらに苦しげに足をばたつかせる。

 メキャリと骨が折れる鈍い音が鳴り響かせ、オサ・カルロウの口と喉が切り裂かれた。

 口から血を噴き出しながらも立とうとするオサ・カルロウだったが、やがて力なく地面へと倒れ伏す。

 動かなくなった群れの長を見て、生き残ったカルロウたちは散り散りに森の奥へと逃げていった。

 幹二は目をぱちくりさせて、ラームを見る。


 「やった……のか?」

 「ええ……やりましたよ」

 「すっげぇよラームさん!! いたた……」


 勢いよくラームに抱きつく幹二だったが、噛まれた場所が痛むのか、すぐに抱くのをやめて血が出る箇所を押さえる。

 みかねたラームは外套を引きちぎり、ちぎった布で幹二の傷を塞ぐ。


 「ありがとうな」

 「こちらこそ、あなたが来ていなかったらどうなっていたか」

 「お互い様ってやつか、ハハハ」

 「そうですね」


 二人はお互い笑みを浮かべると、肩を寄り添わせながら村への帰路についた。

 木々の合間から差し込む夕日が二人を祝福するかのように照らしていた。


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