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第2話 奇妙な出会い

前回のあらすじ 

 道中で商人を助けた傭兵の少年ラームはカルラスの町で明日の依頼に備えて、睡眠を取った。



 光の差さない薄暗い部屋の中でラームは目覚めた。

 眠気で重い体を起こして、朝の光を浴びるために窓を開ける。

 窓の外は晴天の空と太陽の輝きを受けてきらめく湖、静かなカルラスの街並みが広がっていた。

 美しい光景にラームの口から思わずため息が漏れる。

 そのまま、見とれていた彼だったが、やがて名残惜しむように木窓を閉じた。


 彼は観光のために来たのではない。

 仕事のためにここに来たのだ。

 ラームは荷物を背負って、宿屋を後にする。


 次にラームが向かったのは、町の酒場だ。

 中に入ると酒の芳醇(ほうじゅん)な香りが漂ってくる。

 この酒場はかなり繁盛しているようで、朝にもかかわらず人がそれなりに屯していた。


 朝食を食べに来た人もいれば、テーブルを占拠してサイコロ博打に興じる者もいる。

 また尖った耳と麗しい美貌を持つ森人(エルフ)や小柄で可愛らしい顔つきの小人(ゴブリン)などの異種族の姿も見受けられるほどだ。


 ラームはカウンターに座ると、店主の顔を見て言った。


 「朝食を一人分お願いします」

 「銅貨五枚だ」


 店主に言われた分のお金を払うと、程なくしてラームのもとに木製のトレイが運ばれてくる。

 トレイの上にはこんがり焼かれた鳥のもも肉と野菜が入ったスープ。

 そして黒パンと赤色の液体が入ったコップと共に木製のスプーンとフォークが置かれていた。

 ラームはフォークを勢いよく鳥肉に突き刺してかぶり付く。


 塩がよく揉み込まれ、程よく引き締まった肉は心地の良いしょっぱさを舌に伝えてくる。

 噛むと肉汁があふれ出て、そこからさらに塩味を引き立たせてくれた。

 おそらくソウチョウと呼ばれる鳥のもも肉だ。

 この鳥は極彩色の羽を持つダチョウのような鳥で、個人用の乗獣としてよく使われている。人に慣らすことも簡単で繁殖も簡単なため庶民の料理の鉄板とも言えるものだ。


 次に野菜スープをスプーンですくって飲む。

 野菜の旨味が溶け出したスープはさらにラームの食を進める。

 最後に黒パンをかじりながら、コップの中の液体を飲む。

 

 コップに注がれていたのはルビイと呼ばれる酒だ。

 名前の由来であるルビイの木を傷つけてそこから出た樹液を取り、倉で発酵させたものでこれも庶民によく飲まれている。

 また樹液自体も美味しいため、ラーム自身も水に困った時はこの木を傷つけて飲んでいたほどだ。

 他の酒のように舌を刺すような味はなく、甘く飲みやすい。

 その甘さは塩のきいたソウチョウの肉と相まって絶妙な味を引き出していた。


 ラームが朝食を堪能している中、彼の近くに男達が座った。

 男達は夜当番を終えた衛兵のようで寝不足なのか目にクマができている。

 眠そうに欠伸した後、男の一人が口を開く。

 

 「全く夜当番は疲れるな。しかし、本当に魔獣がこの付近で発生したのか?」

 「本当かはわからないが、何人もの旅人が風の刃で切り傷を負わされたらしいぞ」

 「はぁ……最近はカルロウの群れの襲撃も多発しているらしいし、カルロウの駆除している最中に魔獣襲撃なんて事になったら嫌だなぁ」

 「魔獣の相手なんざできる気がしねぇ……」


 魔獣という言葉を聞いたラームは顔色を変える。

 その表情は誰から見ても怒りとわかる形相だった。


 獣は体格差はあれど、基本的にどの個体も同じような生態、習性を持っている。

 だが、稀にそれから外れる個体が現れることがある。

 そういった個体は例外なく、恵まれた体格に優れた知能、そして強力な魔法の力を行使できる。

 彼らを人々は畏怖を込めて魔獣と呼ぶ。


 屈強な男である衛兵たちが魔獣に怯えるのも無理はない。

 魔獣を倒すのは基本的に魔法使いか狩人の役目だ。

 獣などと戦う訓練は受けていない彼らは門外漢でしかない。

 獣はほとんどが膂力や体格で人間よりも勝り、武器となる牙や爪を持っているのだ。

 魔獣はその獣達よりも力はさらに上で、しかも魔法まで行使するという怪物なのだ。

 根本的にスペックが違いすぎて人間には歯が立たない存在である。

 ただの衛兵である彼らにとっては恐怖の対象としてしか映らなかった。


 「魔獣……!」


 魔獣の噂を聞いたラームは食事の手を止めて拳をにぎりしめ、体を怒りで震わせる。

 ラームは今すぐにでも聞いてその魔獣を探しに行きたかった。

 だが、それはできなかった。

 自分が魔獣に挑み死ねば、獣害に苦しむ村はそのままになってしまう。

 多くの獣害に苦しむ村を見てきた彼にとってそれは看過できないことだった。


 「すーはー……」


 深く深呼吸してラームは心を落ち着かせる。

 しばらくして、平静を取り戻した彼は少しだけ冷えた朝食を平らげると酒場を後にする。




 酒場を出てカルラスの城門へとたどり着いたラーム。

 今度は何も不審な点はなかったため、何事もなく通ることを許可された。

 城門を抜けると、ラームの前に現れたのは草原と身渡す限りのカルラ森林の緑だった。

 入った時はさして何も思わなかったラームだったが、何度見ても壮観な光景に息を吐く。


 依頼先の村はカルラスから南に進み、川を越えた先に存在しているらしい。

 ラームはできる限り急いで、村へと向かう。

 走っているとカルラスの城壁は遠くに行き、代わりに壁に隠れていたベイル湖の水面が見えてくる。

 そのまま進んでいるとベイル湖から流れてくる川と木で出来た頑丈そうな橋が見えてくる。 

 橋を渡り、村へ向かおうとするラーム。


 「誰か、助けてくれーーー!!」

 「!!」


 唐突に平原に助けを求める悲鳴が響き渡った。距離はそう遠くない。

 依頼に向かう途中だが、お人好しであるラームは悲鳴の元へと駆け出した。

 

 「あれは……」


 ラームが目にしたのは、平原の窪地で走り回る一人の男と獣の群れ。

 男の年齢はラームよりも上に見える。彼は長めの黒い髪を振り乱しながら走っている。

 彼は獣達に追われているようだった。


 彼を追っている獣は今日の朝食で食べたソウチョウだ。

 野生のソウチョウも基本的に大人しい性格で余程のことがない限り人を襲うことは少ない。

 だが、今回は男が巣に侵入してしまっているので襲われるのも当然だった。

 そして襲われたのであれば油断できない獣だ。


 彼らには飛ぶための羽がないかわりに強靭な二つの足が備わっておりそれで大地を走り回る。

 もちろん、その足で蹴られれば人はただでは済まない。


 ラームは窪地に飛び込むと逃げている男とソウチョウとの間に割って入り、両手剣を構える。


 「ガァ! ガァ!!」


 ソウチョウ達はクチバシを鳴らして威嚇をしながら、じりじりとラームへと迫ってくる。

 ラームは男をかばいつつ、後ろへと下がっていく。

 くちばしで突こうとするソウチョウには切っ先を向けて、攻撃をやめさせる。


 しばらくそのやりとりを続けている内に、ラームたちは窪地から出ることに成功する。

 ほとんどのソウチョウたちは窪地へと戻っていく。

 一部のソウチョウは二人を警戒しているのか未だに威嚇を続けているが、それ以上攻撃はしかけようとはしなかった。

 安全だと確信したラームは男の手を掴んで窪地から離れる。

 窪地のソウチョウが見えなくなるところまで走ってきたラーム達。

 男は追われた時の疲労も重なってかぜぇぜぇと肩で息をしている。

 対するラームは全く息を切らしておらず疲れている様子の男を見て問いただした。


 「ソウチョウの巣に入って何をするつもりだったんですか? 卵を盗んでも買い取られないですよ……ッ」


 説教をしようとするラームだったが、男の服装を見て驚いた表情を見せた。

 彼の服装はラームが見たことのない服装だ。

 簡単に言えば、その服装は白黒のボーダー柄のTシャツに青色のジーパン。

 鎧や麻の服などが主流のこの世界とはあまりにも不釣り合いな服装の男を見たラームは知っている単語を導き出した。


 「異世界人……」


 この世界では、異世界から人が来ることは珍しくない。

 だが珍しくない故に、彼らは問題を多く起こしているという。

 そのため、見つけ次第殺せと言われているほどにまで忌み嫌われている地域も存在しているほどだ。

 この異世界人にとって幸いなことは、ラームが異世界人に対して嫌悪感を抱いていなかったことと、強盗を図るような人間ではなかったことだろう。


 異世界人はラームの顔を見ながら呆気にとられている。

 ラームは初めて見る異世界人に戸惑いつつも警戒する。

 改めて見るとその顔立ちは噂に聞く醜いものではなく、むしろ整っている。黒い髪は服装を和服にすれば西の大陸から来た言っても通じそうな見た目である。

 目が隠れるほどに長い黒髪から覗く黒い瞳は怯えているのか、おずおずとラームを見ていた。

 このまま気まずい空気になるのも面倒だと考えたラームは異世界人に話しかける。


 「あの、聞いていますか? 返事をして──」

 「あ、ああ……悪い聞いてなかった……」

 「しっかりしてくださいよ」

 

 座ったままの彼にラームは手を差し伸べる。

 土を払いながら異世界人の男は申し訳なさそうに、差し出された手をとった。


 「ごめん……人と話すのは久しぶりでね」

 「はぁ……それにしてもなんでソウチョウの巣に?」

 「あの鳥、ソウチョウっていうのか。あんな鳥、初めて見たからついつい気になって……。しかし、巣に入ってしまったとは悪いことをしたな……」

 

 やってしまったという風に頭をかいて自虐的な笑みを浮かべる異世界人。

 そんな彼を関わりたくなさそうな目で見るラーム。

 早々に話を切り上げたい彼は異世界人に背を向けて言った。

 

 「僕は用事があるので、これで」

 「おう……とりあえず助けてくれてありがとう」


 礼を言うと男はラームに頭を下げた。

 話に聞く姿とは全く違う礼儀正しい様子に面食らうラームだったが、面倒くさそうな相手から早々に離れたかったため足早にその場所を去る。

 去っていく前にラームは一つ袋を落としてしまう。彼は袋を落としたことに気づかない様子で早足で去っていく。


 落としたものに興味を持ったのか男は袋を手に取る。

 男が中を見ると、銀貨と銅貨がかなりの枚数入っていた。

 ラームが落としたのは財布である。


 「おい、あんた……財布落としたぞ……」


 袋を手に取った男は彼を呼び止めようとしたが、すでにラームはかなり遠い場所まで行ってしまっていた。

 小走りで男は彼の後を追う。


 落としたことを知らないラームは男のせいで渡れなかった橋を渡り、しばらく平原を道なりに進んでいく。


 すると茅葺の屋根と木でできた壁の家が複数立ち並んでいる場所を見つける。

 目的地の村にたどり着いたのだ。

 村は周囲を簡素な木の柵で囲まれており、それなりに防備はしっかりしているように見える。

 入り口には歳を食った禿頭の老人が座っていた。

 小綺麗な綿の服装から見てこの人物が依頼主の村長だろう。

 ラームは村長に話し掛けた。


 「失礼ですが、あなたが依頼主の村長ですか?」

 「ええ、私が村長です。もしや、あなた方が依頼を受けてくださった傭兵様ですか!」

 「そうですよ。早速、その現場を見せ──あなた方?」

 「あそこにいるお方ですよ」 


 答えようとしたラームは違和感に気づき、顔を上げる。

 老人は不思議そうに後ろを指差して言った。

 振り向いた瞬間、ラームの口があんぐりと開かれた。

 そこには先ほど助けた異世界人の男がおり、ラームを見ると走ってくる

 少し待つように村長に言うとラームは異世界人の元へと歩いていく。 


 「はぁはぁ……追いついた……」

 「何の用ですか?」

 「いやその……」

 「はっきり言ってください」


 異世界人の目が浮ついたようにラームの視線から目をそらす。

 しどろもどろな異世界人にしびれを切らしたラーム。

 少し凄みを利かせて問いただす。

 すっかり怯えてしまった男はすっと何かを差し出した。

 貨幣がパンパンに詰まったラームの財布だった。

 

 「あんたがこれを落としたから届けに来たんだ……」


 汗をだらだらと流しながら男はラームの目を見て答えた。

 今にも泣きそうになっている様子から嘘をついているようには見えない。

 ラームは財布を受け取って礼を言う。


 「わざわざ届けてくれたんですね。ありがとうございます」


 彼の一言に一瞬動きが止まる異世界人。やがて嬉しそうに口元を緩めてあぁと答えた。


 村からは村長以外に村人が好奇の目線で二人を見ていた。

 しかし、幹二の服装を目にした瞬間、村人は口々に言いはじめる。

 

 「あれが傭兵か、しかし片方は変わった服だな」

 「異世界人かしら? 怖いわ」

 「何かされる前に殺したほうがいいのでは?」


 殺すという言葉を聞いて、ラームは少し考えるような仕草をする。

 関係ないと言えばそれだけで済む話だ。

 だが、もしもここで放置すれば異世界人に対して良い感情を持っていない村人に彼は直ちに殺されるかもしれない。

 せっかく助けた命がむざむざと散らされるのをラームは見たくなかった。

 彼は大きくため息をついた後、男に言った。

 

 「ここで面倒ごとは起こしたくない。この村を出るまで話を合わせてください」

 「え、ちょっと……何」

 「僕の指示に従ってください。そうしないとあなたはあの村人たちに殺されるかもしれない」

 「え……いやいやそんなこと……」


 意味がわからないといった様子で答えた異世界人の男だったが、ラームの背後を見て顔を青ざめさせた。

 村人が鎌やクワを持って、明らかに自分に対して敵意を向けているのが見えたからだ。

 慌てて、ラームに問いかける男。


 「どうすればいい? 明らかにあの人達、ヤバそうなんだけど……」

 「今からあなたは僕の仕事仲間ということで演じてほしい」

 「仕事仲間? おう……わかった」


 頷く男を見たラームは村人との話に戻ろうとするが、男に肩を掴まれて話を遮られる。


 「今度はなんですか?」

 「あんたの名前を聞いてない。聞かなきゃ演じれないだろ」

 「それもそうですね……僕はラームと言います。職業は傭兵。あなたは?」

 「俺は小林幹二(こばやしかんじ)って言うんだ。何か悪いねラームさん」


 異世界人、幹二は不安そうにしながらも歯を見せて笑った。

 その笑みを一瞥しラームは、村人と話をしに村へと入るのであった。

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