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5冬休みの課題について

 午後からの授業は、駒沢の「妖怪歴史入門」だった。ハロウィン騒動以来、駒沢から個人的に呼び出されることはないのだが、授業の最中に時折、私をねっとりと見つめる視線が気持ち悪い。なるべくなら、彼と接触するのは避けたいが、授業となれば受けるしかない。私は学生で、相手は先生なのだ。幸い、この授業も大講義室の授業なので、なるべく後ろの方に座り、目立たないようにこっそりと授業を受けている。それでも、なぜか席を特定されてしまい、駒沢からのねっとりした嫌な視線から逃れることはできなかった。



「では、今日の授業はここまで。今日出した課題は年明けに集めますので、しっかりと取り組んでください。もうすぐ冬休みですので、ぜひ冬休みを使って、自分の興味ある妖怪について調べてみましょう」


 妖怪歴史入門は、私たち文学部「妖怪、怪異専門学科」の学生は必修の授業である。妖怪などについての、一般的な定義や人々の考え方などを学んでいく授業だが、あまりにも常識的なことばかりを話すばかりで、退屈で仕方ない。



「面倒くさいわねえ。駒沢の課題」


「さすが駒沢先生です。しっかりと調べなくては」


 駒沢が出した課題は、妖怪についての伝承を調べてレポートにまとめるというものだった。自分の地元に残る妖怪の伝承でもいいし、自分が興味をもった妖怪の伝承でもいいので、何か一つについて、レポート三枚以上にまとめろという課題だ。文章だけでなく、図やイラストを入れてもいいらしい。ジャスミンと綾崎さんが課題について話していた。私は、ジャスミンと同じで、面倒な課題だなと思っていた。


 大講義室を出て、次の授業もなかったので、廊下で二人の話をなんとなく聞いていた。面倒だとは思ったが、やらないと単位が取れないので、何を題材にしようかと考える。ジャスミンや綾崎さんは何についてまとめるつもりだろうか。


「ジャスミンと綾崎さんは、どの妖怪……」


 二人に課題の内容をどうするのか尋ねようとしたら、その言葉を遮るように背後から声がかけられた。


「朔夜さん、この後、少し時間はありますか?」


「あいにく、暇などありません。たった今、用事を思い出しました。二人とも、私はこれで失礼します」


 声の主は、先ほどまで授業をしていた駒沢だった。ジャスミンと綾崎さんは、駒沢の登場に正反対の反応を示した。ジャスミンは即座に嫌そうな顔をし、綾崎さんはうれしそうな顔をする。


「私も用事があるのを思い出しました。蒼紗、あなただけ抜け駆けは許さないわよ」


「こ、駒沢先生、私、今回の課題についての質問をしたいのですが」


 二人が口々に駒沢に話しかけているのだが、それを無視して、駒話材は私に近づいてきた。近づいてきただけで全身に鳥肌が立ち、寒気が襲ってきた。どうにも私は、この男が生理的に受け付けないらしい。


「時間がないとは、つれないですね。まあ、急ぎの話でもありませんので、また次回誘うことにしましょう。そうそう、面白いものが今、この地域で発生しているのを知っていますか?あなたが無関係だといいのですがね」


最後につぶやかれた言葉の意味を考えているうちに、駒沢は私たちの前からいなくなった。



「相変わらず、気味の悪い男ね」


「駒沢先生はいい先生です!」


 二人はまた言い争っていたが、私は駒沢の言葉の意味を考えていた。面白いものとはいったい何だろうか。





「駒沢先生の話はいつ聞いても、素晴らしいですよねえ」


 駒沢が去った後も、私たちはまだ廊下で話を続けていた。今日はバイトがある日だが、バイトの時間は夕方からなので、まだ時間があった。用事はあるのだが、駒沢と話す時間くらいはあった。しかし、駒沢と二人きりを避けるために、いかにも急用な用事があるように伝えただけだ。


「綾崎さんは、どうして駒沢先生のことをそんなに尊敬しているのですか」


 綾崎さんが、しみじみとした口調でつぶやくので、この際だからと、普段から疑問に思っていたことを聞いてみることにした。


普通の人間、つまり能力者ではない人間が妖怪を信じている。それは、世間では笑いものにされてしまう危険性がある。科学では証明できないことはたくさんあるが、妖怪もその一つであると言えよう。そんなあいまいな存在を大学で研究しているのだから、変わり者扱いされるのは当然だが、綾崎さんはそんな先生を尊敬しているというのが疑問だった。


 能力者である私からしたら、妖怪などはこの世界には存在せず、能力を使った人間が奇異の目で見られて、その噂が広まって妖怪と呼ぶものを生み出したのだと知っている。しかし、最近は妖怪のすべてがそうではないのかもしれないと思うようになった。九尾や翼君、狼貴君の存在、塾で働いている車坂の存在が大きく影響している。


 神様や幽霊、死神がいるのなら、もしかしたら、この世界には本物の妖怪がいてもおかしくはない。それを求めて研究をする人がいても不思議ではないのかもしれない。


 そうは言っても、やはり普通の人には異端とされる学問だろう。そんな研究をしている先生を尊敬するというのは、つまり、綾崎さん自身も妖怪という未知の生物を探し出したいという願望があるのだろう。


「それは……。駒沢先生だけが、私の話を笑わずに真剣に聞いてくれたから。それ以外にもいろいろな妖怪についての知識を知っているし、何より、誰が何と言おうと、自分の研究に打ち込む姿はかっこいいでしょう。私もそうなりたいと思っているのよ」


「ふうん。別にあんたがあのくそ教授を尊敬していようと、好きだろうと嫌いだろうと、私と蒼紗には関係ないけどね。ただし」



「もし、本当の蒼紗を知って、蒼紗に危害を加えるというのなら、その教授もあんたも私がつぶすから」


 いつもの声とは違う、低い声で、まるで蛇が蛙をにらむような捕食者の瞳で、綾崎さんをにらんでいた。瞳を細くして、にらむ様子は本当に蛇のようだ。まあ、能力が爬虫類っぽいのであながち間違っていないのかもしれない。


「なあんて。とりあえず、私はあの教授は嫌いだから。あんたとは蒼紗以外で分かり合えそうにないわね」


 その後の言葉は、先ほどの言葉が嘘のように明るい声だった。それに安心して綾崎さんも冗談を返す。


「そ、そうよね。まあ、人それぞれ好きなタイプとかあるから仕方ないわ。でも、蒼紗さんが好きだという割に彼氏ができたのはなぜかしら。それって、蒼紗さんの愛が私に劣っているってことでしょう。それなら私に蒼紗さんを任せてくれてもいいのよ」


「このあまあ!」


 また、不毛な争いが始まった。さて、今日はここで解散としよう。



「そういえば、私は今日、バイトがありました。これは本当ですので、今日はこの辺で失礼します」


「バイトですか。頑張ってくださいね」

「気を付けるのよ。蒼紗の魅力は老若男女を虜にするのだから」



 二人にまた明日と挨拶して、私はバイトの支度をするために一度家に帰ることにした。



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