40あなたは一体何者ですか
「朔夜さん、朔夜さん」
誰かに呼ばれる声で目を開ける。声の主を探すとすぐに見つかった。私の部屋にいるはずのない人物が私を呼んでいた。慌てて周囲を確認するが、私がいる場所は自分の部屋のベッドの上だった。それなのに、なぜ目の前に彼がいるのだろうか。
「ど、どうしてあなたがここに」
「どうしても何も、僕を呼んだのはあなたでしょう。僕と話をしたいと願ったから、僕は今この場にいる」
彼は笑って、私の前に立つ。私は彼が誰だか知っている。
「本当に朔夜さんは面白い人だね。そもそも、西園寺家はとうにつぶれている。それなのに、どうして今更、九尾と西園寺家を取り持とうなどと考えるのか。はなはだおかしすぎて涙が出そうだ」
「どうして、そんなことをあなたが知って」
目の前にいる彼が、私が知っている彼の容姿から姿を変えていく。姿を変えることができるのは、変身能力を持った西園寺桜華のような能力者か、あるいは。私の直感が彼は能力者ではないと告げている。そうなると、答えは限られてくる。やがて彼は、私の家に居候している彼らと同じような姿になった。
「西園寺家にいたころから、九尾は目障りだった。だからこそ、ここまで追いかけてつぶそうと思ったが、予定は変更することにした。朔夜さんに出会ったからね。九尾は朔夜さんにご執心のようだから」
『あなたが……するのなら、僕は……』
彼は、私に近づいて耳元でささやく。その言葉にぶるりと身震いする。悪魔のささやきだった。そのささやきに同意すれば、幸せになれると思わせるような響き。
「お断りします」
それでも、私は誘いを丁重にお断りした。
「くくく、その選択に後悔がないといいけど」
すうと、彼は煙のように消えていく。その姿が完全に見えなくなるころ、私は急激な眠気に襲われた。
「じりじりじりじり」
いつの間にか目覚ましが鳴り、私はその音で目が覚める。あたりを見渡すが、そこにはいつも通りの光景が広がっていた。見慣れた机にイス、手元を確認すると、見慣れた布団を握りしめている。服もこれまた見慣れたパジャマである。唯一異なる点といえば、目の前に謎の少年が立っていることだった。
「ええと、これはいったい、どういうことでしょうか?」
私の頭は、突然の出来事にも対応できるようになってしまった。なにせ、神様に幽霊、死神、能力者と様々なものと対峙した経験があり、突然、目の前に誰か立っていても驚かなかった。私の冷静な態度が面白くなかったのか、彼は口をとがらせて不満を私にぶちまける。
「どういうことって言われても、僕を呼んだのは朔夜さんでしょう」
「もしかして、先ほどの夢のこと……」
「ご名答。夢の中で終わってしまうのも、面白くないから、起こしてあげたんだよ。それにしても、突然、自分の部屋に他人がいたら、驚いて悲鳴を上げて驚くところでしょうに」
彼は私の驚いた反応が見たかったようだが、最近は驚くような出来事ばかりで驚きに耐性がついているので、なかなか面白い反応はできない。彼の話を聞きながら、今回のハロウィン以降に起きた出来事を振り返る。
ジャスミンに彼氏ができた、塾にゆきこちゃんが来た、偽物サンタによる被害、冬休みの京都、西園寺雅人との出会い、大学での西園寺雅人との再会、異常気象、受験の悪魔、西園寺雅人からの逃亡。
こうして、去年から今年の冬を振り返ると、ほとんどの出来事に西園寺雅人が関係していることに気付く。これらに関与することが果たして、人間にできるのだろうか。しかも、西園寺雅人はまだ、高校生だ。能力者だとしても、学校や家の人たちの目を盗んでわざわざ京都から離れているこの場所にこんなに長居出来るだろうか。
そもそも、彼の素性が本当かも怪しくなってくる。本人も¥が西園寺家の次期当主候補と自己紹介をして、誰もそれを疑っていなかった。私もすんなりと信じていた。しかし、よく考えたら、そんな存在がいたら、西園寺桜華があんな風な最期を遂げなくてもよかったはずだ。その本人は自分以外の当主候補について一言も話してはいなかった。
西園寺桜が亡くなり、私は彼女を忘れないために、コスプレを続けていた。それなのに、どうしてそんな大事なことを忘れていたのだろうか。
「いろいろ悩んでいるみたいだけど、正解を教えてあげようか」
目の前まで迫ってきた彼、『西園寺雅人』は、答え合わせをしてくれた。
「冬休みに京都に行った時から、お前たちはオレの手の上で転がされていたんだよ。オレの本当の名前は」
「お主は面倒事を引き寄せる天才だな」
「九尾!」
彼が自分の名前を言おうとした瞬間、私の部屋の扉がバンと開かれて、九尾が私の部屋に入ってきた。
「おほめにあずかり光栄ですけど、その面倒事の元凶に言われてもうれしくありません」
「やっと会えたな。九尾」
「われは会いたくなかったが」
私の言葉は無視され、九尾と彼は短く言葉を交わしあう。そして、両者睨み合うこと数秒。先に目をそらしたのは彼だった。
「九尾が来ることはわかっていた。もともとそれが目的だったからな。ただし、今ここでことを起こすのはやめておこう。外に何やらいろいろいるようだしな」
彼は、九尾に会ったにもかかわらず、撤退することを選択した。夢と同じように姿が徐々に薄くなり、その場から完全に消えてしまった。
「ふむ。お主はあれが誰か気付いていたのか」
「いや、なんとなく、人間ではないのかもしれないとは思っていました。彼は一体何者なのでしょうか?」
「やはり、お主は鋭いな。それで、あいつの正体は何だと思う?」
「九尾に匹敵する神」
「それは正解とは言えないな。あれは神ではなく、我の初めての眷属だ。西園寺家に仕える際に、面倒だから切り離してやったのだ。その後、悪さをして、封印されていたと聞いていたが、まさか出てきてしまうとは思わなかったな」
「じゃあ、西園寺雅人という人物は……」
「そんな人物はいないな。あいつの人間としての偽名ということだろう」
西園寺雅人とのことを思い出す。西園寺家次期当主候補と言っていたのは嘘だった。そんな人物は存在しないということは、皆彼に騙されていたということか。
「あれの始末はわれがする」
「蒼紗さんは関わらない方がいいです」
「俺の主の問題だ」
私の部屋の扉は開けられたままで、そこから翼君と狼貴君が顔を出す。しかし、このまま九尾たちが彼を始末しても後味が悪い。何か、後味が悪くなく、丸く収まる方法はないだろうか。




