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38ダメだとわかっていても、私は今のままの生活を守りたい

「蒼紗は、これからも、今のままの生活を続けていくつもりなの?」


 最初の質問に答えないでいると、ジャスミンは質問の方向性を変えてきた。ヘビの土方をなでながら質問するジャスミンにどう答えようか考える。


 今のままではいけないことはわかっているが、自分でもどうしたらいいのかわからない。自分でもわからないことを他人に説明できるはずがない。大学に入り、九尾や翼君、狼貴君、車坂に出会った。ジャスミンや綾崎さんにも出会うことができた。彼らと今までと同じように楽しく平和に生きていけたらいいだろうが、そうはいかないのが現状だ。


「あの九尾とかいう自称狐の神様とか、西園寺家の次期当主候補だったらしい少年とか、死神とか、蒼紗の周りに変な奴が集まってきているこの時に、この質問はどうかと思うけど」


「私は、平穏な人生を送りたいと思っていました。人並みに年を取って、できれば家族を作って、子供がいて、孫に囲まれる。そんな人生を過ごせたらいいなと思ったこともありました」



 私だって、この体質に気付く前は、そんなささやかな夢を持っていた。それがいつからだろうか。年を取らないとわかってからは、人の視線におびえながら生きてきた。いつまでこんなおびえた生活を続ければいいのかと、終わりのない不安を抱えながら生きてきた。


「でも、今は少し違います。大学に入りなおそうと決めて本当によかったです。西園寺家の騒動に巻き込まれたり、死神と接点ができたり、怒涛の一年でしたが、私は人の視線におびえることがなかった。それどころか、自ら目立った格好をするようにもなりました」


 ジャスミンは静かに私の話を聞いている。それをいいことに私は今思っていることを言葉にしていく。


「だからこそ、私はこの生活を続けていきたいと思っています。普通ではない、この生活を。でも、それを続けていいのかどうか迷っています。だって、結局は、私も彼らも普通ではないから。普通でない人が普通の生活を送れるはずがなかったのです」



 言葉にして改めて実感する。そうだ、私は普通ではない。世間一般の人々の生活に溶け込もうとしても無理なことを。そして、それは彼らにもあてはまることだ。



「九尾がやってきて、私の生活は色がついた。今までのだれとも深くかかわることなく過ごしてきた人生から抜け出すことができた。それには感謝していますが、それ以上に私は、この町に迷惑をかけたくないとも思っています」


「ということは、蒼紗はあいつらをもといる場所に返したいということかしら?でも、それを決めるのはあなたじゃなくて、彼らの意志でしょう。私たちがどうこうできる問題ではないと思うけど」


「そうですね。九尾がこの地に残っている理由が私ということなら、私は……」



 この一年、私は充分楽しい時を過ごすことができた。この思い出を胸に旅をするのはどうだろうか。旅をする生活ならば、誰に迷惑かけることなく生きていける気がする。幸い、長年働いてきたため、貯金は充分あるし、この姿のままならば、バイトも可能だ。九尾も全国を旅する私についていこうとは思わないだろう。せっかく入りなおした大学を一年で終えてしまうのはもったいない。しかし、それ以上に私は……。



 ほろり。目から水が出てくるのを感じた。


 誰にも記憶されることなく、永遠に旅を続ける自分の姿を想像して、胸が苦しくなった。とはいえ、この胸の痛みは前から感じていたことだ。また同じように孤独にさいなまれる毎日が来るだけの話であり、今間通り、この感情にふたをして生きていけばいい。そうする術を私は身につけてきたではないか。



「蒼紗、一人になりたくないなら、そういえばいいでしょう。泣くほど寂しいなら、きちんとそれを言葉にするべきでしょう。そんなことも忘れるほど長く生きてきたということかしら?」


「寂しくなんか」


「現に、その涙が寂しいと証明しているでしょう。どんだけ寂しがり屋なのかしら。いい大人が涙を流してそれに気づかないなんて、呆れてものも言えないわ」


 ぎゅっと、温かい感触が身体に伝わってきた。ジャスミンが私を胸に抱きかかえていた。土方と呼ばれたヘビは、ジャスミンの腕から離れて、床で静かに私たちを見つめていた。



「可哀想に。不老不死というのも、案外面倒なことなのかもしれないわね。特にこんな寂しがり屋の子にとってはね」


 ジャスミンの胸に頭に当たって苦しいが、不思議と文句を言う気にはなれなかった。ジャスミンの胸の鼓動に耳を傾ける。とくとくと規則正しく鼓動を刻む音が聞こえる。


「温かいですね」


「そう?私はどちらかというと、低体温だから、そんなことを言われたのは初めてかも」


「温かいです。温かい」


「そう」



 私たちはしばらくそのままの状態で抱き合っていた。






「蒼紗、春休みの間だけでもいいから私の家に泊まりなさいよ」


 ジャスミンのぬくもりを十分に味わった後、ジャスミンが唐突に一つの提案をしてきた。どういうことか理由を尋ねると、簡潔な答えが返ってきた。


「たまには、人間以外から離れて生活したら、もう少し、あなたも人間だということに自信を持てるのではないかと思って」


「私はすでに人間ではないですよ。今更そんなことをする必要はないし、第一、一カ月以上もジャスミンの家にお世話になるわけには、ご両親もいるのでしょう。ご迷惑は」


「心配はいらないわ。私の友達だって話して、家に帰れない事情を適当に話せばわかってくれるから。案外、私の両親、あまいから」





「ピンポーン」


「ほら。噂をすれば帰ってきたわ。ちょうどいいから今日は夕食食べていきなさいよ。さすがにいきなり泊まるなんてことはできないと思うから。いろいろ女子には準備があるでしょう」



「ただいまあ。蛇須美、家に帰っているのね。荷物を運ぶの手伝ってちょうだい」


「はあい。蒼紗はそのままそこにいて。荷物を運ぶついでに蒼紗のことを親に伝えておくから」



 そう言って、ジャスミンは部屋から出て、階段をバタバタと降りていく。私がジャスミンについていっても役に立つかわからなかったので、言葉の通り、その場で待つことにした。



「一人がさびしい、か」


 そっと目じりに手を当てると、そこにはまだ乾ききらなかった水の跡が残っていた。その跡を指でたどり確認する。


「本当に、このままの生活が続くわけがないのに。どうして」


 涙を流す権利は私にはないのだ。イレギュラーな存在はやはりなじむことは不可能だ。排除されるのが世の常だ。排除される前に自らその場を離れるのが賢明な判断だ。



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