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36既視感を感じましたが、これはきっと

「先生、先生、大丈夫ですか?」


 先生と呼ぶ少年の声で目を覚ます。一体今は何時だろうとしぶしぶ目を開けて、辺りを見回すと、私は塾の控室の椅子に寝かされていた。目覚めた私は自分が置かれている状況を理解しておらず、頭はまだ覚醒していなかった。


「今は何時ですか、九尾?」


「よかったあ。目を覚ましましたね。突然倒れたので、心配したんですよ!」


私を起こしたのは、塾にいるはずのない、西園寺雅人だった。その声に、やっと頭が正常に動き出す。


「どうして、君がここに……。私は確か……、ゆきこちゃんは大丈夫でしょうか?他の生徒は?車坂や翼君はどこでしょう?」


 あたりを見渡すが、そこには西園寺雅人が一人いるだけで、他に人は見当たらない。どうして彼が塾にいるのだろうか。


「僕がここに居る理由ですか。それなら簡単ですよ。朔夜さんにつけた式が毎回、途中でいなくなるか、戻ってくるかのどちらかで、困っていたんです。それで、誰が僕の式の邪魔をするのか見に来ました!それにしても、先生と呼ばれて起きるなんて、ちゃんと塾で先生をしているんですね」



 西園寺雅人との会話をしているうちに、この会話をどこかでしたことがあるような既視感に襲われた。そして、塾に行く途中で考えていたことが思い出される。どこかでしたことのある会話だと思っていたが、それは私の夢の中でのことだった。


「式、ですか。そういえば、そんな会話をしていたような気がします。現実に起こっていないのに、懐かしく感じるなんておかしな話ですね。それで、この後、翼君や車坂がやってきて、扉が開かないとかいうんでしょうね」


「何を言い出すのと思えば、助けが来ることを期待しているとは滑稽だね」


「いえ、助けが来ても、私を助けられないことを知っているだけですよ。それで、私がすべき次の行動もわかるわけですけど、どうしましょうか?」


「僕に聞かれても困るよ。何せ、僕はもう、なりふり構わず彼を連れていこうと決めたから。そのために、朔夜さんが必要だから、何をしようが関係ないよ」


 改めて自分が今置かれている状況を確認する。以前夢で見た通り、私は今、塾の控室のソファに寝かされていた。西園寺雅人にも話したが、もうすぐ翼君と車坂が扉をたたいて、私の安否を確認する頃合いだ。





「開けてください。蒼紗さん。そいつは危険です。できるなら今すぐ離れて!」


「くそ。ドアに結界が張ってある。朔夜さん。無事ですか!」


 私の見た夢の通り、扉をたたく音が聞こえた。翼君と車坂の声も扉越しに聞こえるが、やはり開かないようになっているらしい。さて、この後、西園寺雅人とどのような会話をしていただろうか。夢の内容を思い出そうとしたが、あきらめた。話をするよりも、ここから出た方がいいと思ったからだ。すでに西園寺雅人とは何度も会っているため、正体こそわからないが、目的などは把握している。これ以上話すことはなかった。


『ここから私を出しなさい』


「しまった!」


 私は、西園寺雅人に言霊の能力を使い、さっさと塾の控室から脱出した。ついでに西園寺雅人に正体を聞いておけばよかったが、そのことは頭からすっかり抜け落ちていた。とはいえ、このまま彼が塾に居ても面倒事しか起きそうにないので、お帰り願うことにした。


 能力が発動し、西園寺雅人と私がいた床が光り出す。私の瞳は黄金に輝いているだろう。


『このままおとなしく自分の家に帰りなさい!』


 西園寺雅人に追加の命令をすると、扉を開けたままの無表情な状態で彼はそのまま、何も言わずに塾から出ていった。







「蒼紗さん、大丈夫でしたか?さっき、無表情の西園寺雅人が塾から出ていきましたが、蒼紗さんが能力を使って……」


「朔夜さん、あなたときたら、私の人間界での仕事場まで、厄介ことを持ち込まないでください」


「朔夜先生、ご、ごめん、なさ、い」


 私が控室から出ると、三人が一気に私に話しかけてきた。塾の中を見渡すと、車坂と翼君、ゆきこちゃんの三人以外に人はいなかった。壁にかけられた時計を見るが、まだ生徒が帰る時間ではなく、普段なら一番塾が込み合う時刻だった。どうして彼ら以外に誰もいないのだろうか。


私が意識を失ってから一時間以上が経過していた。ゆきこちゃんの塾の授業時間は大幅に過ぎていた。


「ゆきこちゃん、時間は大丈夫ですか。もう、塾の時間をとっくに過ぎていると思いますが。保護者の方が心配しているのではないでしょうか。迎えはきていませんか?」


「ああ、それなら大丈夫です。朔夜先生が倒れた直後に、すぐに雪子さんの家に電話をかけて、塾の滞在時間を延ばすように連絡をつけておきました」


「他の生徒たちが気になりますか?西園寺雅人が乱入してきてそれどころではなく、急きょ、生徒には帰ってもらうことにしました。今日の塾は早めに切り上げましょう」


 雪子ちゃんは、涙目になりながら、私の服の裾をまた掴んできた。しかし、今度はただ掴んでいるだけで、冷たさは感じなかった。車坂と翼君から説明を聞いた私は、これからどうしようかと考える。






「雪子の迎えにきました!」


 そうこう言っているうちに、塾の扉が開いて、ゆきこちゃんの叔母さんが迎えに来た。


「すいません。雪子さんが最後の塾だからといって、時間を延ばしたいというものですから、希望を聞いてあげようかと思いまして」


「そんな、お礼を言うのはこちらの方です。雪子のわがままを聞いてくださり感謝しています。短い間でしたが、いろいろお世話になりました」


「ありがとうございました」


 ゆきこちゃんの叔母さんが私たちに頭を下げると、雪子ちゃんも同じように頭を下げた。



「ゆきこちゃん、今日までお疲れ様。他の場所でも勉強頑張ってね」


「うん。先生、迷惑ばかりかけてごめんなさい。ゆきこがいなくなれば、きっと先生は楽に生きていけるから」



 雪子ちゃんはおばさんに連れられて塾から出ていった。最後の言葉は意味深だったが、西園寺雅人との出会いによって疲労がたまっていて、深く考えることができなかった。


「それでは、今日はもう、生徒も来ませんし、片付けをして帰りますか。この話はまた後日にしましょう」


 車坂の提案で、私たちは塾を早めに切り上げることになった。





「夢と同じようで、違いました。予知夢とは言え、完全ではないのでしょうか?」


 家に帰って、風呂に入り、自分のベッドで今日の出来事を考えるが、答えは出てこない。大学のテストもあるので、深く考えることはせず、明日のテストに備えて私は寝ることにした。九尾は、今日は家に居なかった。


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