34 テスト勉強とバイト、両立できます
「こんな問題、答えは一つしか無かろう」
頭の中で声が聞こえた。当然、今は授業中であり、さらに言うと、テスト中だ。講義室内で話をする者などいない。それなのに声が聞こえるということは、普通ではありえない。しかし、声の主は私の聞いたことがある声だった。
「九尾、あなたまた大学に来ていたのですか?」
私が小声でつぶやくと、また頭の中に声が響いてきた。
「たまには、お主が通っている大学に遊びに行ってもよかろう。それで、テストについてだが、我のことを脚色交えて描けばよいだけだろう?その妖伝承の三つの部類など知らんが、そこは授業を思い出して書くしかないな。最後の問いは……」
「ありがとうございます!九尾のおかげで、何とかテストを乗り切れそうです」
九尾の助言により、私はテストの解答の糸口をつかんだ。なんだかんだ、私を心配して大学まで見に来てくれたのだろうか。改めて解答に向き合おうと、背筋を伸ばしてシャーペンを握りなおす。ふと顔を上げて、今日もいい天気だなと思った瞬間、そこに見えた光景に目を見張った。
「ぶほっ!」
「大丈夫ですか!朔夜さん」
「す、すいません。ちょっとむせてしまいました」
まさか、声の主がこんなに近くにいたとは思わなかった。私たちがテストを受けている講義室は三階であり、窓際には背の高い木が生えていた。その木の枝に九尾が腰かけていた。私の視線に気づくと、にっこりとほほ笑まれた。隣には翼君と狼貴君もいて、こっそりと手を振ると、二人は手を振り返してくれた。
「よし!」
資料がないのは痛いが、それでもこの場にあるもので書いていくしかない。この場にあるのは、自分の頭の中の記憶のみ。なまじ生きてきた時間だけは長いので、記憶に関しては忘れやすくなってはいるが、さすがにここ一年の記憶までは薄れていない。私は九尾のアドバイスに従い、彼に出会ったことを思い出しながら、駒沢のテストに解答を始めた。
「解答をやめてください」
駒沢の終了の合図とともにシャーペンを机の上に置く。三十分では終わらず、結局、テスト時間ぎりぎりまで解答に時間がかかってしまった。ジャスミンも綾崎さんも事前に準備をしていたのか、三十分を経過してすぐに、解答を提出してしまったようだ。授業が終わる頃には、ジャスミンも綾崎さんの姿も講義室にはなかった。彼女たちの他にも、事前に答えを準備してきた学生も多かったようで、時間ぎりぎりまで粘っていたのは、私を含めて数人しかいなかった。
「お疲れさまでした。また、来年度もよろしくお願いしますね」
テストを提出する際に、ねっとりとした声で駒沢にささやかれた。事実、来年度も駒沢の異動がなければ、駒沢の授業を受けるのは必須なので、声掛けとしては不自然ではなかった。しかし、どうにも私には不快だった。
「よろしくしたくないですけど、よろしくお願いします」
すでに駒沢より長く生きているのだから、大人な対応をすればよかったのだが、この姿が長く、今は大学生。子供っぽい対応となってしまった。これでは、駒沢が嫌いなことがあけすけだ。
「ふふ。解答が楽しみですね」
私の返事に特に何も言わず、テストの解答を楽しみだという駒沢に鳥肌が立つ。九尾の助言の元、狐の神様について書いてしまったが、これで本当に正解だったのだろうか。考えても、すでに提出した後で、訂正はできないので、なるようになるだろうと思うことにした。
講義室を出ると、ジャスミンと綾崎さんが廊下で私を待っていた。私の姿を見つけるなり。近寄ってきた。
「蒼紗、あんた、どんだけ天然なのか、ボケているのか知らないけど、資料持ち込みのテストに資料忘れるとか馬鹿なの?」
「それは言いすぎですよ。蒼紗さんだって、忘れることくらいありますよ」
「終わったことを蒸し返すのはやめてください。自分でも資料を忘れていたこと、解答を考えていなかったことを結構反省しているんですから」
他人から指摘されると余計自分の失態が浮き彫りになり、嫌気がさす。終わったことではなく、次のことに目を向けることにしよう。まだまだテスト期間は始まったばかり。単位を落とすことなく、無事に進級できるよう、テスト勉強、課題を頑張ることに決めた。
大学がテスト期間中だからといって、私は塾のバイトのシフトを減らしはいなかった。今日も授業後、バイトが入っていた。いつものように一度家に帰ってから塾に向かいながら、ふと以前に夢で見たことがまだ現実になっていないことを思い出す。西園寺雅人が塾に乱入してくる夢を見たはずだが、いまだに西園寺雅人が塾にくる気配はなかった。しかし、なんとなく、今日、西園寺雅人が塾に来るような感じがした。
別にあてずっぽうで言っているわけではない。今日は、ファミレスで、西園寺雅人から逃げ出してから初めてのバイトだった。西園寺雅人の話が本当ならば、彼は九尾を京都に戻すために私を利用したい。そうなると、どこで私を捉えようかと考える。そこで思いつくのが、私のバイト先だ。バイト先なら九尾の目に触れず、私をどうこうできると考える可能性がある。警戒しておいて損はないだろう。車坂や翼君も一緒に居ることだし、そこまでの事態にならないとは思うが、不安だった。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします」
「こんにちは。朔夜さんの大学は今、テスト期間中ですよね。バイトに来ていますが、勉強の方は大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。車坂先生も知っている通り、これでもすでに一度、大学を卒業していますから」
塾に着くと、車坂がすでに生徒たちを迎える準備をしていた。今日は翼君とも一緒だが、翼君は用事があるから、先に塾に行っていてと言われたため、一緒に来てはいない。二人きりになることは珍しくはない。特に問題はなかった。
「そんな風には見えませんが。まあ、構いません。二月のシフトはすでに変更はできませんので、しっかりとシフト通り働いてください。前にも伝えた通り、三月からの春休み中はシフトを入れないよう、こちらで手配しますので、ご自分の身の振り方をしっかりと決める月にしてください」
「はあ」
「それと、今朝、私の携帯に直接連絡がありましたが、雪子さんが急きょ、この塾をやめることになったそうです。今日が最後の当塾日となると連絡が入っていました」
「そ、それは急な話ですね」
「どうも、引っ越しをするらしいですよ。そのための準備で忙しいから、塾に通う時間がないと、雪子さんの叔母と名乗る方がおっしゃっていました」
「こんにちは。遅くなってすいません」
車坂と話していると、バイトの開始時刻ぎりぎりに、翼君が塾に現れた。




