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31話は平行線をたどる

「我は、西園寺家に戻るつもりはない。戻るような家でもない。いくらあの小僧が説得にこようが、力ずくでこようが、関係ない」


「私はさっさと戻られることをお薦めますが。その方が、この町の平和は保たれますし、私の仕事も減ります」


 九尾と車坂は、互いの意見を譲ろうとはせず、話は平行線のままだ。話を聞いているうちに一つの解決策を思いつく。


 九尾はいま、西園寺と仲違いしている。その仲違いの理由を見つけ出し、私が双方の架け橋的存在になればいいのだ。そして、仲違いを解消すれば、またもとのように西園寺家と良好な関係を築けるようになるのではないか。すでに西園寺家が設立した西園寺グループは倒産しているが、それでも西園寺家自体は存在するので、仲直りをすることは可能なはずだ。


「九尾はなぜ、そこまで西園寺家を嫌っているのですか。今まで、ずっと西園寺のために働いてきたのに、今更なぜですか」


 九尾は、何が嫌で西園寺家を飛び出したのだろうか。ある日突然、西園寺家を抜け出したくなったのか。前々から西園寺家の待遇に嫌気がさして、計画的に自由になれる算段を立てていたのか。九尾と西園寺家の仲違いの理由を知らなければ、仲直りなど到底できない。



「何をバカなことを。我とあいつらの契約はもう無効だ。前にも言っただろう。我との契約は血の契約。桜華が亡くなり、西園寺家の直系は絶えてしまった。あそこの父親は生きているが、能力者ではない。西園寺家と仲をおぬしが取り持てるなどと思うなよ」


 私の放った質問は九尾の逆鱗に触れてしまったようだ。背中の尻尾は逆立ち、瞳は怒りなどの憎悪であふれている。




「ばかねえ。あいつと仲を取り持とうなんて甘い考えを持っているなんて、驚きだわ。蒼紗だって、そこの狐に比べたら少ない年月でしょうけど、私よりは多く生きているでしょう。人生がそんなに都合よくいくわけないことは、知っているはずよ」


 ジャスミンがグサッと私の心に響く一言を放つ。心が痛むが、実際、ジャスミンの言う通りだ。確かに長く生きていると、甘い考えが通るわけないことは身に染みて知っている。


 それでも、私は今、その甘い考えを通そうと決意した。大学に入ってから、私の生活は一変した。平穏な生活が一番と思っているのは今でも変わらないが、それ以上に今の生活を大事にしたいと思う気持ちも強くなった。ジャスミンや綾崎さんなど、大学でできた友達と一緒に授業を受けたり、家に帰ったら一人ではなく、九尾や翼君、狼貴君が迎えてくれる。バイト先には車坂やかわいい生徒たちがいて、楽しくバイトをする。そんな日常が楽しかった。



 しかし、その中にある日常には、異端も含まれている。九尾たちや車坂は、本来なら私たちがかかわるべきではない存在だった。それをもとの場所に戻そうというのだ。そのために動くことを止める理由があるだろうか。


「人生がそう甘くないことは身をもって知っています。でも、甘いと言われようが、九尾がこの町にいることで、ここに災いが起こるのならば、帰るのが妥当なことです。ですが、私は」


 九尾たちと離れたくはありません。


 九尾と西園寺家の中を取り持ち、九尾をもといた京都に戻すなどと言いながら、言葉の最後で本音がポロリと漏れてしまった。


「なあんだ。それが本音なのね。それなら早くそう言ってくれないと」


「違います。最後の言葉は無視してください。私はもう一度西園寺雅人と」





「その必要はありません」


 車坂の一言に皆、視線が車坂に集中する。こんな茶番をしている暇はないという感じで、メガネをしきりに鼻の上にあげている


「西園寺雅人は、私にとっては脅威でも何でもないただのクソガキですが、人間にとっては脅威となるかもしれません。本来なら、介入してはいけないことですが、あなたは私の監視対象です」


 彼を殺ってしまいましょう。



 物騒なことを言い始めた車坂に私は反論する。たとえ私たちの敵だという人でも、死人が出るようなことがあってはならない。



「ああ、殺ると言っても、死神は基本、殺生を禁じられていますので、その点はご心配なく。それに、そこの狐も気付いているようですが、彼は」


「そこまでにしておけ。あいつの正体をここでばらす必要もあるまい」


 車坂の言葉を遮った九尾は、何かを思い出すように目を閉じていた。






「着信です、着信です」


 西園寺雅人に対する策も思い浮かばないまま、時間だけが過ぎていく。リビングが重苦しい空気に包まれていたが、それを壊すような、空気を読まない声が突然、部屋中に響き渡った。一瞬、自分が出した声かと思ったが、私はそんな空気を読まないことを突然言うようなことはないはずだ。しかし、その声は私の声そのものだった。


 声の正体は部屋にいる誰かのスマホの着信音だろう。誰かのスマホが着信を知らせるために、私の声を使って主張している。誰かとは言ったが、私は、自分の声が着信音に使われているスマホの持ち主が誰かうすうす気付いていた。


「ああ、私のスマホね。ごめん、ごめん」


 ジャスミンはその着信音の声に触れることなく、スマホをもってリビングを離れていく。その場に静寂が訪れる。


「蒼紗さんは、あの女の人との付き合い方を考えた方がいいかもしれません。何かあっても、僕には対処できません」


「俺も無理だ、ああいう奴を相手にするのは難しい」


「あのような人間が危険であることは、死神の中でも周知のことです。私も離れることをお薦めします」


「そうか。我は面白い娘だと思うがの」


「ソウデスネ」


 私は片言な返事をして、先ほどの着信音がどうやって取られたのか考えてぞっとする。先ほどの着信音の声の主は、私だった。私の声がジャスミンのスマホから流れ出ていた。そういえば、そのような文言を言わされた記憶があるので、それを録音されていたということだろうか。


「私はどうしたらいいでしょうか。これはストーカーとして訴えるべきか、ヤンデレと可愛がるべきでしょうか」


「どちらも願い下げ。私はただ蒼紗のことが愛おしくて仕方ないの。そこらの変態と一緒にしないで頂戴」


 電話が終わったジャスミンがリビングに戻ってきた。私のつぶやきはどうやら聞かれてしまったらしい。肩をすくめて見せるが、ジャスミンはそれ以上の追及はしなかったので、その話題が続くことはなかった。



「親がそろそろ帰ってきなさいって。いつの間にかこんな時間になってしまったわね。別にいつもなら何も言われないんだけど、あのくそ男が起こした事件があってから、門限が厳しくなったのよ。ということで、私は、今日はこれで帰るわね。また明日、大学でいろいろ話し合いましょう」


 そう言って、ジャスミンはあっさりと帰ってしまった。止める暇がなく、私たちはジャスミンを見つめることしかできなかった。



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