30平穏ではないが平和なひと時
こうして、私たちは西園寺雅人から逃げ出すことに成功した。その後、私たちは九尾に捕まって、宙を飛びながら私の家に到着した。九尾は雨に対しての対策を私たちにしてくれず、家に着くころにはずぶぬれとなってしまった。
「風呂にでも入ってこい」
「そうですね。雨に濡れて身体も冷えてしまっていますし。では、三人で一緒に入りますか?」
九尾に言われたので、ゆきこちゃんとジャスミンと一緒に風呂に入ることにした。
「つめた。あんたねえ」
「ご、ごめんなさい。熱いの苦手で」
面倒なので、三人一緒に入ろうと提案したのだが、一緒に入るべきではなかったと後悔した。ゆきこちゃんは相当熱いのが苦手なようで、シャワーのお湯の熱さにびっくりして、能力をうっかり発動してしまった。おかげで、シャワーから出たお湯は冷水になり、その冷水も徐々に凍っていき、シャワーからお湯が出なくなってしまった。怒ったジャスミンが威嚇の能力まで発動してしまい。ゆきこちゃんは声を出せずに泣いていた。
『静まりなさい』
このままでは三人とも凍死してしまう。女性三人が、全裸で風呂場で亡くなっていたという恥ずかしい事態を避けなければと思い、思わず、私も二人に能力を発動させた。私は二人に無理やり視線を合わせると、静かにするよう伝えた。私と二人のいる床が光り出し、能力が発動した。
「翼君、近くにいるなら、ちょっとお湯を持ってきてくれませんか!」
おとなしくなった二人をそのままに、まずはこの寒さをどうにかしないといけないので、大声で翼君にお湯を持ってきてくれと頼んだ。近くにいたのか、私の声を聞きつけて風呂場にやってきた翼君は、一瞬、顔を赤くしていたが、状況を把握すると、私の言うことを理解して、風呂場から離れていった。
「とりあえず、これだけあればなんとかなりますか?」
まもなく、翼君がお湯を沸かしてくれたのか、湯気が出ているやかんを持ってやってきた。有り難くいただき、風呂場の床に熱湯を流し、シャワーのノズル部分にも熱湯をかけて氷を溶かしていく。
「熱っ」
「熱いです」
凍った部分に熱湯をかけながら溶かしていくと、ジャスミンとゆきこちゃんが我に返ったように叫びだす。
「全裸で凍死するよりましでしょう」
何とか、氷を溶かしてシャワーが出るようになり、風呂場の温度が温かくなり始めると、ほっとした。その後はゆきこちゃんも能力をうっかり発動させることなく、それぞれ頭や身体を洗い、狭いながらも三人で湯船に浸かって風呂場を出ることができた。
とはいえ、湯船に浸かったはいいが、やはりゆきこちゃんは熱いのが苦手で、浸かっているうちに徐々にお湯がぬるくなり、慌てて上がる羽目になった。
ゆきこちゃんのせいで大変な目に遭った。お風呂から上がる頃にはくたくたへとへとになってしまった。
ジャスミンとゆきこちゃんの服は、翼君が気を利かして洗濯をして、さらには乾燥機にまでかけてくれたので、二人はそのままファミレスで着ていた服装をそのまま着用していた。私は自分の家に居るので、部屋着として黒のジャージ上下を着ることにした。
「それで、どうしてここに車坂先生もいらっしゃるんですか?」
風呂から上がって、リビングで髪の毛を乾かしていると、そこに車坂がいた。ファミレスで頭の中に響いてきた声の中に、車坂の声も含まれていた。ファミレスに突如現れた黒猫も車坂が変身したものだろう。だから、私の家に居ることに疑問はないが、それでも質問せずにはいられなかった。
「いえ、ここに居るのは不思議ではありませんが、どうして、西園寺雅人から助けるのに協力してくれたのですか?」
「それはですね。あなたが死神協会の監視対象になっているからです。それが、誘拐されてしまって、この地を去っては元も子もないでしょう。私はこの地域の配属になっていますので、朔夜さんが京都にでも行かれてしまっては困ります。そこの狐を手に入れるために彼が手段を選ばず、あなたを誘拐後、殺してしまっても困ります。どう転んでも、今回の件は助ける必要がありました」
死神にも死神の事情があるようだ。深いため息をつく死神は、どこから見ても、ブラック企業に勤めて疲弊しているサラリーマンにしか見えなかった。
「今回は、たまたまそこの死神の小僧と我の利害が一致したということだ」
「そういうことです。一番の理想は、そこの狐がおとなしくこの場を去って、もといる場所に帰ればいいのですが、わがままな狐はそうしないというので」
「そんなことを言っていると、つぶすぞ。くそ猫」
「やりますか。相手になりませんが。くそ狐」
「まあまあ、蒼紗さんが困惑していますからその辺にしてください」
九尾と車坂が口喧嘩を始めた。見た目が少年の九尾と黒スーツの成人が口げんかしている姿は、親が自分の息子と大人げなく口げんかする様子にそっくりだった。死神なのにサラリーマンに見えたり、子持ちの親に見えたり、本当に死神とは思えないほど人間らしい。九尾も神様らしからず、ただのやんちゃな少年にしか見えなかった。ただし、九尾の場合は、頭とお尻から狐の耳と尻尾が生えているのが人間ではないが。
「ふふふ」
そんなほほえましい様子に、笑えるような状況でもないのに、自然と笑みがこぼれた。
「あ、蒼紗が笑ってる」
「蒼紗さんが笑っているなんて」
ジャスミンと翼君が驚愕の表情で私を見つめていた。そこまで珍しいことだろうか。車坂と九尾も喧嘩をやめて、私を凝視している。
「ふむ、確かにお主も人の理を外れてしまったもの。孤独というものはつきものか」
「孤独に苛まれるなど人間だけですよ。長く生きてはいても、所詮人間の感情を捨てきれないということですか」
九尾と車坂が何か言っているが、私は自分が笑っていることに驚いた。
「二人の様子が昔の私と重なってつい、懐かしくて笑ってしまったようです。思い出し笑いですね」
九尾と車坂の様子が幼いころの自分に重なったのかもしれない。だからこそ、懐かしい思い出がよみがえり、自然と笑みがこぼれたのだろう。
「お母さん、お父さん……。」
すでに彼らはこの世にいない。親なので自分より早く亡くなるのは自然の摂理であり、おかしなことではない。それでも、私はすでに両親を見送ってから、何年この姿で生きているのだろうか。この姿のせいで、両親の葬式に出ることもできなかった。
「何を感傷に浸っておる。今はそんなことをしている時ではないだろう?」
九尾の声に我に帰る。確かに感傷に浸っている場合ではなかった。つい、九尾と車坂の何気ない会話から昔を思い出し、感傷に浸ってしまった。今回は西園寺雅人から逃れることができたが、すでに九尾が私の家に居候していることがばれている。次いつ、何をしてくるのかわからない。何か対策をしておく必要があった。今はその対策を考えなければならない。
「おほん、それで、今後、私たちはどうしたらいいの?そこの狐と黒スーツの方が教えてくれるのかしら?」
いつまでも話が進展しないことにしびれを切らしたジャスミンが、強引に話を戻そうと二人に問いかける。ゆきこちゃんはジャスミンの背中が気に入ったのか、ジャスミンを背もたれにして、寝てしまっていた。




