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20ジャスミンの向かった先は

 ジャスミンは、私の尾行に気付いていないようだった。どんどん大学から離れていくジャスミンを追いかけていくと、そこにあったのは歓楽街だった。私の長い人生の中で、最も縁遠かった場所だ。私には、一生縁のない場所だと思っていたのに、ジャスミンを負ってここまで来てしまった。ジャスミンは迷うことなく、その場所へと足を踏み入れていく。


 ジャスミンを尾行するのが、私の今の目的であり、大学の外までせっかく追いかけてきたのだから、仕方ない。腹をくくって、私もジャスミンの後を追い、歓楽街へと足を踏み入れた。


 道の両側には、いかにもな店が立ち並んでいた。しかし、まだ日も暮れていない時間帯ということもあり、人の姿はまばらだった。今は春に近づいてきたとは言え、まだまだ季節は冬であり、日の入りも早い。もう数十分もすれば、日が暮れて辺りは闇に包まれるだろう。



「ここ、か。いったい誰とどんな用事でこんなところに待ち合わせているのでしょうか?」


 ジャスミンが入っていったのは、ラブホテルのようだった。しっかりとした足取りで堂々と入っていく様子を見ると、やましいことがないように見えるが、そもそもこのホテルに入る目的など一つ。さて、ジャスミンはホテルの目論見通りのことを致すのだろうか。



「とりあえず、私まで中に入る必要はないでしょう。しかし、念のため保険でもかけておきますか」


 外で待っていては、中での様子はもちろん知ることができない。ホテルの目的通りのことをしているだけなら、別に問題はない。もういい年した大学生だし、私が目くじら立てる必要はない。ただ、このタイミングでここを訪れる理由がわからない。もしかしたら、ここで秘密裏にやばい取引を行っているかもしれない。そう思うと、そっちの方が正解のような気がする。そうだとしたら、中の様子を知りたいが、それはさすがにばれるのでできない。



「ねえねえ、君たち、ちょっといいかな?」


たまたま、私の前を通り過ぎた男女のカップルらしき二人組に声をかける。


『私の代わりに……』



「朔夜先生?」


 能力を発動しようとした瞬間、聞き覚えのある声が私にかけられる。さて、どうして彼女がこんなところにいるのか。ここは子供が来ていい場所ではない。私の言葉は途中で終わり、不審に思った男女の二人組は私の前から走り去ってしまった。


「ど、どうして、ゆきこちゃんがこんなところに」


「どうしてと言われても、私は、車坂先生にこの場所に行けと言われただけだよ」


「はああ。まったく、こうなるから蒼紗さんからは目を離せないんです。車坂先生も蒼紗さんのことを心配して、雪子さんとわざわざ連絡を取ってくれたんですよ。まさか、雪子さんを連れて行けと言うとは思いませんでした」



 翼君もその場にいたようだ。ゆきこちゃんとはぐれないように手をつないでいた。いつものケモミミ少年姿ではなく、塾での青年モードであった。






「ガシャーン!」


 突然、窓ガラスの割れる音があたりに響いた。驚いて音のする方向を見ると、ジャスミンが入っていったラブホテルの部屋の三階部分の窓ガラスが割れていた。続いて、パーンパーンパーンと銃声音が辺りに響きわたる。



 窓ガラスを破って出てきたのは、人だった。三階の窓を割って、窓から人が飛び降りてきた。三階とは言え、下はコンクリートで固められた道路、下は柔らかい土などではないし、途中で引っかかる植え込みもない。地面に直撃したら、命は無事でも大怪我必須だろう。


いったい誰がそんな危ないことを。そう思っていたら、窓から飛び降りた人物は、そのまま空中で体制を変えて、壁に捕まっていた。よく見ると、手がウロコにおおわれて、手先からは鋭い爪が伸びていた。


 その人物はそのまま、器用に一階まで壁を伝って降りてきた。地面に足をつけると、一息ついたのか、ふうと一息ついていた。窓から飛び降りた人物は、私の尾行している人物と特徴がよく似ていた。



「とりあえず、人が集まり始めているので、いったんこの場を離れましょう!」


 翼君が言うように、辺りを見渡すと、窓ガラスが割れる音で、人々が私たちのいる場所に集まりつつあった。翼君が雪子ちゃんに何かをつぶやいた。雪子ちゃんはうんと頷くと、目を閉じて、両手を空に掲げた。


「ゆーきよフレフレ。大雪だあ」


 そして、よくわからない歌を、これまたよくわからない音程で歌いだす。すると、突然私たちの上空に真っ黒な雲が現れた。黒い雲からは、雪とは言えない、大粒の氷の塊が地面にたたきつけられていく。それは私たちの目の前に降り注ぎ、人々との間に隙間ができる。



「今のうちにここを離れましょう。急いで!」


「ですが、窓から飛び降りたのは、おそらくジャスミンです。ジャスミンを掘って逃げるわけには」


「彼女なら大丈夫ですよ。あなたならわかっているでしょう。それに、今は人のことを心配している場合ですか」


 ゆきこちゃんのおかげで、今はまだ私たちがこの場を離れる余裕はあるが、時間が経つにつれて、立ち去ることは難しくなるだろう。誰かが警察や救急車を呼んだのだろう。遠くからサイレンの音が聞こえてくる。


私はラブホテルの入り口に目を向ける。そこにはジャスミンが立っていた。ジャスミンは、窓ガラスを割った際に怪我をしたのか、腕や顔に小さな傷ができていた。一瞬、ジャスミンと目が遭った気がした。



「なんで蒼紗がこんなところにいるの?」


「来ちゃいけませんか?」


 ジャスミンは、私がここに居ることに驚いていた。そして、目は口ほどにものを言うとはこのことだ。どうしてここにと、目で問いかけられているような気がした。私も、目で答えを返す。


 そんなことをしている間にも、事態はさらに進んでいた。ホテルから一人の男が飛び出してきた。よく見ると、それはジャスミンの彼氏によく似ていた。



「あの人が気になるのですか?」


「いや、ただなんだか嫌な予感がします。」


「蒼紗さんが嫌というのなら、本当に嫌なことが起こるかもしれません。とりあえず、僕が、あの男がどこのだれか、ここに居る用事は何だったのか。聞き出してきましょう」



 翼君はぼんと音を立ててその場からいなくなり、次の瞬間には、ホテルから飛び出した男の前に姿を現した。そして、男の首根っこを片手で掴んでいた。



「ここでは、落ち着いて話ができませんから、別場所に移動しましょう」


 そして、なぜかついでとばかりに、ジャスミンの首根っこも反対の手でつかんでいた。そして、再び姿を消したかと思うと、私たちの目の前に現れた。二人は、翼君によって、意識を奪われてぐったりしていた。男の方は、私が最近出会った人物とよく似ていた。



 とりあえず、私たちは困ったときの避難所となっている、私の家に向かうことにした。



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