第九話 荷馬車と襲撃
翌朝、開口一番リリーの口から不満が漏れる。
「奴隷相手の言動は気をつけてよね。すぐこの首輪首絞めてくるんだから」
「あ、そうなのか?」
知らなかったと返した俺をジト目で俺を睨みつけてくるリリー。
いや、そんな目で見られても。
「奴隷の首輪は主人に対して敵対行動を取ろうとしたり主人が不快に思う言動をすると奴隷の首を締め付けるのよ」
「不快って、例えば?」
「さぁ? 詳しいことは私も知らないわ」
エルフの里には奴隷なんていなかったし。
奴隷の首輪なんてマジックアイテムを作る発想が出るのは下等種族くらいのものよ。
そういってリリーは肩をすくめた。
「朝湯に入ってくるわ」
あくびをしながら小屋を出ていくリリーを見送り、俺は朝食の用意を始めた。
といっても隅に寄せておいた木箱を中央に引っ張ってくるだけだけど。
料理はみんなが揃ってから出さないと冷めちゃうしね。
朝食後、俺達は村に向かった。
村人たちに大きな街への移動手段について聞いてみたが、駅馬車なんてものはこの地域にはないらしい。
基本的には周辺の村とのやり取りだけで、年に一度ほど領主の代理が馬車でやってくる程度だそうだ。
それ以外だと二月に一度程度、行商人の馬車が来るのでどうしても村の外に出たい場合はそれに同行するしかないようだ。
運がいいことに昨日行商人が来ていたらしく、帰りの馬車に同行できる可能性があると教えてもらえた。
「主様、行商人への交渉は私に任せてほしい」
「え、いいよ、自分でやるし」
子供に交渉を任せるのはちょっと無理があると思うんだよ。
俺の役に立ちたいって心意気は買うけどさ。
「お願い」
「そ、そうか? それじゃ頑張ってな?」
必死な形相で俺を説得するルナの勢いに流されて俺は少し離れたところにあった四角い岩へと腰掛ける。
リリーと自分用にジュースを出して軽く一服だ。
村人たちからの奇異の視線が向けられて居心地が悪い。
「はぁ、お貴族様が荷台に、ですか?」
「主様の趣味」
心地よいそよ風と日差しとは裏腹に、妙な空気の立ち込める村の入口ではルナが行商人相手に交渉を始めた。
何かあったらすぐ飛んでいかないとな、そんなことを思いながら交渉を見守る。
「ああ、なるほど。お嬢ちゃんも大変だな」
「大丈夫」
若い行商人がルナから視線を外しこちらをちらっと見てから苦笑いを浮かべる。
その頭部にもケモミミが鎮座しており、彼も獣人であることがわかった。
「それにしても本当にいいんですか? 私は、護衛も雇っておりませんが」
「問題ない」
山賊に襲われる可能性とかを心配しているのかな?
近くの山賊は一つ潰してるし、多少は安全になってると思うんだよね。
山賊も複数の集団が狭い地域にいることはないだろうし。
「近くの街、領都ダヴォリまでだと途中村を三つばかし通って五日くらいかな? 代金は……、お嬢ちゃんに免じてタダでいいよ」
「いいの?」
「もちろんさ」
照れくさそうに笑う行商人とルナが握手を交わす。
契約成立ということのようだ。
しかし流石に無料というわけには行かないだろう。
多少は払わねば、と重い腰を上げて彼らのもとへと向かう。
「それじゃ、行商人殿、これからよろしく頼むよ。あと俺たちの分はちゃんと払うから」
「ちょっと! 代金は各村に到着するタイミングで分割で払うんだからね? わかってる?」
「ん? ああ、わかった」
俺が余計なことを言う前にといった様子でリリーがまくしたてる。
「はは、エルフの嬢ちゃんも苦労するな? 俺は行商人のガル。見てのとおり獣人だ。殿だの様だのはつけないでもらいたい」
「そうか、わかった。俺は山田太郎、一般人だ」
「ぶふっ……、いや、し、失礼した」
「……。まぁこれからよろしく頼む」
あとでリリーから聞いたのだがこの村は特別辺鄙なわけではなく、ごく一般的な村ということもわかった。
そして部外者が村に勝手に入り込んだら盗賊扱いで身ぐるみ剥がされて殺されるのが普通らしい。
一歩間違ってたら村人に撲殺されている可能性もあったのか……。
「それにあんた、着ているものも仕立てがいいからね」
「結構見てるんだな」
振り返ってみれば村人たちの衣類もかなり粗末なものだった。
それを考えると学生服の仕立てというのは比べるのもおこがましいくらいだろう。
靴も革靴だしね。
「それに、言葉も訛りがないし」
「訛り?」
そういえばアリシアさんたちも少しイントネーションが違った気がした。
てっきり異世界だからと思っていたがそういうわけではないようだ。
「めんどくさい……」
俺の思いをルナが代弁してくれる。
うん、やっぱそう思うよな。
「だからたまに若い貴族が出奔するって話を聞いたことがあるわ」
「なるほどな」
ああ、なるほど、家出した世間知らずの貴族の小僧、そうも思われてたわけか。
否定しても、信じてもらえないわけだよ。
ともかく、こうして俺たちは荷馬車で街へと向かうことになった。
幸い天候にも恵まれ、爽やかな日差しのもと荷馬車は快調に街道を進む。
当然、荷馬車の上の俺たちは大いに揺られ、まさにこの世の地獄と思わざるを得ない。
これ、歩いたほうがまだマシなのではないだろうか。
とはいえ、もう手遅れか。
俺は時間よ早くすぎてくれと願いながら目を閉じた。
「街道では特段何事もなく街へと到着した」
「主様、大丈夫?」
「いや、ちょっと現実逃避してた」
特段何事もなく到着できる。
そう思っていた時が俺にもありました。
だって山賊は撃退してるし、飛竜も倒してるし。
他にどんな脅威があるというのだろうか。
「それじゃ、大人しく人質になってもらおうか」
馬に乗った金髪の美丈夫が俺たちに告げる。
俺たちの周囲は槍を持った歩兵に囲まれており、その矛先は当然俺たちに向けられていた。
彼らの装備は革の胸当てに革の頭巾、ゲームなどでは革装備などと呼ばれるもので揃えられている。
「嫌だと言ったら?」
「この状況前にしてそれを言うかい?」
こちらに穏やかな微笑みを向けてくる騎士は綺麗な鎧を身にまとい、片手に持つロングソードは光沢を放っている。
村に領主の兵士が妙に多く駐屯していた理由。
それは山賊退治のためではなく、飛竜退治のためでもなかったのかもしれない。
「あなた方は?」
「ネツァク帝国が騎士が一人、ロロ=ル=ロワだ。それで貴殿のお名前をお聞きしても?」
「山田太郎、ただの一般人だ」
「……、あー、勇者物語に傾倒するのもいいが、少しは現実を見たほうがいいんじゃないかな?」
一応ネツァク帝国とケテル王国は戦争中なのだしね。
そう言いながらネツァク帝国の騎士、ロロは髪をかきあげた。