第六話 二人目の仲間も奴隷ちゃん
「モノ……?」
膝を抱えて俯く少女をよく見れば、白色の髪から飛び出した二つの三角耳。
所謂ネコミミと言うやつが彼女の頭からは生えていたのだった。
「……、えーっと、あーっと、失礼しました。その、何と言いますか、間違いは誰にでもありますので……」
俺がつぶやくと、途端にしどろもどろになるアリシアさん。
関係ないけど美人が慌てる様子って、絵になるよね。
「あ、いえ……」
「そ、そう言えば、戦利品の取扱はいかが致しましょうか?」
そして露骨に話題をそらしてくる。
薄暗くてよく見えないが、それでもわかるくらいに顔色は悪い。
「そうですね……」
戦利品か、特に考えていなかったけど……。
とりあえず彼女は保護しなければなるまい。
このまま身柄を渡すと酷い目に合いそうだし。
アリシアさんは彼女を『モノ』と言った。
つまり戦利品扱いだから俺がもらうことも可能、と思う。
獣人にどれくらいの価値があるかわからないからなんとも言えないけど。
「よ、よろしいのですか!? ありがとうございます!」
村に戻り、戦利品の確認をしている最中オブラートに包みながら、他のものは要らないから彼女だけくれとアリシアさんに伝えるとなぜか喜ばれた。
いや、うん、結果オーライだけどもうちょっと欲張っても良かったかもしれないかな。
まぁいいか。
食うに困って犯罪に手を出した連中が価値のあるものを持っているとは思えない。
それに一応、獣人だけでは申し訳ないと兵士長さんが山賊たちの持っていたお金を半分ほど分けてくれたし。
……、臭いが酷いけど。
貨幣にまで匂いが染み付くとか相当だな。
「それではこれで失礼します。ありがとうございました」
「いえ! こちらこそ感謝いたします!」
ボロが出る前にと村に戻るとすぐにアリシアさんたちと別れた。
と言っても、次の村までもそれなりに距離があるし、すっかり日も暮れてしまった。
月明かりもあるし松明を貰ったのでしばらくは夜道でも歩けるだろうが、今日のところは村で泊まることになりそうだな。
そこまで考えて視線を下へと向ける。
俺の視線の先には、さきほど俺の所有物となった獣人の少女が居た。
ここまで何も言わずに付いて来ていたが、さてどうするか。
「えっと、俺は山田 太郎。よろしくな」
俯いている彼女に声を掛けると彼女はゆっくりと俺を見上げ、彼女の濁った赤い双眸と俺の視線が絡み合う。
「……」
「……」
そのままたっぷり一分。
しかし、彼女は何も言わず俺を見つめたままだ。
「あー、とりあえず君の名前を教えてくれないか?」
目線を彼女と同じ高さに合わせ、怯えさせないようにできるだけ優しく声を掛ける。
……、これまで別の匂いで鼻が麻痺していたのか気が付かなかったが、獣臭とでも言うのだろうか。
何日も風呂に入っていない、そんな匂いが彼女から漂ってきて少し涙目になる。
だがぐっと我慢だ。
名前知らないと呼ぶ時に困るし。
それからたっぷり十秒ほど数えて、彼女は答えた。
「……、ナイデス……」
ナイデス、か。
女の子の名前っぽくないけど、こっちではこれが普通なのかな。
「違う……、名前、ないです……」
お前もか。
奴隷の首輪がかかってたからわかってたけど。
「私、奴隷……」
彼女は再び俯き、ボソボソと答える。
耳はピンと立て尻尾が不安げに揺れていた。
「そっか、それじゃ今までなんて呼ばれてたりしてたか教えてもらえるかい?」
「ネコ、とか……」
「えーっと、奴隷になる前は?」
「知ら、ない……」
「ちょっとちょっと」
「うん?」
渋い顔を浮かべるリリーに袖を引かれて彼女の口元へ耳を寄せる。
「彼女の両親は多分だけど最下級民の猫獣人よ」
「ふむ?」
「だから、物心付く前に売られたんだと思う」
「……、クソだな……」
あんな幼気な少女を……。
思わず少し苛ついてしまう。
「ひっ……」
そう言うと少女は耳をぺたりと倒し、全身を震わし始めた。
丈の短い貫頭衣からのぞいている膝元を見れば、手入れのされていないボサボサの尻尾が挟まれていた。
「ああ、いや、君に対して言ったわけじゃないよ。ごめんごめん。あーっと、ともかく名前がないのは困るから、そうだな、ルナって呼んでいいかな?」
何を言ってもドツボにはまりそうと考え、話を無理やり本題に戻す。
単純すぎる気もするが、ダメだったらあとで変えればいいだろう。
「ルナ……」
「うん、月って意味なんだけど、その綺麗な銀色の髪の毛と何となくイメージが近い気がしてさ」
「ルナ……」
「うん?」
「私の名前……」
「そうだよ」
噛みしめるように呟くルナ。
うん、嫌がってはないかな?
とりあえずはよかった。
「はい……。はい、ありがとうございます……、主様……」
……、いや、そんな噛みしめるように言われるといたたまれない気持ちになってくる。
もう少しちゃんと考えるべきだったか。
だが、そんな葛藤を一つの音が全てを無に返してくれた。
ぐ~……。
もちろん発生源は俺ではない。
「ご、ごめんなさい……」
「ああ、いや、とりあえず晩御飯にしようか」
「は、はい……」
膝を伸ばし村の入口から中を眺めるがレストランなんて気の利いたものは見えない。
出店とか何でも良かったのだが、そういったものもないようだ。
え、これ今日の宿とかどうすんの?
もしかしなくても野宿?
というか、そもそもお金ないじゃん。
「ま、まぁ、今日のところは気にしなくていいよ」
残金は八百円。
洋風ドリアにプチパンのセットならギリギリ二つ手に入る。
明日からの事は明日考えよう。
まずは今日を、今を乗り越えないとな。
とりあえず雨風しのげる場所はっと。
マップで周囲を探索すると運のいいことに村から少し離れたところに無人の小屋を見つけることが出来た。
小屋の近くには温泉もあるようだ。
これなら無事に夜を過ごせるな。
不法侵入?
そこはほら、緊急回避ということで……。
「んじゃ、あっちに小屋があるからそこでご飯にしよう」
「わかった」
「えー、私ちゃんとしたベッドで寝たいんだけど」
「贅沢言うな。そんなもの無いよ」
俺たちは疲れた足を引きずりながら小屋へと向かった。