第五話 山賊と女騎士
「うーん」
街道を村へと進みながら適当にマップ上に表示されているアイテムを収納すると、マップ上からもすぐさま消える。
リアルタイム更新らしい。
しかしマップと収納って、また地味な能力だよなぁ。
どうせなら空を飛ぶとか手から炎出すとかそんな派手なのが良かった気がしないでもない。
そっちの方が異世界感があるし、せっかくなら異世界を楽しみたいしね。
街を探していた時に見つけた街道から少し離れた岩山の洞窟に表示されている多数の赤いマーカー。
そして黄色いマーカーが一つ。
「あからさまだよなぁ……」
俺は隣を歩くリリーに聞こえないように、小さくため息を吐く。
マーカーを意識し、集中すると対象の大まかな情報が見えてくる。
赤いマーカーは山賊、そして黄色いマーカーは少女のようだった。
山賊と囚われの姫君、ってところだろうか?
先程のリリーの件といい、『誰か』にお膳立てされている気がしてならない。
そしてそんな事している余裕があるなら自分で問題解決しろよとも。
ただの高校生にどうしろというのだろうか。
それも子連れである。
山賊はそこまで数は多くないようだが、だからといって俺がどうこうできるとは思えない。
出入り口を埋めて皆殺しとかなら出来るかもしれないが、流石にね?
そんな事を思いながらマップを見ていると少し離れたところに村を見つけた。
どうやらこの村には、領主配下の兵士たちの駐屯所があるようだ。
「リリー、この先の村に領主配下の兵士たちが居るみたいだ」
「えっと、気付かれないように迂回する?」
「なんでそうなる。街道から少し離れた洞窟に山賊と囚われている人がいるみたいだから、一応報告しとこうかなって」
「はぁ? まぁいいけど」
話を信じてくれるかどうかわからないが、領主の関係者なら山賊の様な反社会的勢力への対応はしてくれるだろう。
俺は村へと足を進めた。
歩くこと数時間、太陽がやや傾いてきた頃、漸く村の姿が見えてきた。
村の周囲には畑が広がり、所々に農作業をしている人達の姿が見える。
建物は木の柱と土の壁、それに茅葺きの屋根とかなり粗末なもののように見える。
村、と言っても人口は三十人にも満たない、現代日本から比べたら小規模なものだ。
その割には滞在する兵士の数が多いような。
まぁいいか。
それから少しして俺は村へと到着、その足で駐屯所へと向かい、軽く自己紹介と説明をしたのだが。
「わかりました! すぐさま討伐に参ります!」
なぜかあっさり信じてもらえた。
それにすぐに動いてくれるようだ。
解せぬ。
「この街道を少し行ったところから見える岩山の麓に洞窟があるようで。山賊の数は十名程度ですね。少女が一人囚われているようです」
「情報提供感謝いたします! さ、みんな、聞いたわね? 準備開始!」
金属の胸当てをした、恐らくリーダーであろう騎士が他の兵士たちに声を掛ける。
「アリシアさん! 小隊二十名、全員準備完了しました!」
隊長の掛け声を受け、すぐさま装備を装着、整列すると微動だにしない兵士たち。
ずいぶん練度と士気が高いらしく、五分もしないうちに装備を整えている。
「……、アーシュラ隊長と呼ぶように」
「あ、はい!」
そして隊長のアリシアさんは彼らに人気があるようだ。
美人で凛々しい、なのにその照れくさそうな仕草は反則だろう。
「えーっと、俺が言うのはなんですが、そんなに簡単に俺の発言を信じて大丈夫なんですか?」
信じてもらえるのは助かるが、流石に心配になってしまい声を掛ける。
本当のことを言ってはいるけど、こんなに簡単に信じられると逆に不安だ。
「ははっ、高位貴族様のおっしゃることを疑うなど」
「はい? 高位貴族、ですか? 俺は一般人ですけど……」
「あー、いえ、あ、はい。なるほど、わかりました。ええ、わかりましたとも」
一瞬リリーに視線を向けた後、何やら苦笑いをしながら生暖かい目で俺を見つめてくるアリシアさん。
え、何その目、気持ち悪いんですけど。
「は、はぁ……」
「老婆心ながら忠告を。お忍びでしたら、せめてなにか被り物をされたほうが良いかと思います」
「え?」
「それに、その名前もちょっと……」
この人何を言っているんだろうか。
なにか勘違いをしている気がする。
「それでは我々は行ってまいります。 朗報をお待ち下さい」
「あ、あの、俺も一緒に行きたいのですが」
流石に危険な仕事を押し付けて自分だけ待っているというのは気が引ける。
荷物持ち程度であれば手伝いたい。
そう考えての申し出だったのだが。
「え、山田様もですか?」
隊長さんは一瞬リリーに視線を送ると、困ったような助かったような、そんなものすごく微妙な表情をしたのだった。
「ダメでしょうか?」
「とてもありがたい話ではありますが、よろしいのですか?」
え、ありがたいって何?
俺たち、戦力としてカウントされてたりするの?
とはいえ、ここでやっぱりやめたとも言いづらいし。
「ええ、荷物持ち程度の手伝いくらいしか出来ないと思いますが」
「ご謙遜を。それではよろしくお願いいたします」
謙遜じゃないんですけど。
ま、まぁどうにかなるよね?
二時間後、山賊たち相手に俺たちは一方的な戦いを繰り広げていた。
松明で照らされた薄暗い洞窟の中には、むせるような血の匂いが充満している。
天然の洞窟を掘り進め、扉や罠を設置した山賊のアジトはちょっとしたダンジョンのようになっていた。
「ぐあっ」
木の扉の向こう側から苦悶の声が聞こえ、扉の下の隙間から液体が流れ出てくる。
「これで八人目か」
「ああ、後二人だ」
扉を串刺しにした兵士たちが頷き合う。
彼らが扉からロングソードを引き抜くと、刀身は血に塗られていた。
「うわ、同族なのに容赦ないわね……」
これだから人間は。
なんてリリーが俺の背中に隠れながら震える声で呟く。
本当は彼女は村に置いておきたかったのだが、村に一人残されたら何をされるかわからないと全力で反対。
無理やりついてきているのだった。
マップを使えば相手の動きが手に取るようにわかる。
おかげで待ち伏せや罠を逆に利用したりして一方的にやりたい放題だ。
地味とか言ってごめん。
ものすごい使えるわ、この能力。
「次の部屋の中に二人。一人は扉の影に隠れています。武器は太刀の他に毒を塗った短刀を持っているみたいです」
「無詠唱でそこまで……、おみそれしました」
「あはは……」
無詠唱って何のことだろうか。
余計なこと言うとボロでそうだし黙っておこう。
「これで全員です。もうこの洞窟内に山賊はいません。隊長さん、お疲れ様でした」
「これだけの数の山賊を相手にして若干の怪我人のみ、死者無し。素晴らしい戦果ですね」
魔法というのはなんて便利なんだろう。
羨ましい。
そんな兵士たちの小声が聞こえてくる。
彼らの声に耳を傾けていると隊長さんの口から想定外の言葉が飛び出した。
「しかし、残念ながら救助対象は既に居なくなっていたようです」
「え?」
「自力で逃げ出したのか、それとも……」
そう言って目を伏せる隊長さん。
いやいや、待って?
部屋の奥に膝抱えて座っている女の子がいるんですがそれは。
まさか、幽霊見てるとかじゃないよね。
「いや、あそこに……」
気がついていないのかと思いつつ指をさす。
怪訝そうに指の先を目線で追った隊長さんは、困惑気味に答えた。
『あれは獣人、モノじゃないですか』
と。