第四話 振り向けば奴が居る
「ところで飛竜って、トカゲみたいなの?」
彼女の逆ヒモ宣言が終わると同時に俺は閉ざしていた口を開く。
「そうね、ものすごく大きいのよ」
「コウモリみたいな翼が生えてて、緑の鱗が全身を覆ってて」
「うん?」
ファンタジー生物だな、そんな感想を抱く。
漫画なんかだと定番のモンスター。
現実にいるとなるとかなりの圧迫感を感じるものだ。
「大きな口に牙を生やした」
リアリティーさが段違いだもんな。
進化したとはいえ未だにVRでも現実には届かない。
得られる情報量に差がありすぎるんだ。
目と耳からだけではなく、そのものが放つ匂い、そして肌に感じる空気の振動。
殺気なんてものはVRでは到底表せられないだろう。
「そうだけど?」
「そこにいる感じのやつ?」
体高五メートルはあるだろうか。
街道から少し離れたところを、のそりのそりとゆっくり歩み寄ってくるそいつ。
数日前に腹を満たし、今は小腹がすいたといった様子で俺たちを見つめている。
「……」
俺の指差す方向を見ると彼女は青い顔をして小さく頷いた。
その間にもヤツはゆっくり歩み寄り、俺達との距離はもう二十メートルもない。
ヤツの吐く生臭い息のせいで思わず吐きそうになる。
「……」
よーし、落ち着いて考えよう。
手元にあるのは、木の棒、鍋の蓋、制服、そして奴隷。
以上!
どうしろと。
奴隷を囮にして逃げる?
「ま、まさか私が囮にするつもり!?」
勘のいいやつめ。
だがその選択肢は選べるはずもなし。
「いや、そんな事できないから」
「で、でも……」
青ざめる彼女に『それじゃあ死んでこい』なんて言える訳がない。
ならどうするか……。
囮、囮か。
要は気をそらすことができればいいんだよな?
ならば、とメニューと念じ飛竜の眼前にメニューを出現させる。
「GURURUR……?」
お、反応あり?
まぁ当然か、急に目の前になにか現れれば普通は警戒するもんな。
軽く鼻でつついたりしているが、メニューは空中に健在だ。
「え? なにそれ?」
「黙ってろ」
よし、飛竜がメニューに気を取られてる間にこっそり隠れよう。
というか、今の状況だとそれ以外に出来ることがない。
エルフの少女を背中でかばいながら連続でメニューと念じながらゆっくりと岩陰に向かって移動を開始する。
慎重に、注意を引き付けないように。
が、移動したせいで目測が狂ったらしい。
その瞬間は間もなく訪れた。
「GURAAAAAAAA!?」
「っ!?」
突如響き渡った咆哮に体が竦む。
「しくった……」
「うそ……」
真っ白に漂白された意識の中、悲鳴を上げた飛竜をよく見るとメニューが飛竜の肩から生えていた。
いや、刺さっているといった方がいいのだろうか。
ともかくダメージを与えたらしい、与えてしまったらしい。
「GYURARARA!!」
「うわ!? 走ってきた!?」
「ひぃっ!?」
俺たちが攻撃したと判断したのか、飛竜は怒り狂って突進してくる。
飛竜のくせに飛ばずに走ってくるとは間違ってるだろ!
俺たちと飛竜との距離が一瞬で詰まる。
「くそっ!」
「キャッ!」
少女を突き飛ばし岩陰に放り込むと、俺は声を上げて十メートル程度離れたところにある岩に向かって走り出す。
「こっちだトカゲ野郎!!」
「GURAAAAAAAA!!」
ああ、今日はなんて日だ。
玄関を開ければトラックに突っ込まれるし、気がつけば異世界だし、訳のわからん少女に叩かれるし。
挙げ句に今はトカゲモドキに食われそうになっている。
「神様のくそったれ!!」
怨嗟の声を上げながら岩の陰に飛び込むと同時に轟音が周囲にこだまする。
「GYAWHOOOO!?」
「この間抜けっ! !?」
岩から飛び出すと、飛竜が俺を見下ろしながら立っていた。
そんな、岩に突っ込んだんだぞ!?
多少のダメージもないのかよ!
直感で横に飛び退くと先程まで俺がいた位置に飛竜の鉤爪が勢いよく振り下ろされる。
あれをまともに貰えば即死だろう。
掠めただけでも身動きがとれないほどのダメージを受けることは間違いない。
つまり被弾イコールゲームオーバーだ。
なんていう罰ゲーム。
ありえないありえないありえないありえない。
「ッ!」
直感に従い今度は体を屈める。
轟という音を立てて今度水平にヤツの尻尾が折れの頭上を通り過ぎた。
飛竜め、遊んでやがる。
俺と飛竜の力の差を考えれば、とっくに殺されているだろうに。
人間は飛竜にとっては美味しい餌だとエルフの少女は言っていた。
その餌がたまに反抗したところで、それは食事に加わったスパイスでしか無いのだろう。
だが、俺はもう二度と死にたくなんか無い。
そう簡単にやられてなるものか。
メニューで飛竜の視界を遮り、逃げる隙きを作るんだ。
だが、何度やってもそんなものは作れなかった。
当たり前だ。
相手だって俺の狙いはわかっているのだ。
一体どれくらい必死に避け続けただろう。
一体どれくらいメニューを召喚し続けたのだろう。
おかげである程度飛竜の攻撃も先読みができるようになってきた。
メニューの召喚も正確な場所にできるようになってきた。
だが、一体それになんの価値があるというのだ。
どれだけ練度が上がっても、今この瞬間体力が尽きかけている俺には関係がない。
ゆっくりと流れる時間の中、飛竜の牙が俺へと迫る。
こんなことなら洋風ドリアを最後に食べたかったな。
飛竜の『肩から生えているメニュー』を見ながらそんなことを思う。
……。
肩から生えている?
ハッとなった俺は最後の気力を振り絞りメニューを飛竜の両目狙って召喚した。
「GURAAAAAAA!?!?!?!」
「はっ、ははっ……」
俺は飛竜の翼を、尻尾を、爪を、そして牙を狙ってメニューと連続で念じ続ける。
「GURA……」
何度も飛竜の悲鳴と血飛沫が上がり、そして程なく辺りに大きな振動が響き渡る。
「やったか……?」
フラグを立てた気がしないでもないが、その後飛竜は起き上がってくることはなかった。
体のアチラコチラからメニューを生やし、絶命した飛竜を見ながら俺は冷や汗を拭う。
おそらくだが、メニューは現れる際、そこにいるものを退けて現れているのだろう。
結果、物体と座標が重複すると相手を切断する、と。
最初に飛竜にダメージを与えているのだからそのくらいわかりそうなものだが、ヤツの咆哮ですっかりテンパってしまった。
本当にギリギリだった。
今でも、生きているのが信じられないくらいだ。
「やるじゃん……」
「んあ゛?」
ああ、そういえば忘れていたがこいつがいたんだっけか。
岩陰から出てきてこちらに向かってくる。
「ありがと……」
「ん? なんつった?」
心臓の音が大きすぎて聞こえなかった。
というか、耳がキーンとなってて周りの音が聞き取りづらいな。
「っ! なんでもないわよ! バカッ!! ぐぇっ!!」
そないですか。
普段ならイラッと来るところだろうが、今は感情が麻痺してしまっているのか何も感じない。
と思うと同時に酩酊感を覚えた。
何かが、俺の中へと流れ込んでくる。
その感覚に俺は立っていられず、目をつぶり思わず膝をつく。
「あ、ちょっと! 大丈夫!?」
「……、ちょっと立ちくらみしただけだから」
なるほど、これが『種子』か。
流れ込んだ『何か』が俺に教えてくれる。
魔王の種子、それは俺に力、能力を与えてくれる。
『メニュー』の様に、念じれば使える超常の力。
これを集めろ、そういうことなのだろうか。
マップと念じると頭の中に現れる周辺地図。
ある程度拡大縮小出来るみたいだし、人や動物も設定次第では表示出来るみたいだ。
しかしなんとか倒せてよかった。
異世界転移初日にゲームオーバーとか流石に勘弁してもらいたい。
現実はゲームと違って残機がないのだから。
……、ないよね?
「それにしてもすごいわね。騎士団ですら手こずる飛竜を単騎で撃破するなんて」
「あー、まぁ、偶然だけどな」
本当に死んだと思ったからね。
今度自称神様に会ったら一言文句を言ってやらねば気が済まない。
「それで、えーっと」
「なによ?」
名前がないっていうのは不便だな。
「とりあえず、奴隷ということはさておいて、名前どうしよっか」
「……、奴隷の名前は所有者が決めるものよ。そんな事も知らないの?」
名前、名前ね。
決めろと言われてもなぁ。
ペットの名前ならいざしらず、他人の名前を決めるとか重すぎるんですが。
「元々呼ばれていた名前は、言えないんだったか?」
「……、ヴァリーア=フォン・ヒンデンブルク」
それが彼女の元の名前だった。
「他言無用よ、本当は教えるつもりもなかったんだから」
フォン?
いやでも奴隷、なんだよね?
「えーっと、もしかして貴族様だったりする?」
「奴隷となった身では関係ないわ。……、実家は一応貴族だったのよ」
最下級の騎士爵だけどね。
そう言って彼女はうつむく。
彼女は諸事情により奴隷として、この国の貴族に譲渡されることになっていたらしい。
他国の貴族を奴隷にするなんてことあり得るのか?
いくら最下級の騎士爵、本物の貴族とは言い切れないがそれでも貴族は貴族だ。
この世界の特殊な事情があるのだろうが。
聞きたいのは山々だがあまり個人のプライベートに土足で踏み込むのもなぁ。
「それで、さっきも言ったけど奴隷の身でその名を使うわけにはいかないのよ」
「わかった。それじゃ……、そうだな、リリーって名前はどうかな?」
「リリー……。安直な名前ね。センスの欠片もないわ」
ですよねー。
知ってた。
「あー、なんか希望あるなら好きに名乗ってくれていいよ」
「でもこれが私の新しい名前か……」
「いやだから……」
「まぁいいわ、仕方ないから許してあげる」
もうどうでもいいや。
そう思いながら首を振る。
「へいへい……、うっ……!?」
再び訪れる酩酊感。
飛竜を撃破したときに比べればマシだが、それでも思わずたたらを踏んでしまう。
「あっ! ちょっと!?」
「あ、いや、大丈夫……」
どういうことだ?
てっきり種子を持っている相手を倒せば奪い取れるものだと思っていたけど。
種子の奪取条件は撃破だけではないということか。
「そう?」
不安そうに俺を見つめてくるリリーを横目に、彼女から回収した種子によって新しく得た能力『収納』を飛竜の死体に使用してみる。
すると飛竜の体は光の粒子となって消えていった。
「は? あんた一体今何したの!? ねぇ! ぐふっ! けほっ、ちょっと! 聞いてるのっ!? げほっげほっ……」
リリーがなにか言っていたが、適当に流してとりあえず近くの村へと向かうことにした。
新しい能力の検証はしたいが、それよりも先に今日の宿を見つけないとね。