閑話 辺境伯の長子
「ちっ、先手を打たれたか」
王都の上屋敷で報告を受け取った僕は思わず舌打ちをしてしまう。
「申し訳ありません」
「いやエレナが悪いんじゃないよ」
一歩遅れたのは僕の責任だ。
「しかもプランも丸かぶりか……」
勇者物語が好きという情報があれば、当然同じようなシチュエーションを真っ先に考えるだろう。
他にも動いている家があると知っていれば複数のプランも用意しておいたが、まさか王家が動くとは。
完全に警戒の範囲外だった。
色落ち王女様は存外やるらしい。
「だが、天丼というのも定番ではある……」
それに報告では無詠唱で高度な魔法を多数同時行使したとある。
それも魔素吸収装置を突破してだ。
なんとしてでも接触し、引き込む必要があるだろう。
僕はそう独りごちると計画の実行を指示するのだった。
「触らないでくれる?」
「……」
計画は実行された。
されたが、エルフの少女の反応は想定外だった。
なぜ全く教育がされていないのだ。
エルフだぞ?
その美しさと長く続く美貌から奴隷として垂涎の的の。
だが、プライドが高くしっかりと教育をしないと全く言うことを聞かないことは有名だ。
宝石は磨いてこそ輝きを放つというのに。
あれか、原石の美しさを好んでいるのか?
いや、今はそれは良い。
ともかく建て直さねば。
「うちの奴隷が申し訳ありません……。しっかり言って聞かせるので許してください……」
「い、いや、こういう反応は初めてだったから少し驚いただけだよ。気にしないでくれ」
申し訳なさそうに頭を垂れる彼を僕は鷹揚に許す。
これで貸し一つだ。
彼も貴族の末席に連なるもの、それくらいはわかるはずだ。
「うっ!? なんかゾワッとした。ちょっとあんた、変な目で見ないでよ」
……。
とはいえ、その奴隷はそういう訳にはいかないらしい。
だが、ここで怒っては全てが台無しだ。
顔が少し熱くなるがなんとか笑顔を貼り付ける。
くそ、邪魔なエルフだ。
まずはこいつの鉄壁を崩さねば。
そう思い策を弄したが、どうにか名前を聞くことが精一杯だった。
それも別の奴隷の口から溢れる形で。
これではまるで道化だな。
昨日の王女様を笑えないじゃないか。
仕方ない、非常に忙しいが緊急の用事以外は全て後回しだ。
王都の案内を買って出ることにする。
断られそうになったが、なんとか約束を取り付けることに成功した。
しかし考えを改めねばなるまい。
こいつは、思ったより防御力が高い。
一筋縄では行かなそうだ。
後日、王女殿下との会談での手腕は見事なものだった。
本人は謙遜していたが、中々ああもスマートに論理を積み上げることはできないものだ。
味方に取り込めなかったのは残念だが、既にダヴォリ家が唾を付けている。
強力な魔導師にはその価値があるとは言え、譜代の中の譜代であるあの家に喧嘩は売りたくないものだ。
敵に回らなかっただけ良しとすべきだろう。
しかし、一番槍はフルラネット家が貰ったと確信していたのだが。
まさかダヴォリ家に持っていかれるとはね。
獣人中心の部隊は基本的に王都に入れないというのに。
それも王城正面の広場で参陣するとは。
もしタイミングがずれていたら今の情勢ではダヴォリ家が改易されていたかも知れない。
きっと狙ったものなのだろう。
その手腕、驚愕に値する。
王軍が一番槍を飾ったことで王家のメンツも保たれる。
それに呼応する部隊が出てくるだろう。
くそ、フルラネット家の価値が見せられないじゃないか。
それすらも狙ってのことだとすると、彼に対しては恐怖を覚えてしまう。
もっとも、その後の戦闘でその恐怖は確信に変わったのだが。
なんだよ生身の人間で戦列艦を三隻もあっという間に落とすとか。
意味がわからない。
その後、叙勲では歴史上初めて貴族以外が最初に名前を呼ばれることとなった。
不満を口にする貴族もいたが、彼らは太郎の戦闘を見ていないのだから仕方ないだろう。
僕も見ていなかったら同じような態度を取っていただろうから。
与えられた爵位や領地は僕からしたら微々たるものだ。
だが、それが平民に与えられるものとなれば違ってくる。
王女殿下は太郎を領地に縛りつけようとしているのだろうか。
だが、下手に縛り付けて暴走されては目も当てられない。
仕方なく僕は協力を申し出ることにした。
まぁ、家の部屋住みの連中の一掃処分……、もとい夢を与えてやることが出来るから悪いことじゃない。
譜代側とのバランスを取る必要があるが、その辺りはダヴォリ家が上手く調整してくれるだろう。
だがモツァンは難しい土地だ。
立地からすると発展の余地は非常に多くあるのだが、そこに住んでいる住民のほとんどは獣人。
人間の言うことなんて聞きはしない。
全員奴隷にするなら話は別だが……、いずれにしろ力を見せつけなければなるまい。
それも単純な腕力を。
魔導師には少々骨の折れる作業かな。
まぁ、助けを求めてきたら手を差し伸べないでもない。
なんせ上手く発展すればとても美味しい利権になるのだから。




