閑話 姫様
「ほぅ、ダヴォリ家の長男がそこまで優秀とは知らなんだ」
妾は王宮の執務室で侍女のエレナから渡された報告書を読みながら呟く。
「いささか不自然ではないかの?」
「はい、こちらが我々の密偵から受け取った詳細になります」
「ふむ……、やはりか」
自分の放った密偵からの報告は、宮廷で回っている情報と若干の違いがあった。
敵の数、その動き、そして戦闘の結果は同じだったが、そこに至るまでの流れ。
それが公式の情報とは違っていたのだ。
公式にはダヴォリ家が全て事を運んだかのように報告されていた。
だが、実際はそこに一人の男の存在があった。
「山田太郎か。ふむ……」
黒目黒髪の少年らしいその人物は勇者物語に傾いているようだ。
きっとどこぞの大貴族の隠し子なのだろう。
色落ち王女と蔑まれ、それでもなんとかこの国を立て直そうとしている妾と違って、ずいぶんと呑気なものだ。
この不快感は、多分に嫉妬が混ざっているものとはわかっていても抑えることが難しい。
この亜麻色の髪を綺麗だと、ブラウンの瞳が好きだと言ってくれたネツァク皇帝陛下は今、存亡の危機に瀕しているというのに。
「だが、こちらに取り込めば強力な戦力にはなるかの」
「はい、複数の魔導を用いる強力な魔導師です。皇帝陛下の一助になるやも知れません」
「ルーニー、それは口にするでない」
「はっ、失礼しました」
思わず声が強くなってしまった。
ルーニーは涼しい顔を浮かべているが、その額には冷や汗が浮かんでいた。
気をつけねば。
妾がこうして自由に動けているのも、何もわからない小娘と周りから思われているからだ。
自分は、常に下に見られている必要がある。
いつか力を手に入れるその日までは。
そして、力を手に入れた暁には今までバカにしてきた連中に目にものを見せてくれる。
仄暗い思いを胸に妾は笑みを顔に貼り付ける。
「さて、それでは接触してみるかの」
「危険ではありませんか?」
ルーニーが顔をしかめる。
第二王女とはいえ、色落ちである妾の価値は低い。
だから警備も薄く、執事のルーニーさえ納得させれば存外気軽に城下を歩くことが出来る。
もちろん、二人の監視付きではあるが。
「こやつは底抜けのあほうじゃ。ならば問題なかろう」
妾も勇者物語は嫌いではない。
むしろ好いておったぐらいじゃ。
……、現実を知るまでは、じゃが。
その夢の中に未だ囚われている者であれば、危険はないじゃろう。
所有している二人の奴隷の扱いも良いもののようじゃしな。
「ルーニー、適当に彼奴が喜びそうな接触の機会を設けよ」
「承りました。少々手荒なことになっても構いませんか?」
「よい、彼奴と接触するほうが優先じゃ」
「御意に」
一ヶ月後、王都に件の男が到着したとの知らせを受け、妾は城下へと向かった。
接触の手配はルーニーが上手く整えてくれているはず。
妾はルーニーの案内についていくだけで良い。
そのはずじゃった。
「食べる?」
「うん?」
所定の位置についてあとは実行を待つだけ。
妾は待っているだけでいい。
そう聞かされておったのに。
エルフの奴隷が妾に串に刺さった肉を差し出してきたのじゃ。
「おなかすいてるんだよね?」
「う、うむ?」
どうやらたまたま出店の方を見ていたのを、お腹がすいたと思われたらしい。
しかしツッコミどころが多すぎてどうしたものかと固まってしまう。
なぜエルフの奴隷が一人で出歩いているのか。
なぜ奴隷が買い食いすることが出来るのか。
そして、なぜせっかく手に入れた食料を他人に譲ろうとしているのか。
だが、妾の疑問が口に出される前に、事態は動き出した。
件の彼が、間の悪いことにきてしまったのだ。
いつの間にか妾たちはイカツイ顔の男たちに囲まれており、計画の開始を知らせてくれた。
「兄ちゃん悪いことは言わねぇ、そこのガキとエルフの娘置いて消えろや」
囲まれてた妾たちのそばに、いつの間にか件の彼が立っていた。
そんなバカな。
彼らは戦闘訓練されたプロじゃぞ?
その囲いを何事もないかのように抜けるなぞ、早々出来るものではない。
妾は警戒の度合いを一つ上げる。
そして心の中で彼らに謝る。
すまぬ、予想以上の手合じゃ。
怪我では、すまぬかも知れぬ……。
彼奴の所有している奴隷たちも主を信用しているのだろう。
何ら警戒している様子が見られない。
「!?」
と思っていたら何故か主が奴隷に殴られていた。
意味がわからない。
おかげで妙な空気になってしまった。
これを狙ってということなら、彼奴は相当な策士でもある。
考えたくはないが、妾たちの考えが見透かされている可能性も考慮せねばなるまいか。
その後彼奴は魔素吸収装置の影響を突破し、手練の者たちを一瞬で無力化してしまった。
想定外じゃ。
魔力の動きも感知できなかった。
おそらく高度な隠蔽魔法を行使しているのだろう。
無詠唱で多数の強力な魔法を同時行使するなど、それこそ勇者の御業じゃ。
どうしても、彼奴を手中に収めねばなるまい。
「まて! 妾を置いていくでない!!」
どうにか繋がりを作らねば。
妾は生まれて初めて殿方に縋るのだった。
じゃが、彼奴はそんな妾を華麗にスルー。
ものすごく嫌そうな顔をしながらついてくるなと言い放つ。
ちょっと待つのじゃ。
お主、勇者物語に憧れているのではないのか?
困っている婦女子を救うなど、垂涎のシーンではないか!
それをなぜ!?
「助力、感謝するのじゃ!」
その後必死に道化を演じたが、見かねたルーニーから横槍が入り作戦は中止となってしまった。
じゃが、まだ次の手がある。
まだこれで終わりではないのじゃ。




