第三十話 逆包囲
「撤退を始めたの」
「まぁ、艦隊から一方的に釣瓶撃ちされたらたまらないだろうし」
帝国艦隊の撤収後、すぐに帝国地上軍も撤収を始めた。
「もう砲弾がないから艦隊はただの脅しじゃがな」
「……」
マジかよ……。
ロンディさんそんなこと言ってなかったんですけど。
まぁ部外者にそこまで教えるはずがないか。
「追撃をせねばな」
気は乗らないが、帝国まで追撃して追い出さないと道中の街が支配されかねないらしい。
とはいえ、あまり急いで追撃することはできない。
なぜなら……。
「エルカーン伯爵軍、参陣いたします! 遅参、誠に申し訳なく!!」
「よい、むしろよく来てくれた」
「これから一層の忠誠をお誓いいたします」
「うむ、忠義に励めよ」
「ははっ!!」
航空戦での大勝利を知った貴族共が一斉に臣従を誓いに集まってきていたのだ。
その中にはあれだけマリアや俺のことをバカにしていたモンディーニ伯爵の姿もあった。
個人的にはさんざんいびり倒してやりたいところだが、マリアは鷹揚に彼の処遇を許してやっていた。
どんだけ心が広いんだと思わないでもないが、ここで奴を許さないと国内に動揺が広がるらしい。
ただでさえガタついている王国に、それを許容する余裕はない、そういうことらしかった。
それにこれが貸しとなり、これからやつはマリアに逆らうことができなくなるらしい。
政治というやつはめんどくさいな。
俺はのんびりと一般人をやっていたいものだ。
ともあれ、彼らのために戦果を取っておいてやる必要があるらしい。
撤退する相手を後ろから殴り倒すのだから美味しい仕事ではある。
そのため、ある程度貴族たちが集まるのを待っていたのだ。
「まぁ、まともに補給もない軍じゃからの、撤退速度も大したものではない」
「だといいけど」
マップを見る限り、たしかにゆっくりと撤退しているがどうにも動きが不自然というか。
撤退が遅くなるように戦列艦で牽制をした結果、帝国軍は四つの集団に別れバラバラになっているように見える。
「じゃがそれも明日までじゃ」
明日以降追撃をかける。
そういってマリアは不敵に笑うのだった。
本陣の割り当てられた部屋でベッドに横になる。
仰向けでメニューを見ながら敵軍の動きを見ているが、やっぱり気になるんだよなぁ。
「主様?」
「んー、ルナもなんか変と思わないか?」
体の向きを変えてうつ伏せになる。
タブレットをベッドに置くとルナに敵の動きを見せてやる。
「……、囲われる?」
「あ……、わかった。これ釣り野伏だ」
「ツリノブセ? なにそれ?」
リリーがビスケットを俺に差し出しながら聞いてくる。
「さんきゅ。釣り野伏っていうのは逃げたふりして囲って叩くっていう戦法なんだけど」
相手の方が数が多いし、もしそうなら成功は約束されているようなものだろう。
なんせ中央本隊が抜かれることがないのだから。
「妙に撤退が整然としていたと思わないか?」
「言われてみればそうかも?」
このまま突っ込んだら包囲殲滅されてしまう。
となると放置するわけにも行くまい。
「まずいな、ちょっとマリアに注意してくる」
「いってらー」
「主様、私も行きます」
「もう遅いから寝てなさい」
「はい……」
「ん、よく来たの。夜這いかの?」
指令所の机の上に置かれたティーカップからはいい香りが漂っている。
その横に置かれたクッキーも、きっと王家御用達の高級品に違いない。
一つつまませてもらいたいところだが、今はそれよりも忠告だ。
「ぬかせ、それより忠告だ」
「む? 何じゃ?」
俺はタブレットに敵の動きを表示させ、待ち伏せについて説明を行う。
説明をするにつれてマリアの眉間のシワが深くなっていく。
そして説明が終わると同時にため息を吐いた。
「……無理じゃな」
「なぜ?」
罠とわかっているのになぜ行く必要があるのか?
目的は達成できたんだし、もう放置でいいと思うんだ。
「まずじゃが、太郎の魔法の力はたしかに絶大じゃ。じゃが貴族共がそれを信じておらん」
「マリアが止めれば言うこと聞くんじゃないのか?」
「代わりに王家の威光は傷つくの」
勝てるはずの戦、追撃戦で腰が引けては今回の勝利でなんとか取り戻した威光が再び地に塗れる。
それは避けたいんだそうだ。
「それに、待ち伏せと決まったわけではない」
「まぁそうだけど」
「こちらにはまだ航空戦列艦も残っておるしの」
「弾なしだけどな」
「ははっ、相手はそんなことわからぬよ」
航空戦列艦からの空中砲撃を考えればそんな戦法を選択はしない。
そういってマリアはあくびを一つするのだった。
「どうしてこうなった」
「主様……」
「大ピンチってやつね……」
マリアへの警鐘から三日後。
王国軍は見事に釣り野伏に引っ掛けられ、壊滅的な被害を受けるは目になっていた。
一応止めたのだが、モンディーニ伯爵たちの強引な主張に押し切られる形でマリアが承認。
全軍で追撃を掛けたところで帝国軍が反転、包囲されてしまったのだ。
「マリアを逃がせたのは不幸中の幸いかな……」
反転、迎撃してきた帝国軍に動揺した王国軍側面を支えるため、中央本隊で予備戦力とされていた第十七歩兵大隊が投入された。
それと同時に本隊にいたマリアたちは撤収したようだ。
俺たちを囮にして逃げ出したようにも見えるのでリリーとルナは憤慨していたが、俺は少しホッとしていた。
なんせ王将が取られたらどうしようもないからな。
それに俺たちだけなら逃げられるしね。
「で、なんで君らも残ってるのかな?」
「大将一人残すわけにはいかんでしょう?」
「ルナ様もおりますしね」
「そうだそうだ」
口々に命令違反を肯定する兵士たち。
オスカルが撤退指示を出したはずの第十七歩兵大隊は一人も逃げていなかったのだ。
そして指示を出したオスカル本人もそこに居てバツの悪そうな顔で頭をかいている。
「まぁ、君は文句は言えないだろう?」
俺が渋い顔を浮かべると、以前逃げろといって逃げなかったのは君だよと言われてしまった。
ああ、うん、そんなこともありましたっけ。
「まったく、仕方がないな……。それじゃ、道を切り開きますか」
「いや、大将はたちはここでおしまいでさ」
「は? うっ……、何を、した……」
「悪いね大将、恨まんでください」
「そんな……」
バカな。
その言葉が口にされる前に、俺の意識は暗闇に溶けていった。




