第三話 はじめての仲間は奴隷ちゃん
――それから十分後。
俺は変わらず降り注ぐ陽光の下、運良く街道らしきものを見つけることが出来た。
そして、同時にこの世界の住人らしき人も見つけてしまったのだった。
「うぅ……」
大きさから見て、恐らく中学生程度の子供だろうか。
亜麻色の貫頭衣にボロボロの外套を纏ったその子は、街道の片隅にある岩を背にし、裸足を投げ出して座り込んでいた。
深くかぶったフードの下からは苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
表情はわからないが、とりあえずは死んではいないらしい。
「あー、大丈夫かい?」
「み、水……」
水、水ね……。
先程出したミネラルウォーターは既に飲み干してしまっている。
……、あー、もう、仕方ないな……。
馬鹿なことだとは分かっているけど、見捨てるわけには行かないよな……。
それに、この世界の人たちと言葉も通じるらしいと確認もさせてもらえたし、その恩返しと思えば、ね。
しかしこれで残金八百円かぁ。
いやいや、人助け人助け。
俺はメニューを操作し、ミネラルウォーターを出す。
キャップを開けると軽くしゃがみ、目の前に差し出す。
「はい、水だよ。飲んで」
「う……、あ……」
半分意識が飛んでいるようだ。
水を差し出しても虚ろな眼差しをこちらに向けるのみ。
仕方ないと首に手を回して口元に水を持っていってやる。
ん? なんかチクッとしたような?
静電気かな、まぁいいか。
「……!」
唇に触れた水に反応して、一口ずつ嚥下していく。
俺はゆっくりとペットボトルを傾けていった。
「んぐっ、んぐっ……、ぷはっ……」
「大丈夫かい?」
「え……、あ……」
優しく声を掛けると、怯えたようなそれでいて何かを諦めたような瞳が俺へと向けられる。
「怪我はないかな? こんなところで何してたの? お父さんやお母さんは?」
「え、あれ……、なん……、で……?」
一息ついて落ち着いたと見て事情を聞いてみたのだが……。
何やら俺を見つめる蒼い目が泳いでいる。
何か変なこと言ったかな?
それとも俺の格好がこっちの世界だと普通じゃないとかか?
「大丈夫?」
「触らないで……!」
そう言うと彼女は勢いよく俺の手を振り払う。
手入れのされていないくすんだ金色の髪が取り残され、陽の光を反射した。
だがその煌きとは対象的に、冷たい目線が俺を射抜く。
「え? ちょっなにっ!?」
「一体何のつもり! ニンゲン!」
立ち上がり一歩離れて彼女を見下ろす。
いや、なんのつもりもなにも、行き倒れてる人がいたから助けただけなんだが。
理不尽な反応に混乱したものの、叩かれた掌の熱が俺を冷静にさせてくれた。
「倒れてたから助けただけなんだけど?」
そう返すも、彼女はしゃがんだまま自分の体を掻き抱き、俺を睨みつけてくる。
「助けた? 私を?」
「……、余計なお世話だったみたいだな。じゃあな」
そのまま踵を返して彼女に背を向ける。
身銭を削って助けたのにこの仕打はないよな。
俺の精神力は鋼の如き耐久力をもっているわけではない。
むしろ普通というか、いきなりこの世界に投げ出されていてかなり削られた後だし。
「ふざけないでこのっ! ウ゛グッ……!」
転けたのか、倒れ込む音が背後から聞こえてくる。
……、はぁ……。
恩義も感じない相手にこれ以上関わりたくない。
だけど、苦しんでる相手を放置するのは、やはり気が引ける。
仕方ないな。
「なんだよ……」
振り返ると彼女は地面に突っ伏し首に手を当て苦死んでいるようだった。
「ウ゛ゥ゛……」
「どしたよ?」
「ガハッ……! ハッハッハッ……」
彼女の手元を見れば金属製の首輪のようなものが見える。
革製の物なら水で濡れたせいで締まるのもわかるが。
「ゴシュジンサマ、モウシワケアリマセン……」
「は?」
瞳に涙を、そして怨嗟の炎をともし彼女は吐き捨てるように呟いた。
ゴシュジンサマ?
ご主人様?
なんのことだ。
「はっ……はっ……」
「おーい、大丈夫かー?」
こちらをキッと睨みつけてくるが先程のように手を出してくる気配はない。
「奴隷相手に、いい御身分ね……」
「奴隷?」
「はっ、白々しい」
なんなんだよ全く。
いくら美少女とはいえ、こんな態度取られたら百年の恋も冷めるというものだ。
「下等種族の分際で! っぐ!」
俺を罵倒したと思ったら再び首元を抑えて苦しみだす。
他人に対して悪意ある限度をすると首輪が締まるのだろうか。
ま、俺には関係のない話だな。
「大丈夫そうだな、じゃあ俺は行くぞ」
「けほっけほっ。え? 私は……?」
「えって言われてもな……」
今度は困惑した視線を向けてくる。
そんな目で見られても困るんだけど。
一体何なんだ、ほんとに。
「連れて、行かないの?」
「はい?」
もうめんどくさくて仕方がないんだが、乗りかかった船か。
話だけは聞いてやるかな。
「なんで連れて行くって話になるんだよ」
見ず知らずの他人、しかも友好的とはとても言えない相手を連れての放浪は勘弁してもらいたい。
綺麗な花でもトゲを飛ばしてくるようなのではね。
「え、だって、だって、私、奴隷、それにエルフ……」
「ふぅん……」
言われてみれば耳が普通の人間より長い気がする。
だからなんだって話だが。
「ふぅんって何よ! 私はエルフなのよ!?」
「いや、だからなんなの」
「なんなのって……、あんた一体なんなのよ?」
「俺は山田太郎、ただの一般人だよ」
「山田、太郎? なにそれ、冗談?」
失礼なやつだな、ほんとに。
人の名前を聞いて冗談とか。
「まぁいいわ、私は、私は……」
「私はなんだよ」
何か言おうとするがその言葉を飲み込む。
なんだよ、気になるじゃないか。
「名前はないわ……」
「名前が無い?」
「だって、奴隷だもの……」
彼女いわく奴隷になったとき、名前は奪われたらしい。
それに元の名前を名乗ると一族に恥をかかせることになるとかで名乗れないのだとか。
「そうか、用事がないならもう俺は行くぞ」
「だからなんでそうなるのよ!?」
「だって他人だし」
俺がそう言うと信じられないものでも見たかのように目を見開き口をパクパクさせる。
そして口を真一文字に結んで俯いてしまった。
うん、もう行っていいよね?
「じゃあな」
「まってよ!!」
最後に一言かけてから再び踵を返そうとするが待ったの声がかかる。
なんなんだよもぅ……。
「私も一緒に行くわ」
彼女は立ち上がり、意を決したかのような声でそんな事を言ってきた。
「だからなんでそうなるのよ!?」
「真似しないでくれる!?」
怒り心頭といった様子で顔を真赤にしてプルプルと震えている姿は可愛いとは思わないでもないが、如何せん先程までの態度と発言がすべてを台無しにしてくれていた。
「はいはい、もう勝手にしなよ……」
「言われなくてもそうするわよ!!」
俺が歩きだすとそのまま後ろをついてくる。
まぁいいや、疲れるし黙ってよ。
しかし少し暑いな、ところどころ岩があって小さな影はあるものの、基本的には街道の両脇は一面草原だ。
照り返しこそ無いが日陰もない。
しばらく無言で歩いていたが、沈黙に耐えきれなくなったのか彼女は一人独白を始めた。
「……、飛竜の襲撃があったのよ」
彼女曰く、飛竜とやらの襲撃により、自分以外は全員殺されてしまったらしい。
そして何らかの事情で持ち主が居なくなった奴隷の所有権はその後最初に奴隷の首輪に触れた者、今回の場合は俺に自動で譲渡されるらしい。
もっとも、元の持ち主や正規の持ち主が見つかり返却を要求されれば返す義務があるらしいのだが。
とは言え、その場合はその奴隷の価値と同等以上の金品をお礼として渡す必要があるそうで、奴隷の返却を求めないのが通例だそうだ。
「だから、私はあんたの奴隷ってわけ」
「……」
後ろにいたはずなのに、気がついたら声は横から聞こえていた。
「そしてあんたは私の面倒をみる義務があるのよ!」
ちらりと横を見ればない胸を自信満々にそらして逆ヒモ宣言するエルフの少女。
投げ捨てたい、その義務。
異世界転移初日。
俺が初めて手に入れた仲間は奴隷だった。